復元身体の行為
閉じ込められた部屋から出るのは簡単だった。
まず人的鎧で電車の壁に穴を開け、扉にロックをかえけている装置そのものを壊すという、ハックどころかピッキングですらない、ひたすらにスマートではない方法で、そこを脱出したのだった。
まあ、そうなると当然、俺の体はアーマーを纏い、向こうにいらっしゃる乗客の皆様方とご対面した訳であり。
『…………』
「…………」
双方に気まずい沈黙が訪れた。人的鎧は現在で言う兵器そのものである。それを纏って人前に出て行くという行為そのものが、すでに刑法によって罰せられる事柄であるといっても過言ではないのだ。――というより、あったはずである。銃刀法みたいなものが。
『あ、えーっと。みなさん、落ち着きまショウ』
落ち着かなければならないのは俺の方である。一瞬、本気で今度こそ社会的に抹殺されるかと思った。主にあの黒い鎧のにーさんに。まあ、抹殺されるだけの社会的地位も認識もスラム民にはないのですが。
『ここから出れない? ですよねー。あ、じゃあちょっと待ってください』
異常な混乱があったとは思えない程静かになった車内には、線の上を拘束で走っていることを予感させる金属音が近くで聞こえる。それは各人の不安を高めるには最適な音源だろう。人間にはそう言った『音』に関する危機感知能力が具わっている。視界とりも耳の方の情報の優先度が高いのは、ひとえに視界の情報で補えない部分から来る危険を察知するための配分だ。
扉を確認する。無論、この広大な車両を出る扉はこれのみではないが、大人数の混乱をさけるため、先ずは小さい扉から。
『――ん、しょと』
壁を殴り抜き、腕を侵入させる。そこにある留め金のような部分を外す。それでようやく、扉が半分だけ開閉した。
お隣の車両に侵入――の前に言うことが。
『僕はcleanの者です。みなさん。できれば今一度席に戻り、危険な行動は避けてください。この電車の中には危険人物がいます。動けばその人物に見つかってしまうことも』
完全な脅しである。そして俺はcleanではない。が、極限の状況下にさらされた人間には、人的鎧を着ている、自分達に危害を加えない、という二つの点からキカクの治安を任されている最大組織を思い浮かべるのは容易なことだろう。
そんなこんなで彼らのパニックを抑えることに成功した俺は次の車両へ。まあ、後ろから何人かはついて来ているようだがそんなの知るか。
なにせ、こちらは次の車両こそが目的地みたいなものである。
広い空間に出る。あたりは暗いが、そこにいる各人が持っている端末の光で全体像を掴むのは容易だった。
突然の来訪者に、彼らは一斉にこちらに目を向ける。
『cleanの者です。皆さん、無事ですか?』
とりあえずの恒例の台詞を言ってみる。さすがに使い回しな感じが否めないが。
効果は微妙だった。こちらのお客さんはあちらのお客さんより優秀でいらっしゃるらしい。全員が微妙な表情で、こちらを警戒している状況だ。
といっても、こちらとしては侵入できたことが重要なので、彼らに用はない。
用があるのは、その広大な敷地の隅で、さながら迷子のように座っている彼女自身にである。
彼女の機嫌は悪かった。
というか、明確に呆れていた。
近づくと、こちらの鎧に拳を突きだしてきた。がん、と鈍い音が鳴る。
「遅い」
「うん、ごめんなさい」
「なんだよ、cleanって」
『それくらい言っといたほうがイイのデス。それより、マイリはどうしたの?』
「あの人は、運転席に行った。自分なら操作できるからって」
まそれはまた勇猛果敢である。というか、彼が自分一人でこの緊急時を出歩く、などということがあり得るのだろうか?
『まいいや。おねーさんどうする? この中じゃ身動きができないと思うケド』
「連れてけ。別に行動してどうやって護るつもりだ」
それもそうだが。というか、これは結構なピンチである。乗客が大勢いる状況で、下半身の動かない彼女を連れ回すなど正気の沙汰ではない。
そこで、音がした。
何か金属音のようなものだ。それは、俺が今までしてきたように、扉を力技で開閉する、といったことと等しい。
「アマカワ!」
彼女が叫ぶ。その眼は上空。
俺のすぐ後ろに、何かが落下した音が響く。どすん、という、そのある程度の質量が落下したことを知らせる音。
振り向くと、そこに人的鎧を纏った人物がいた。
白い外見。モチーフは白い雌獅子。何十人という人間を殺害した、その機能。
みなさん、この車両から離れてください!
そう言えれば、良かったんだけどなぁ。
人的鎧の落下から少しして、周りに爆風が巻き起こる。辺りは一瞬にしてパニックになった。逃げ纏う人民。しかし出口はひとつしかない。しかも狭い場所である。そんな場所に大量の人間が一斉に逃げ込めば、どうなるのか。
あまり想像したくはないが、実際にそれは起こった。
混乱、暴動、焦燥。
その一点が、出口へはけ口となって、人の波を操作していく。
はじき出された人間は人の波に飲まれ、入れた人間もその狭い通路の中に密集し、行く手を結果的に狭めて人民は逃げ惑っている。
その様子を彼女はじっと、見ていた。無表情ではない。なにか慈愛に導かれたような表情である。
あまり見るものでもないだろうと結論付け、目の前に落下してきたそれを見る。
見れば見るほど。こちらの外見とまったく変わらない。あの技術者作ったものなのだから当然だが。真っ白い外見と、たてがみのないことから雌の獅子であると印象がつく。
後ろからは悲鳴が聞こえている。それは何重にも重奏され、こちらの体から出た音がすべて遮断されたような錯覚を覚える。というより、こちらの声が消される。
『だまれ』
その声は、複数の悲鳴の中でも明確に響いた。この空間の広大さと、一人の少年の、まだ変声期も訪れていないかのように高い声。一様に出口に駆けだしていた乗客は、我に返ったように諸悪の原因に目を向ける。
奇しくも、その騒動の原因となった人物に、騒動を止められたということになる。
『少しうるさい。ボクの行動を、被害者のくせして邪魔するな。おまえらがここでやるべきなのは、すみやかに、スマートに、ここの車両から出ることだ。あと三分やる。それまでに出れなかったら殺す。精々、効率のいい脱出行動でもやっててくれ。難儀だろうけど』
その発言の後、本当に約三分余りで乗客たちは別の車両に移動した。極限状態になった彼らは最も近くにいる危険人物の言葉に素直に従った。時代が変わろうと人間の本質が変わろうと、その危険察知の能力は変わらない。
『やあ、アマカワ・フタリさん。そしてオリガ・カナエ、モドキさん。ようやく会えましたね』
先ほどまでの態度とは打って変わって、復元身体はあくまで友好的な口調で接してきた。
『うん。どもども。復元身体くん』
なので、こちらもそんな風に応じてみた。
『この列車を占拠した理由、あなた達なら、分かるよね?』
『ん? さあ。ま、でも推測だけど、このおねーさんと、んで、どこかに行ったモモタビ・マイリを殺害するため? いや、それだけじゃないネ。これだけのことを起こしたのなら』
それは、恐らく。
「――復元身体という存在を、キカク地域とその周囲に認識させるため?」
その結論を口にしたのは、俺の後ろにいた彼女だった。
声を震わせ、まるで信じられないようなものを見たような顔で、俺の目の前にある白い人的アーマーを凝視している。
『まあ、被害拡大が今のところの目的カナ。ついでにここに統括者が乗っていたのは分かっていたし、それも一緒に排除する。ついでのついでに、オリガ・カナエとまったく同一の顔をした人間なんていうのも排除できるといい。そんなプロパガンダはいらないからね』
『あー、そういうカンジ』
まあ、言わなくても分かるような気はしましたが。
『チナミニ、なんだけどサ。その提案に俺が反対したら、どうなりマス?』
これも愚問。というか、向こうが勝手に行っている提案そのものに賛同も反対もないものだが。
『さあ。逃げるか。敵対するかの二択じゃないカナ?』
『あー、やっぱり?』
まあ、俺としてはどちらでもいいのだけど。
『ちなみに訊いておきたいんだけど、ただ電車を突っ込ませるだけならきみはここにいる必要はなかった。にもかかわらずこのフィールドにいるってことは――』
それは、こちらからの最後の質問だ。
『単純だ。電車事故では確実性がない。遺体も判別不可能になっているだろうからね』
……オーケーだ。それだけ聞けば問題はない。
『おねーさん、大人しくしていてね。まあ、といっても大人しくしておく他ないか』




