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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
――――報告なし
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オリガ・カナエという少女 其の1

 オリガ・カナエという少女は、元を辿れば民間の出身だった。


 特に大きな家柄でもなく、ただ一般の人間として育ったに過ぎない。周囲との違いといえば、彼女が物心がつく前から既に両親いなかったということだけである。


 彼女の母親は彼女を生んだ際に死亡。もともと体の弱い人間であった彼女が出産に耐えられるはずもなく、彼女を生んですぐに他界したらしい。


 彼女の父親はそこで彼女に見切りをつけた。


 まあ、言ってしまえば自分一人で彼女を育てることに絶望してしまったのだそうだ。


 彼女はキカクの保育所施設に預けられ、そこで複数の児童と共に育てられることになった。この時点で、彼女の父親というのは彼女の親権を完全に放棄したことになる。オリガ・カナエは現在になってもその貌より名前すらも知らない。


 結果として児童施設に入れられることになった彼女は、幼少期は複数の児童を共に。六歳ほどの年齢になった時点でキカクでの教育がスタートした。


 キカクでの教育は昔の学校教育とは大幅に異なる。教育基本方は最悪の細菌事件で崩壊し、様々な窮地に陥った際、最悪の状態になった人類は、それでも元の体制を最低限崩さずに新しん教育方針を行うことを決定した。それが、集団的学習の象徴である、学校教育の崩壊である。


 彼女もその例に漏れず、ほとんどの教育を機械から受けることになった。


 彼女自身が選んだカリキュラムからあらゆる基礎教養システムを幼少期に教え、そこから発展させていく形で、次第に個人に汎用性の高いものへと変わっていく教育。


 幸い、彼女の施設費は母親の遺した保険金と、父親が彼女に支払った、いわば手切れ金とでもいうべき資産によって最低限の生活への不自由はしなかった。オリガ・カナエにとって、その点だけが幸運だったといえるだろう。


 また、彼女は聡明な子供だった。幼少から人の感情の機微を読み取り、どのように動き、そして判断をするのかという能力を早くに身につけた。


 他の孤児の多くがほとんど同一の仕事にしか就かず、非常に狭い範囲の職業を選ぶ傾向にある中で、彼女は非常に稀なケースであった。


 彼女の教育が始まったのは六歳。そのわずか三年後に、彼女は十代中ごろまでの修士課程を修了。


 その驚異的な学習スピードは貪欲に周りの知識を吸収するだけでは飽き足らず、本来ならば不必要であるはずの旧世代の知識までもを吸収し始めた。結果的に、彼女の能力はそこから加速する。


 彼女の能力は単に『学習すること』だけでは収まらなかったのである。最初は確かに学ぶことから始められた。


 だが、その能力値が評価されたの旧世代の話である。幼少期の能力がどれだけ高かろうと、結局のところそれは、生涯の個人の能力のほんの一部にしか過ぎないことを、現在の人類はようやく理解したからである。

 学ぶことがそのまま優劣に繋がるわけではない。むしろ、学び、その事柄を自身の中でどう消化し、そして新たに産出するか。その点に重点が置かれた現在では、学習能力高さは昔ほどの絶対性はなくなってしまった。


 だから最初は彼女のことを、ただ学習という、個人の中でのインプットの仕方が優等なだけの子供としか見なされなかった。かつての旧世代の人間の中に入れば、神童と呼ばれたかもしれない存在として、いわば古い体質の人間と見なされた。


 オリガ・カナエは十歳にて、キカクの教育における。あらゆる分野の学習を終了する。


 当然それだけのことをしても、彼女に目を向ける人間はいなかった。


 特に意味もないことを自慢げに行うだけの、寂しい子供。


 そう、周囲は結論づけたのである。


 子供も。

 大人も。

 彼女に知識と学習を与えた機械でさえ。


 故に彼女の学習能力値は人間のものとは思えない異常数値を叩き出していたものの、機械に判定された社会適合数値はあまり良好ではないものだった。彼女は単純に、個人の道楽のためだけに学習という行為を行うだけの存在だと、周囲は決定したのである。


 同年、オリガ・カナエ十歳。彼女はこの時点で児童施設にいながらにして仕事を始める。


 仕事、といっても、それは彼女の知識を用いてのものではなく、児童施設における簡易的なディスカッションである。本来であれば十代中ごろになってようやく行えるというその簡易職に、彼女は繰り上がりで就任することになったと言える。


 仕事の内容は単純。他者と関わったことのないキカク地域の子供達に、対人関係としてのなりふりを教える、というものである。あくまで、他の子供と同じ境遇で育ってきた児童施設の子供であるからそこ行える仕事であり、それは機械や、ましてや大人が代替わりしてはできないものだったのだ。


 彼女が請け負ったのは、少人数でのディスカッション。といっても、児童の中ではこの仕事はあまり人気がなかった。


 というのも、彼らは家族というもの以外と一切を関わったことのない子供なのである。そこに自身の感情の抑制はない。子供が純真無垢であるという馬鹿げた幻想は当の昔に滅び去っている。自制を知らないその精神は、容易に攻撃に向き、どこまでも他者を責めることには躊躇も遠慮もない。


 児童施設の子供は、その負担を一手に引き受けることになるのである。これは、職務という名の、大人による体のいい責任放棄である。ただ一人の子供に、そんな重役を押し付けると言う、馬鹿馬鹿しいだけの行為。


 それに、わずか十歳のオリガ・カナエが向かったのは、ただの嗜虐としかいいようがないだろう。彼女の器はまだそこまで堅牢ではない。容易に精神的な破壊もされれば、疲弊もする。十歳、という年齢では、個人の感情でさえ、コントロールできなくて当たり前である。そもそも、彼女とてわずかに人とコミュニティを形成しているだけであって、決して人とのかかわりが上手いわけではない。ただ、他者との不和を起こさないようにする方法を知っているだけだ。


 彼女がまず対人関係で覚えたことは、『相手に対して問題を起こさないこと』だった。他者からの攻撃の恐怖心から自己というものを封じ、なるべく相手を刺激しないように立ち回らなければならなかった。それが、わずか十歳の子供にどのような影響を与えたのか、想像に難くはない。それが、オリガ・カナエという人間の根幹を作成したと言っても過言ではない。



「そうか。人間って、同調するか、迎合するかの二択なんだ」



 齢十歳にて、彼女が掴んだ結論である。


 同調という理解の過程を踏まなければそもそもとしてその人物と関わることはできない。例え理解できなかったとしても、その考えに考えなしで対応し、合わせるという行為をもってでもしなければその人物とはそもそも関われない。


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