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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
――――報告なし
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復元身体たち

 視界が安定する。私は現在横になっている。頭は枕に埋められたまま、急激な疲労感と寒気、そして視界の狭まりによって、体の自由はきかない。


 眼球だけは、かろうじて動くようだ。しかしそれも、光源を明確に視認する機能しかない。数m先の物体を正確に捉えるだけの機能は紛失している。


「さて、ではボクは、これからことを起こしていいのかな?」


「ああ、いい。どうやらスラム街への攻撃は開始されたようだ。これから約十二時間ほどの間、キカク地域の治安委員会の人間は、四割ほどがいなくなる。すべての統括者を殺害。そしてキカクそのものを強制的な武力行使で変える時期は、ここから行うしかない」


 声が聞こえる。そして、向こうの人物の内どちらかが、こちらに気が付いたようだ。

「ほう、目が覚めるのが早いな。おはようミシゲ・ツクリさん。体調は大丈夫かな?」


 その声は、統括者のモモタビ・マイリの声。一応こちらを気遣っている風ではあるが、その実態は――。


 いや、それよりも確かめなければならないことがある。


「ノウスイさん、そこにいるのか」


 モモタビ・マイリの隣にいる人影動く。こちらの眼では正確な情報はつかめないが、その背格好と、白く映る衣服は、小さな体躯に白衣を着ていた彼女のものであることはすぐに分かった。彼女は、こちらを少しばかり見た後、口を開く。


「あ――、センセー?」


 そう、思い出した。私は、彼女の持っていた刃物に刺されてここにいる。この視界の悪さや身を覆う肌寒さそのためのものか、と瀕死の脳で認識する。


 彼女が私のことを刺した理由は分からない。しかし、それは、確かに彼女の犯行だった。


「え? センセー? えっ嘘。どうしたんですか! ちょっ、それ、どこか具合とかっ」


 だから、その本人の彼女がこのような態度を取ることは、つまり異常だということになるのだが。


「傷――どこか悪いんですか? ああ、早くお医者さん呼ばなきゃ。センセー、怪我なら見せてくれませんか? あたし、こう見えても応急手当くらいならできますからっ」


 その焦燥は、演技ではない。否、例え演技であるのなら、その発言は不適切だ。


 彼女は知っているはずなのだから、私が身動きが取れない程の傷を負っているのだということを。その事実を知っていて、その発言はおかしい。それならもっと別の言葉があるだろう。


「センセー、お願いします、死なないでください。あたしは、センセーとの生活が、一番――」


 なんだ? なんなのだこれは。一体。


「ノウ――スイさん」

「……センセー? センセー! 大丈夫ですかっ?」

「きみは、知らないのか?」

「知らない? はい。あたしは気が付いたらここにいて。――ごめんなさい、眠っちゃってたみたいです。それで、たった今起きたところで」


 ――眠っていた?


 そんなはずはない。彼女は、確かに今の今まで起きていた。そして、あのモニターの向こうの人物と何らかの会話を――。


「きみは――」


「ノウスイさん。彼への治療行為は済ませてあります。安心してください」


 その時、モモタビ・マイリの声が響いた。

 今の今まで、モニターに向かって通信をしていた彼が、彼女の後ろにいるのか。

「現在は安静です。ですから、今は呼んである医療機関の人間を待ちましょう、僕的には、ノウスイさんにはそうしていただいた方がありがたい」


「えっ、そうなんですか?」


 本当に意外なように、彼女は呟く。


「はぁあ。よかったぁ」


 それは、本当にこちらの安否を気にしているような口調。

 言わなくても分かる。私の前にいるのは、ノウスイ・ソウフだ。

 気楽な天才技術者。子供のような性格の彼女が、そこにいる。

 ふ、と、何かその瞬間だけ体重が軽くなったような気がした。重傷を負っている体に重力はかかっていない。ならばそれは感覚的な物になるか。


「心配させたかな?」

「心配しましたよぉ。あはは」


 言って、彼女はこちらの視界に移るほど近くに寄ってくる。


「顔色は悪いけど、大丈夫なんですよね」

「たぶん、な」

「死んじゃ嫌ですよ?」

「どうしてそう安直な方に持っていく」

「だって――」


 そこで、彼女はしばらく下を向いてしまった。

 よく見れば、その頬を何か伝っていることに気が付いた。

 驚愕。

 果たして、私はいつから、このような立場に置かれていたのだろうか?

 自身が窮地に追いやられて、それを本気で思ってくれる他者に出会っていたとは、思わなかった。それも、排他的で知られる、このキカク地域の中でである。

 気づかないうちに、背負い込んでいたのだろうか?


「――ああ」


 嘆息する。


 他者というものは、こういうものなのだろうか。

 誰かとの同調とは、つまりはその共有なのだろうか。

 かつて、ただ一人の幼く弱い統括者が、そうしていたように。


「ノウスイさん……、……悪かったね。その、心配をかけた」


 そんなことしか口にできない。他に何を言えばいいのだろう。

 彼女に真実を離すべきであるのなら、それは、私と彼女の間に明確な溝を作ることにはならないか。

 何か、それを嫌う自分がいる。

 馬鹿なものだ。この場において、私が取るもっとも適切な行動は、彼女への拒否だろうに。


 彼女が顔を上げる。


 その、濡らした頬の先にあった目は――。



 黒く、冷めたものに変わっていた。





「ボクが刺した位置が明確ではないから、もしかしたら死んだんじゃないかと思ったよ」


 その口調は、さきほどのもの。態度も性格も、その一瞬で変質した。


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