オリガ・カナエという少女 其の2
人間同士に求められているものは、そんなものなのか、と彼女はこの時悟ってしまった。
かつて、人間同士をつなげていたあらゆる言語化不可能な繋がりは、結局のところその二つの内の延長線上でしかない、と彼女は結論付けた。
安易そのものの考えだが、子供にそんな否定が成立するはずがない。
そして、彼女はそこで確信した。
人間が求めているものは、最終的には自己への理解である。
それも、自己の肯定とは限らない。いわば、自己が相手から見てほしい姿。その幻影とも呼ぶべきものを他者に提示することが、人間関係の真相なのではないかと。
彼女は、出会う人間が何を求めているのか、それも意識的に求めているモノと無意識に求めているモノの両方を看破するだけの洞察力を持っていた。
彼女の人間に対する畏れは、他者に対する操作はここから始まる。
結局のところ、彼女にもそれ以外の方法でヒトと関わることなどできなかったのだ。人間と人間を繋いでいるものは、感情のみではない。それはもっと複雑化した、表現の枠に収まらないような『何か』であると、子供のころの彼女には形容するに他なかった。過去の記述や、どれだけの偉人や記述者の記録を見ても、その答えは載っていなかった。
つまるところ、人間は人間のことを分かったようになっていたというだけに過ぎないということがよく分かった。本当は何も知らないのだ。当然だろう。そもそもまだ三千年も生きていない生命なのである。それあたかも分かったかのように吹聴していることそのものが異常なのである。分かっていないことが異常なのではない。
彼女の周囲の人間は、騙されたように皆彼女を信用し、簡単に友人になった。
その様子を見ていた大人は、彼女のことを、リーダーに抜擢できる逸材だと考えた。
考えとしては安易の塊のような思考だが、それは彼女と関わった人物全員から支持された。彼女と関わった人物達は皆彼女と一つか二つ歳が違うだけの人間に過ぎなかったが、それでも彼女のことを信用していたようだ。
子供というものは、自意識の塊のような存在だから、そうそう他人を認めるなどということはしまいと思っていた彼女にとって、これは意外なことだった。
まあ、彼女自身の問題であり、自分達には特に影響はないと判断してのことだったのかもしれない。
あるいは、家族のいない彼女を最初から対等になど見ておらず、わずかな憐れみとしての行為だったのかもしれない。
結果的に彼女は大人の推薦で様々な試験のようなものを受けさせられ、あっと言う間に対人教育の第一人者のようなものにされてしまった。
馬鹿馬鹿しいを通り越して笑いの種だろう。たかだか十歳の少女に、そんなものを押し付けたのである、彼らは。
しかし一度任命されたのならば逃げ出すわけにもいかなくなった。
それに、この時点で彼女が出来なかったのであれば、やっぱり子供には無理だった、ということになる。彼女には自分の今までの努力がそれによって踏みにじられるのを嫌った。
有体に言ってしまえば、これは意地というものだろう。
彼女はそのまま、自身の与えらられた仕事を行い続けた。その内に、彼女は人間の中にある同一の思考を汲み取るに至った。
人は、誰かにすがりたいのだ。
誰でもいい。しかしできれば自己よりも高等な存在がいい。
そんな、ふざけた理想論とも呼べる思想そのものを、彼女は、同年代の少年少女に見出した。しかしそれを嫌悪することはなかった。
だって彼らはもう手に入れているのだから。
自身にとって依存すべき対象を。その保護対象を。
自身一人では能力もなく、精神的な強度もなく、生きていくこともできない自分たちを、生かしてくれる存在を得ているのだから。
自分と離れたあとに、こちらにじゃあねと手を振って走って行く向こうに、己をおかえりと出迎えてくれる存在があるのだから。
だからそれを表に出さない分、むしろ気楽だった。同じ児童施設の面々とは違い、とっつきやすい。失敗してもくだらないことで済むし、最悪でも嫌われることにしかならない。個人間ですでに一生消えないだけの傷を造ることは、彼らとの関係ではあり得なかった。
彼らにはあったからだ。明確な『保護対象』という存在になってくれる、両親というものが。
自分はそうではなかったけど。
嫉妬はしない。既にないものを愁いても仕方がない。
彼らと自分の世界は隔絶している。――否、同一の世界を見ている人間などいない。
個人には個人の、千差の世界がある。どれか一つをとっても同一であることはあり得ない。
個人の認識、見識、知識、嫌悪、好奇、思想。それだけでは語り尽くせないほどの要素で人間は成り立っている。総合系が個人感となるだろう。その意味では、同一の世界を見ている人間などいない。
ならば、人間に、人間は理解できない。
人間が人間と関係を持つことができる唯一の方法は一つとなった。
最初から、人間に他者への理解などできなかったということだ。
誰かの発言をこちらで勝手に解析し、判断し、誤解する。別々の思想を持ちながら、相手も自分と同じ思想を持っていると本気で信じている。その実態が、実のところ他者への同調ではなく、相互による無意識下の迎合であるのだと、彼女は看破した。




