オリガ・カナエという少女 其の3
それから二年。彼女の評価が正式に判断され、彼女はこの時に施設を抜けた。資金は十分に溜まっていたし、今更一人で生きることには疑問を感じなかったからだ。
しかし、彼女一人で生きることを、さすがに世間とかいう、漠然として形も姿もないものは許さなかった。たった十二歳の少女が一人で生きられるとは考えていないかったのだ。彼らの配分では。
オリガ・カナエ自身はまったくそんなことはなかった。現在からでも彼女は人間が一人で生きるための方法や関わりを知っていたし、それをクリアする為の環境もあった。
しかし、これも迎合。社会――つまり人間の渦という最大級に気持ちの悪いものの中で生きていくには、彼女には身元保証人のようなものが必要だった。
そこで、彼女の身元保証人になったのが――
「やあ。きみが、オリガ・カナエさんかな?」
キカク地域の統括者である、モモタビ・マイリだった。
年齢も性別もまったく不明。恐らくは男性だが、それ以外は分からない。
体も肉体ではなく、ただの人形にすぎない。例え容器である人形が破損しても、また新しい人形を発注してあっという間に復帰する。そんな怪人物だった。
彼女は彼のことを一切信じることができなかった。
そもそも、彼が自分の身元保証人などを買って出たことには一つの理由しか見当たらない。
彼は、自分を統括者にするつもりだということがすぐに分かった。
具体的に言うと、彼と生活を始めた二日目くらいに。
彼は、自身で操れる統括者を置き、自身に有利な状況を作りたかっただけだ。
でも、それも彼女にはどうでもいいことだった。
統括者にはなれると思った。実際不可能ではない。自身の能力的には現在でも申し分ないが、せめて年齢としてあと三年は欲しいところか。当時の彼女はそんな風に、自身の力量を計った。
モモタビ・マイリの元にいる彼女にあたえられた仕事は、大方彼の補助のようなものであった。といっても、彼自身の仕事は彼女にも把握ができないため、彼女が勝手に合いの手を入れる訳にもいかず、彼女はただ彼の言う仕事をするだけの存在であり、当のモモタビ・マイリ自身もそそのために彼女の身元保証人になったようだった。
彼女の存在をモモタビは世間には一切語らなかった。ただ、統括者の秘書官に何か能力的な化け物じみた人物がいる、ということがわずかな噂として電子の海を渡っただけにすぎない。
故に彼女の存在は一切知られなかった。
オリガ・カナエという名前も。
その素顔も。
そも、彼女は統括者になるために、モモタビ・マイリの下で秘書をしていたときは他人にその顔を見せてはならなかったからである。
そして十五歳になった時、彼女はモモタビ・マイリが民間から選んできた人物だということで、統括者候補の一人として推薦され、ほとんど無理矢理に統括者の試験に受けさせられた。
何百という人間との、それも己の才能や時間を遥かに凌駕した者達の中で、彼女はさしてその試験自体に意味があるものとも思えなかった。
だって、結果など目に見えている。
周りの人間では、自分の足元をふらつかせる藁の罠にすらなりはしない。
才覚の問題ではない。彼女とて、今までの十五年を無駄に過ごしてきたわけではないのだ。特にモモタビ・マイリの下についてからは、一人の許容を遥かに超えた量の責任を任された。
彼女は、それを可能にしてしまえるだけの能力があった。彼女の観察眼の賜物である。
人間との間に問題を起こさず、問題定義を行い、どれだけの迅速さを持ってそれを処理するか。一つの問題に何時間も時間をかけることは、それ自体が大きな問題になりうる。時には妥協も必要だろう。否、何かを本気で行うこととは、その行為における妥協を容認していくことであるのだ。矛盾するが、行うことにおいて優先させなければならないのは、ある程度の結果を出すということに他ならないのだから。
結果的に彼女は、嘘のようにあっという間に、本当にあっさりと統括者に就任した。
年齢は十五歳。統括者オリガ・カナエの誕生である。
判断も水準も問題なし。統括者に年齢的な壁はない。ただ能力を持て。そんな時代錯誤な実力主義が統括者であることの証なのだ。
統括者になった彼女を待っていたのは『カタチだけのおめでとう』と『猜疑の眼差し』だった。まあ、これは彼女としても分かっている。人民が彼女のような子供に対して疑問を抱くのは当然だろう。社会人は不確定要素を嫌う。子供の彼女には、まだ不確定な要素が多すぎたのだ。
それはおそらく、ハリヤマ・ネズも。彼もまだ少年だが、彼女に対する本心は懐疑心だった。
統括者になった後のオリガ・カナエは、今まで以上の傀儡になった。
モモタビ・マイリとは別の統括者でありながら、彼との裏での打ち合わせにより、細かい部分の調整や操作などを行っていく。自分もまた、彼の所有すり傀儡の一つすぎないことは、引き取られた時に知ってはしたが、それが実現した形になる。
しかし、ここで齟齬が起きる。
彼女は確かに統括者になった。その能力も申し分ない。統括者同士のつながりを晒すような間抜けも起こさない。実質、彼女は他の統括者よりも行動的であった。行動することには必ずしもリスクが付きまとう。統括者の中でも最も弱い位置にいる彼女がそれでも人民に統括者を降ろされなかったのは、つまりそういうことだ。
オリガ・カナエに最初から統括者としての意思はなかった。




