事件の出口と真相の入り口
結局、電車は無事に別の駅に着き、俺達はそこで待ち構えていた治安委員会だの鉄道会社だの電波放送局だののから姿を隠すことが最も最優先の事柄になった。
なにせ、モモタビ・マイリはまだしも、オリガ・カナエのそっくりさんがいることを問い詰められたらアウトである。
なので、俺達はあくまで被害者を装い、顔に布を欠けた状態で、マイリが手配してくれたとかいう車に乗り込んだ。無論、俺は人的アーマーをはずして生身の状態でである。
車にエンジンがかかった時点で、我々は安堵する。車の硝子には外から覗けないような加工が施してある。自分の顔に布を被っていた統括者の二人は、そこでようやく素顔を露わにした。
「ふぅ。いやどうにか上手くいったね。ああ、早く出して。とりあえずは元の場所に戻ろう」
言って、車は発進する。戻る、ということは元の場所に行く、ということだろう。
「いや、きみたちのおかげだ。ありがとう」
その、気持ちも何も篭っていない礼は、こちらの専売特許だったのだけどね。
「それはどういたしましテ。といっても、俺は何もしてないけどネ。ほとんどはおねーさんがやってくれたことだから」
「…………」
彼女は黙っている。自身がしたことを、わずかに後悔しているかのようだ。
位置を確認する。俺と彼女が後部座席。マイリが助手席であり、運転席には誰もいない。完全な自立運転のようだ。
「もしかしてなんだけど、マイリ、運転できない?」
「そういうわけじゃないんだけど、ほら、僕みたいな奴が運転してるとそれだけで問題になりそうだから。面倒なことは起こさないのが吉かなー、と思って。楽だし」
「ふーん。ナルホド」
マイリは、助手席から首を回し、こちらに振り返る。
「それよりチープ。そろそろ彼に話してあげた方がいいんじゃないかな? 彼は約束を守った。きみも同じように、約束を守るべきでは?」
「…………」
彼女は、俯いて何も話そうとはしない。
「いや、マイリ、それよりも訊くことは他にあるよ」
「うん?」
俺の席は彼の真後ろである。そんな彼の座席、とりわけ頭の位置になるように、それを押し付ける。
「きみにだけどね。モモタビ・マイリ」
「――へえ」
そこで、彼は初めて思い切り楽しそうに笑った。
今までそんな笑顔は見たことがないほどに。
悪辣に。
辛辣に。
傲慢に。
笑う。
「訊きたい、とは何かな。フタリ」
「んー、まあ、きみと復元身体の関係? というかさ、関係じゃないんじゃないかな」
「というと?」
「きみ、復元身体だろ?」
そこで、俺の横に座っていた彼女が驚いたように俺を見、そして次にマイリを見た。
当のマイリは、車のフロントガラスを凝視しながら口元を歪ませる。
「ま、でも完璧ってわけじゃないんだけど。俺、復元くんの特性なんて知らないし。ただ一員ではあるはずだ。きみは、復元身体と最初から繋がっていた。だからきみの行くところに復元身体は現れたし、俺達が電車に乗ることも彼らは知ってた。電車に万全の用意もしていたしね。都合よく彼との通信手段を持っていたのも、彼の情報を持っていたのも、ひとえにきみ自身が復元身体だったからなんじゃないの?」
「キシシ、シシ。キSHI、キSHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI」
それは、復元身体であることを完全に表に出した笑いだった。
「いや、御見事だ。フタリ。きみの推測は当たっているよ」
「それも嘘だろう?」
「うん?」
「だってきみ、復元身体ではあるけど、彼じゃないでしょ。あくまで彼の目的を知っていて、彼に連絡が取れる存在――というところかな。彼が集団だと言ったのはきみだ。復元身体は一人ではなく、あくまで複数犯。なら、その統率をとっているのは誰なのか」
銃の先で彼の座っている差席をつつく。
「あくまで、復元身体自身が、きみのような存在であることは考えられる。まあ、彼からのヒントして、生身のない人間、というワードは貰っていたしね。彼がもしそのような存在であるのなら、彼は確かな個を持ちながら、他人の中に寄生しなければ活動できない存在だということになる。ドクターに寄生したのがいい例だ」
モモタビ・マイリは、ただ笑う。今までの仮面を投げ捨てたわけではない。この人物は最初から、俺達に対して嘘など吐いていなかった。
「まあ、寄生といっても個人の意識を完全に則れるわけではないようだ。身をもって照明してくれたよ。最期のあれは、確かに彼自身だった」
「――最期?」
弱々しい声で、彼女が訊く。
「それって」
「彼は、電車をたった二人でハッキングし、そしてそれをあっという間にきみがハックしなおした。ねえ、モモタビ・マイリ。きみは人間ではなく。電子の中の存在だろう? それが人形と言う三次元の殻を纏って俺達の前に現れているにすぎない」
そう、それこそが、この傀儡の正体だ。
「きみのハッキングの方法は、君自身が電子媒体に侵入して、高速でシステムを変更、改竄、演算すること。始めにそれを行ったのが復元身体だった、ということは、少なくとも彼の存在も特定できる」
モモタビ・マイリという人物の笑いは大きくなる。
おそらく、この人物にとっては、この世の中のすべてが等しく楽しいのだろう。
それは、自身の窮地も例外ではなく。
「復元身体。彼は電子上に存在した人間だ。もともと肉体を持たなかったものが、今の今まで保存され、それが電子の世界から、三次元の媒体を経て外に出て来た。きみが彼の何にあるかなんてことは俺は知らない。が、少なくともきみ達は共犯だ。オリガ・カナエの死亡も、そのクローンも、きみが復元身体と共に計画したことだろう?」
彼は、この状況になっても笑いを辞めない。
「いや、最高だよ。フタリ。きみは確かに、彼に肉薄し始めている。計画の狂いは想定していたが、しかし、きみのようなものが出てくるのは予想外だ」
彼は、車についているカーラジオを操作する。
「あー、妙なことはしないでくれるとありがたい」
「別にこの車を爆破させようってんじゃないから安心して。ちょっと連絡を取るだけだよ」
言って、車の中に接続を告げる電子音が拡散する。
『あ、もしもし? どうですか? 終わりました?』
その電子音は、聞き覚えがある。
「ああ、終わった。でもごめんね。すごく切れる人がいてさ、正体がバレちゃった」
『…………』
向こうの人物は沈黙する。約数秒のあと、マイリはそちらに向かって言う。
「ところで、そっちは終わった?」
『終わった? え? ――なんのこと?』
「きみの足元にあるもののことだよ」
『足元? え?』
沈黙。
その静寂が、何分続いただろうか。
やがてがたり、と音がし、声が響く。
『ああ、終わったよ』
「そう。それはご苦労様」
マイリは、目的を果たしたというように、笑う。
「ノウスイ・ソウフさん」
その声は、紛れもなく。あの部屋の中にいるはずの、ノウスイの声だった。
「殺した?」
『まさか、それはこの人の望むところじゃないだろう?』
「そうだね。下手に精神崩壊とかされてもきみが動けなくなるだけだし、それはこっちとしても困る。へえ、きみはそういう感じなのか。彼らとも、僕とも少し違うね」
『そのようだね。彼女とボクは同一ではない』
助手席に座っていた彼女は、何が起こっているのか理解ができていないようだった。
「彼女も、復元身体に?」
『ああ、そこにいるのは、確か、あの人的鎧の所有者だね。そうだ。いや、彼女は最初からだよ。きみたちと会った時から、ボクは彼女の中にいた。その時は偶然、ボクではなかっただけのことだ』
「――まあ、よく分からないけど、納得した。都合が良いとは思ってたんだ。キカクの中で地下に行かず、地上で歩いている人間なんて不自然さの塊みたいなものだし」
そもそも彼女と最初に出会ったのは、モモタビ・マイリに病院を出されたすぐ後だった。彼と彼女に繋がりがあったのなら、彼女が俺達を待ち構えていたとしてもなんら不思議ではない。
「で、終わったってなんのこと? ま、なんとなーく、分かりますが」
スピーカーからは、その一言が呟かれる。
『ミシゲ・ツクリの無力化だよ』
ノウスイの足元に倒れているミシゲ・ツクリの姿を想像する。彼女ならば彼にまったく怪しまれることなく行うことが可能だろう。
「そんな、嘘でしょう?」
震えながら、そんなことを行ったのは、彼女だった。
「あなたは、だって、あんなに慕ってたのに」
『それはノウスイのことだろう? ボクはボクだ。彼女とは違う』
「え?」
彼女は放心したように口を開ける。
「それって、どういう」
「つまり、彼女の場合、寄生した復元身体は、多重人格者のようになったってこと?」
こちらが結論を口にすると、スピーカーの人物と、助手席の人物は大層楽しそうに笑った。
『……すごいな。少し聞いただけでそこまで看破するか』
「ね? 面白いだろ? この人」
互いに何かを確認し合っている両者は、笑い続ける。
「ノウスイさんの方は、まあもう一つの人格が出てる方は、もう片方の人格は出れず、ノウスイ自身が人格に成っている時はきみは出れず、ノウスイさんの行動を記憶できない。その逆もあるだから。ただ違うのは、ノウスイさんはきみという人格が自身の中にあることを知らないようだ」
スピーカーから、わずかな笑い声が漏れる。
「そして、モモタビ・マイリ。きみは復元身体という個人ではなく、あくまでマイリとして、復元身体の知識と人格を理解したに過ぎない。つまりは彼の記憶を読み込んだような存在だね。だからあくまでモモタビ・マイリとしての個人を失わずに、復元身体としての側面を持つことが出来る」
そして両者は、始めから共犯者だった。
統括者モモタビ・マイリは自身の目的を果たすために復元身体を利用し、復元身体はモモタビ・マイリの助力を得ることでその力を拡大させてきた。
「SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI。実にいい考察だ。では、このままきみ達が連れていかれれば、どうなるかは分かるよね」
言わなくても分かる。そんなもの、モモタビ・マイリの思うようになるに決まっている。今まで通りに。
「マイリ」
「なんだい?」
「きみは現在ここにしかいない存在だろう? まあ、バックアップくらいはとってあるかもしれないが、基本的にはこのモモタビ・マイリという容器を壊されれば、きみという存在は消える」
「そうだね。それが?」
「破壊されたくなければ、ここから降りてくれないか?」
「ああ、そう言うんじゃないかと思ってた。実にすばらしいよアマカワ・フタリ。きみは本当に、大した役者だ」
彼は車のドアを開ける。
そこには高速で通過する道路がある。落下すれば、人間では軽傷では済まないだろう。
折れた方の手ではなく無事な方の手で、車の扉を掴んでいるその矮躯は、静かにそこへ降りようとしている。
「まあ、この一件が終わればゆっくり話をしよう」
「へえ、一件が終わっても、関わってくれるのかい?」
「いい友人になれると思うんだな、俺達。それに、きみ自身は貶めようとはするが、実害を俺達に与えることはしないだろう?」
モモタビ・マイリは、そこで大きく笑って。車から飛び下りた。
その体が道路の上を転がり、あっという間に見えなくなった。
「さあて、と」
運転席に移動する。同時に、自動運転を解除した。さすがに無人運転と言えど。いざと言う時の為に人が操作するシステムくらいは備わっているようだ。
マニュアルに切り替え、ルートを外れる。ひょっとするとどこかに発信器のようなものが仕掛けられている可能性もあるのでそう長くは乗っていられないだろう。
「おまえ――」
車の通信を切る。そこでようやく、車の中には走行音のみの静寂が戻って来た。
「さて、ようやく邪魔な人間はいなくなった」
そんな、強姦犯みたいなことを言う。まあでも、実際に襲った場合に潰されるのはたぶん俺の方なんだけろうけど。それに、そういう行為は大嫌いなのでするはずもない。
「お互い、もう隠し事はなしにしよう。オリガ・カナエさん。あと、言いたいことを言っておく。―――――きみは、ひょっとすると、本物なんじゃないか?」
彼女は、その質問には答えなかった。




