本当にさようなら
ま、そんなこんなで死ぬワケがないので、電車の下に落ちた俺はあっさり生還しました。
方法は簡単である。機体そのものに爆発する推力があるのなら、空中を『飛ぶ』ことも可能である。どうにか電車の屋根によじ登り、現在に至る。
で、現状確認。
『あちゃー、これは』
目の前にあるものを確認する。
それは、一部を大きく損壊し、今にも瓦解の兆しがある、架線の姿だった。
『マズくない? というかマズいよね?』
たった一部分でも、その影響は連結した電車全体に繋がってしまう。
これでは、本当にカーブを曲がれるかどうかも怪しいところである。
『あちゃー。大丈夫、じゃないよなこれは』
しかし、俺が出来ることはここまでが限界である。このまま電車が横転、大破したとしても何もできないない。人的鎧といえど、できることは限られているのだ。
手元にあるトランシーバを見つめて、嘆息する。
『ま、仕方ないよね』
通信を実行する。数秒の通話音の後にぶつりと繋がる旧世代の異物。
『あ、もしもしおねーさん。ごめん。架線壊れちった。そっちの状況はどんな感じ?』
正直に行って殺されることを覚悟で言った台詞だったが、向こうからの返答は皆無だった。
嫌だなぁ、この沈黙。こちらの使えなさに辟易しているのではなかろうな。
『いや、いいよ』
『――はい?』
呟かれた一言を聞き返す。いいよ? なんだそれは。なにかもう終わったようなことをほのめかす台詞は。
『もう済んだから。戻ってきていい』
『ん? え? おねーさん、少し説明を貰ってもいい?』
『電車のコントロールが戻って来た。そこでモモタビ・マイリさんが電車の操作系をすべて掌握した終えたところだよ。本線はこれより予定通りに目的地に着く模様』
いや、よく分からない。
何かこちらで色々している内に、ことは終わってしまったらしい。
『いや、でもよく分からないんだけど。だって、今ここで操作系を復元くんが手放したのなら、今までの彼の行為は一体の何の意味を持ってたんだ?』
『あんまり訊くなよ。私も、あんまりよくは分からないんだから』
呟くように、彼女は口にした後、数秒の間を置いて次いで言葉を向けて来た。
『いいから戻ってこいアマカワ。私、このまま人の中にいるのはやべえんだから。早くしろ』
言って、通話は切られた。何か納得のいかないことが八割以上を占めるが、まあ突っ込まない方がいいのだろう。
『――ん、さて』
伸びをして肩を回す。実質的な筋肉使用は適度な運動程度だが、それでも疲労がたまっている。元よりこの肉体は十五ほどの矮躯なのだ。異常なまでの無茶はできない。
『――ん? アレ?』
そこで発見する。
屋根の上に、ぽつりと姿を現した一人の人物を。
『ドクター? やっぱり乗ってたのか』
風に衣服を揺らされながら俺の前に姿を見せたのは、スラム街での知り合いであり、新たに復元身体の一人であることが判明した、精神科医の彼だった。
『…………』
「…………」
お互い、お互いを見つめたところで、さて、何を話あったものかと迷う。
まあ、とりあえずは、
『や、また会ったね。その姿でいると普通に見えるネ。ドクター』
そんな、友好的な呼びかけだろう。やはり大切なのは当たり方である。
「…………」
対して、向こうは完全な無言だった。
嫌だなぁ、このパターン。こっちが滑ってあっちが沈黙する感じ。
『ね、ところで、きみは一体どっちなの? ドク? それとも復元くん? その辺りの線引きをやってもらわないと、俺きみと話すときどう話せばいいのか迷っちゃうんだけど』
ドクターは、ただ無言でこちらを睨み返している。
答える気があるのか答える気がないのか分からない顔だ。
手にしたトランシーバを彼にかざして見せる。
『ところで、電車のコントロールが取り戻せたって聞いたけど、これってきみのお陰かな? わざわざコントロールを奪って、アーマー復元くんに俺の足止めまでさせて、それでどうして今更コントロールを返したの? もう少しできみの目的は達成できそうだったのに』
男は、こちらを睨んだまま、視線を離さない。
そして、その口が少し動く。
「彼女に感謝しておきなよ」
『うん?』
「きみ達が生きられたのは、彼女のおかげだ」
『あ? えっと、彼女って誰のコト?』
彼は、途端にこちらに嫌悪の表情を向けて呟く。
「オリガ・カナエだ」
うん? と首を傾げざるを得ない。なんだそれは。それは、きみ達が潰そうとしていた統括者そのヒトであったはずなのでは?
『うーん、よく分からないネ。ドユコト?』
「きみに説明するつもりはないよ。――さて」
彼は、何か遠い眼をして流れていく黒い景色に目を向ける。暗い、高速で動くそれらは、この暗黒空間の中では身を通り抜ける風としてしか感じることはできない。
「ひとまず、ボク――いや、俺の役割は終わった。後は、同一の彼らがどうにかしてくれることを祈ろう」
そうして、彼は後ずさって行く。その動作は、ゆっくり、ゆっくりと電車の端に迫って行く。
『おい、ドクター』
こちらの呼びかけに呼応するように、静かに笑って見せた。
「さよならアマカワ。きみとの話や時間は楽しかったよ。短かったけど、ありがとう」
言って、彼は電車の屋根の上に、何かを投げる。
「餞別だ。受け取るといい。俺にはもう不要なものだ」
彼はそのまま後ずさる。
『おい!』
叫ぶも彼は足を止めない。
後ろに踏み出された彼の足は、そのまま全身を暗黒に突き入れる。
『――チ』
舌を打つ。そのときには既に人的鎧の足が動いていた。
しかし距離がある。どう考えても追いつけはしない。
『Starry sky backfire field Ⅲ、Ⅳ』
加速する。一瞬で俺の肉体は電車を越し、その暗闇の中へ落ちていく。
――見えた。
その、電車の下へ落下する肉体を発見した。
まだ間に合うか。
ぎりぎりのラインだが、こちらにはまだ手はある。
『Starry sky backfire field Ⅲ、Ⅳ』
二回目の加速。
これを持って、その人物を救出する。
そこでようやく、彼の顔が見えた。
彼は、信じられないような顔でこちらを見た後、また、空中で薄く笑った。
その口が、わずかに動く。
音は聞こえない。周りの大音量にかき消され、そんなものは聞こえるはずがない。
彼の衣服に手を伸ばす。
いける。このまま加速を続ければ彼の体が地面に届く前に上に引き上げることが可能だ。
その手を。
彼は、弾き払った。
まるで、そんなものはいらないと拒否するように。
そんな温情は必要ないと否定するように。
そのまま、彼の体は高速で移動する電車の下へ落ちて行った。
『……、…………、………………』
がちん、と電車の一部を掴む。そのまま。慣性の法則に従って、俺の肉体は大きく左右に揺れた。電車の下をもう一度確認するが、人のようなものは確認することができなかった。
『――なんだ?』
口にする。
『悪いって、なんだ?』
呟いて、息を吐く。
そうして、その場にあった電車の外装を思い切り殴りつけた。
鈍い金属音は、甲高い響きを辺り一面に拡散させた後、波が正常に戻るように、わずかな余韻を残しながら消えて行った。




