オリガ・カナエという少女 其の5
彼は、自身の傀儡として彼女を作成した。そう、オリガ・カナエというたった一人の人物を作り出すことか、彼の目的だった。
そう、だった。それは過去の話である。完成し、そして意思を持ってしまった傀儡に用はな
い。言うことをきかなくなった傀儡の末路は、早急に廃棄することだけだろう。
モモタビ・マイリにとって自身はすでに廃棄物に等しいことは分かっていた。
しかし、その結果が――
「ああ、オリガ・カナエさん。とうとう見つかってしまったな」
その顔を、忘れることができない。
次の世代に、託すような父親の顔。我が子の誕生を今か今かと待ちわびる、人間のふりをした異形の顔を。
オリガ・カナエが彼の行動を不審に思い、職務の合間を縫って彼の行動を監視した結果、辿り着いた。
それは、巨大な培養機だった。
植物のものではない。人間を培養するものである。
その中には、何か、人間代のものが収まっている。
「きみの代わりだ。どうかな、細胞レベルで同じにしたから、容姿そのものは全く同一のはずなんだが」
彼が何を言っているのか理解できない。つまり、どういうことか。
答えは単純である。クローンだ。細胞レベルから全身を、その脳のレベルまでまったく同一にした、オリガ・カナエと同一の顔を持った他者。
それが、モモタビ・マイリが作った、使えなくなったオリガ・カナエの代わりだった。
それを直視した彼女は、ひどく、納得してしまった。
ああ、そうなるのか、と。
結局のところ、オーダーメイドの傀儡が壊れれば、また同一の傀儡が作成されるだけ。重要なのは、彼女そのものなのではなく、人民から見た彼女なのだと。
その一瞬で、彼女は理解した。
始めから、彼女の想いなどというものはどうでもよかったのだ、彼らにとっては。
彼女は彼女としての役割を果たしさせすればいい。それさえ行えるのなら、本物の彼女でなくても、全く同一の細胞と容姿を持つ何者かでも構わない。
彼女は、しかしそれでも大した感想は抱けなかった。
自分の偽者が現れたところで、どうでもいい。
ただ、今までの自分の努力とでもいうものがすべてなくなるのが、少しばかり億劫なだけだ。
しかし、それ以上に、嫌なのが。
「あの、その人どうするんですか?」
それだけだ。
なんという頭の悪い発言だろう。すでに分かり切ったことを、すべての決定事項を、今更確認するなど。
でも聞かねばならなかった。最悪の返答が帰ってくることを分かっていても。
彼は、彼女が口にした言葉の奥底に潜むものについて気が付いたようだ。
彼女が何を訊いているのか。
彼女がなにを危惧しているのか。
「当然、きみの代わりになってもらう。統括者オリガ・カナエとしての僕の協力者だよ。能力があるとかないとか、そんなことはどうでもいい。ただ、こちらの言う通りになってくれればいい。それが、オリガ・カナエとしての役割だ。自発的なものは悪いが、早々にその役割から降りてもらう」
彼、モモタビ・マイリは、その童顔で淡々と語る。
ああ、やはり、そういうことか。
それでは、あまりに――
これから生まれてくる彼女が、不憫ではないか。
オリガ・カナエなどという人間を強制され、その役割を押し付けられ、彼の傀儡としてすごさなければならず、それ以外の役割すら与えられない。それ以外では何の価値ももたない。
生きる役割さえもない。そんな最悪の理由で、彼女を、一人の人間を作るというのか。
怒り。
この時の彼女を支配したものはそれだけである。
生きてきて初めて、本気の憤りを他者に向けた。
この人を、こいつを、このクソ人形を殺してやりたいと本気で思ってしまった。
そこから、彼女の行動は二択に分かれる。
①モモタビ・マイリに従い、彼女のようなクローンを生み出すことを阻止する。
②彼の徹底的な反抗を行う。主に今まで行ってきたことを継続する。
彼女が行ったのは後者だった。
彼女は行動の方針を決めた。
モモタビ・マイリという存在への反逆である。




