始まりは馬鹿馬鹿しく
『やー、どもども』
道路に経っていた人的鎧に呼びかける。向こうはすでにこちらに気が付いていたようで、俺が来るころにはすでにこちらを向いていた。
その人物はしばらくこちらを見ているだけで、無言を貫いていた。
『素直に追って来てもらえるとは驚きだよ。あなた、本当に何が目的ナノ?』
問いに答えはなし。まあ、こちらとしても返ってくることを期待しているわけじゃない。
『ま、いいや。俺、あなたとこれ以上何かするつもりはないんだけどサ、そっちはどう?』
『おまえ』
ようやく、向こうから口が開く。しかし、その言葉は俺の問いとは関係のないものであることは分かっている。
『その鎧、どこで手に入れた』
『俺を捕まえてから吐かせれバ?』
『…………』
無言で、目の前の人物は背中から何かを取り出した。
それは、一本の剣だった。片刃の、刃渡り一メートルほどの刀剣。
少し前に見た時には確認できなかったものだ。恐らく、収納できる装備なのだろう。
その人物は、白い指でその刀剣に内蔵されているスイッチのようなものを入れる。
瞬間的に、その剣に赤く光る熱のようなものが刃に纏われる。刀剣が赤熱で変色しているのだ。そしてそれは、人的鎧という兵器を切断する為に作成されたものなのだと、瞬間的に理解した。
その人物は熱で発光するその刀剣を構える。
『じゃあ、そうさせてもらおう』
それでいい。上手く挑発に乗ってくれた。
俺はその人物に背中を向け、ビルの中へと走り出す。素早く内部へ。広いフロアを走り抜けて灰色の階段へ。そこから先は最上階を目指して走り抜ける。
その人物は建物の側面を走っているらしい。だがそれでいい。このビルは周囲の建物と比べてもっとも高い建造物だ。そしてその高さは他の建造物と比べて、約数十mもの差がある。
壁から壁へ飛び移りながら走るスタイルの人物に対して、その方が有利だろう。
高速でビルを上っている内に、周りの建物が視界から消滅する。この建造物の最も高い位置に出たらしい。つまり、ここまでくれば――。
壁が破壊される。そこからは外の壁を垂直に走っていた鎧が、瓦礫と共にビルの中に侵入してきた。
そうするしかない。他の建物が何もないのならば、この中に入ってくるしかない。それは、丸太の上で走ることと同じだ。だからこそ、一刻も早くそこから離れ、安全な地面に着地しなくてはならない。
『だからこそ、その位置に地雷を置けばどうなるのか』
そういったものにかからない人間はいない。
誰しも自分の家の玄関口を警戒しないように。
無意識の果てに行われた行動、その踏み入れた場所を過信しているのは当然だ。
だからこそ、人物が足を踏み入れるであろう場所に、鉄線を張っておいた。
少し前に一人のアーマーを仕留めたものと同じものだ。スラム街の電気も用い、その電流を部屋に張り巡らした鉄線すべてに流す。
『――っ』
向こうも気が付いたらしい。咄嗟のところで足を止めようとするが、遅い。
その白い躰は、勢いをもって強力な電流を流された鉄線に衝突した。
火花が挙がる。それは電線にその身が接触したことを現している。電撃は光の速度をもってアーマーを走り抜ける。避けられるはずもない。
アーマーの動作が停止する。そのまま、電線のなかへ飛び込んででもくれれば、この騒動は終結する。
『――あ、ぐ』
それでも、目の前の鎧は止まらない。電撃を全身に流した後、その電線から身を離し、自身の機能を継続する。完全にかかるわけではなく、すぐに身を引いて最悪を回避した。
状況を把握。相手の鎧はコンマ数秒を停止する。
部屋の中に張ったワイヤーの位置は分かっている。そこからどう行けば避けられるのかも。
相手の鎧が動く。手に持っていた剣を落とし、それは腰についている多数の爆薬を、ここで爆破させようという動作を取っている。
あ、自爆デスカ。
それは拙い。人的鎧にすら匹敵する爆薬などない。
ただ、この建物からの倒壊に巻き込まれれば、どうなるのか。
廃墟の全壊。それは、確実に俺とその人物を生き埋めにするだけの質量となる。
人的鎧の人工の筋力増強がどれほどのものなのかは分からないが、さすがにビルを背負うだけの筋力はない。それは人体と大きさの比率が均衡ではない。
両者の行動不能。それが狙いだ。人的鎧には通信システムが備わっている。両者が行動不能になった後、片方の通信を使い、仲間に瓦礫の中から掘り当ててもらえばいい。
鎧の電力が落ちても、鎧に内蔵された通信装置は別の電力で起動する。墜落した飛行機の内部に仕掛けれている記録装置のように。
だから俺は、自身で張り巡らしたワイヤーを潜り抜け、その人物へ突進した。
肩を掴み、ビルから飛び降りる。落下の途中で腰についている爆薬をすべてはずし、他の方へ投げる。腰についている爆薬は五つ。それらすべてを取り外し、空中にばら撒く。
『――うわっ』
しかし起爆までは防げない。
一つで一戸建ての家を吹き飛ばすことのできる手榴弾が、空中で五つ爆発する。
その爆発の推力で、俺達はあらぬ方向へと落下することになった。
落下の衝撃は、俺の纏っている鎧では防げるかどうか分からない。
なので、現在掴んでいる人的鎧を、そのまま地面に激突させ、鎧をマット代わりにして衝撃を減衰させた。言ってしまえば、俺の落下の衝撃を肩代わりさせた。
俺達は爆風によって自由落下ではなく、斜めに落ちることになったため、その速度は地面に衝突した時点では減衰されず、そのまま数十mを引きずられる形となった。
まあ、実際に引きずられたのは、俺の下にいる人的鎧を着た人物なわけだが。
速度は徐々に落とされていき、途中でそこから投げ出される。
再び視界が定まらなくなる。どこが上で、どこが下なのか。その区別さえ、今の状況では不可能だ。
そうして、体を起こす。まだ視界は定まらないままだが、それでも前よりはいい。あの機能を使っていないからだろうか。
二十mほど先に、破損した人的鎧が見える。回路がショートするほどの電撃を浴びせられ、数十m上から落とされ、そして落下の衝撃と同時に地面を引きずられたのだ。あれでまで動けるというのでれば、それこそ怪物だろう。
その人物の方へ移動する。咄嗟のことで本人の人命を優先させることを忘れていた。中身を空けて、死んでいた、などということがなければいいが。
『もしもーし』
近くまで行き、呼びかけては見るが反応はなし。まあ、それはそうだろう。
仕方がないので人的鎧そのものを開いてみることにした。
どのような人物が入っているかは分からないが、キカク地域の治安隊「clean」である限り、それなりの話は聞けるだろう。
鎧の開き方は俺の纏っているものと同様だった。鎧の全面全体が、指先まで開閉するという仕組み。それをもって、俺はその中の人物を見る。
「あー、やっぱり」
中に入っていたのは、子供だった。
髪が長く、まだ十台の中ごろに入り込んだばかりであろう人間が、その白い鎧の中に納まっている。本人は完全に意識障害を起こしているのか、その眼が開かれることはなかった。
呼吸はわずかにあるので、死んでいるわけではなさそうだ。ひとまずは安心。
「しかし――」
意外だったのは、それが女性だった点だ。子供の女性だ。
そして、その貌には見覚えがある。
「この子、統括者か?」
液晶の画面でしか見たことのなかった顔がそこにある。
それは、キカクという地域の中で、いわばリーダーの一人に数えられる人物だ。
名前は――忘れたけど。確か史上最年少でその地位にまで上り詰めた人物。
「あれれ、どうなってるのかしら」
疑問はある。
しかしここで俺がまずすべきなのは、残りの人的鎧がいないことを確認して、自身の部屋に戻ることだった。