オリガ・カナエという少女 其の6
結果的に、彼のオリガ・カナエのクローンは作られることになった。
それは決定事項だ。変えようもないほど。
だから彼女は、モモタビ・マイリの行動を殺すことにした。
自身の行動をもって他の統括者を糾弾し、クローンが作られるまでのキカク地域の体制そのものに不信感を抱かさせる。
それが、『彼女』が生まれてくるまでに、オリガ・カナエが取れる唯一の方法だった。
無茶な行動、と言ってもいい。
それは、少なくとも優等ではない。行動の上では限りなく愚行に等しいだろう。
その果てが。
「ん? ああ、あなたがオリジナル?」
クローン体の完成、調整を数か月の早めることとなった。
彼女の前に単身現れた『彼女』は、間違いなく、同一だった。
疑うまでもなくそれは、あの少女だった。
培養機のなかに見た、その貌。
彼女、オリガ・カナエはこのとき明確に死を覚悟した。
そもそも、彼女が出て来たということは、それすなわち自身は必要が亡くなったということ。
スワンプマンや、ドッペルゲンガーのように。
いつか自身とまったく同一の存在が、なんの変哲もなく自分と同じ行動を取り、交友関係を築き、そして生きていくように。
まあ、彼女に交友関係――なんてものはなかったのだが。
彼女の前に現れた『彼女』は、にこりと笑って言う。
「初めまして、私はあなたのコピーです」
「まあ、私からみれば、あなたはいわば母―――と見た方がいいかしらね」
「さっそくで悪いけど、良くないことをお伝えしなければならないの」
「これから一週間の間に、あなたを殺処分する人が現れます」
「理由は簡単、私が生まれたから。この意味、分かるわよね?」
分からないわけがない。
それは、現在の己はもう必要がなくなったということなのだから。
同一の人物はいらない。もし存在するのならば、どちらかがその人物と入れ替わらなければならない。
オリガ・カナエが、それを聞いてまず口にしたことは――
「うん、いいよ」
彼女は、その現実を静かに受け入れた。
その言葉に、彼女のコピーである『彼女』は少しだけ目を見開き、驚きを表現した。
本来であれば、そこで達観するなどあり得ない。
そもそも彼女はまだ十七の娘である。それだけの時間しか生きていない人物が、どうして自身の死を容認などできるのか。
彼女は譲ることにしたのである。
自身の分身に。自身のすべてを受け継いだ『彼女』に対して、自分のすべてを渡そうと考えたのだ。
そも、彼女の細胞から作られた『彼女』は、いわばオリガ・カナエの娘に等しい。
それなら、自身の存命よりも、自身の娘の存命を願うことこそが、自身にできることだと考えたのだ。
彼女の最も気がかりだったことは、『彼女』を、オリガ・カナエの代理として生産してしまったことにあった。それは、『彼女』という一人の人間に対しての、最大級の侮辱に他ならない。個人を持つことを許されず、ただの誰かとしてしか生きられないように生んでしまった、その状況と、その状況を作った自分に対して、それだけができうることだった。
だから彼女は、自身の死を静かに受け入れた。
誰に殺害されようと、それは仕方のないことだった。
他の誰でもない、『彼女』の為に、オリガ・カナエはその存在を投げ打たなくてはならなかった。それが、『彼女』、これからのオリガ・カナエに対して唯一の誕生祝いだった。
ここに生まれてきて、おめでとう。
だから私は、あなたの為に私を渡します。
こんな人間で、ごめんなさい。
彼女が、『彼女』に言えることはそれだけだった。薄情なものだ。これからさんざ苦労を掛けるヒトに、そんなことしか言えない前任者など。
「ふうん。驚いた。あなた、私を一人の人間として見るのね」
「あなたの細胞から作られただけの、人間としては劣化品としての私を、同等の存在として扱うのね」
「お母さん。あなた、面白い人ね」
「それも、もしかしたら、母故の愛、というものなのかしら」
彼女の言葉に嫌味はない。ただ、彼女は単純に驚いたようだった。
オリガ・カナエという人間を。単純に、評価しただけだと。




