表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
技術廃棄街――制圧視察
6/110

宝物は晴々しく

 工場の内部に入る。重厚な正面の扉は鍵がかかっていたので、裏口から回る。こういった場所には無法者が住み着くと決まっている。もしくは、若い集団が治安を気にして入り込む。


 そのため、どこかしらに必ず人間が侵入する経路が作られているはずだ。


「……あった」


 案の定、工場の裏口は空いていた。鉄の、錆びだらけになった重厚な扉を音を立てないようにゆっくりと開き、内部に入る。


 遺された廃墟の一つ。生産が止まり、土地の価値も再建の目途も経たず、地域から放り出された一つの工場。無論生産ラインは止まっている。機材はすべて撤去されている。何かを作る場所であった場所は、そのエネルギーすべてを放出してしまったかのように、中には何もなかった。


 大きな建物の中には分割された部屋があるようだ。入った地点では四十mほどの比較的狭い空間が広がっている。巨大な天井を支えるための柱が野晒しになっており、コンクリートで作られたそれは、幾つかに老朽化が進み、罅が入っていた。


 下手な衝撃を与えれば、そのまま天井が落ちてきそうなその場所に、階段があることに気が付く。地下へと続くように設置された階段は、奥を暗くさせて存在している。


「ん? あれ?」


 それには見覚えはない。


 俺は一応、この技術廃棄街と呼ばれるスラムの建設物にはすべて入ったことがある。この工場もその一つだ。前に来たときは二年ほど前だったが、しかし、その時には地下なんてものはなかったはずだ。


 その階段に近づく、それは老朽を装ってはいるものの、まだ新しい。

 誰かがここに来て、そしてこの地下を新たに作ったのだ。こんな廃墟の中に、しかも壊れかけた建物の一室に、コンクリートを切開して、地面に穴を掘り、その中に部屋を作った。


「誰が?」


 ここの住人のスキルでできないことはない。しかし、これだけの工事をするとなると、それは単一の人間には不可能だ。少なくとも、数日あまりで地下を作るためには数人の技術者と労働者、そして騒音を起こす機材が必要になる。


 この工場は浮遊者の溜まり場だったはずだ。そんな場所に、誰にも気付かれずにこのようなことをするなど。


 外の起動音が大きくなる。いい加減ここに目星をつけたらしい。


「…………」


 あんまり行きたくはないが、仕方がない。俺はその新しい階段を下る。そこでなら建物が倒壊したとしても、生き残る可能性は高い。――問題は、どうやってそこから脱出するかだが。


 暗闇のなかに隠れることに意味はない。人的鎧(ヒューマノイド)にはそういった視界を確保する機能も備わっている。この地下室に潜ったところで、隠れきれないことは自明なのだが。


「――ん?」


 そこで、発見する。


 地下の先に、少し広い空間がある。地下へと続く階段がいやに深かったのはこのためか、と嘆息する。こちらの足音が、何か広く、そして閉鎖された空間によって反響している。


 暗がりによって分からないが。今、自分がいる空間が、ある程度の広さを持っていることは容易に認識できる。反響音から推察するに、およそ四十m。


 手元の通信機器からライトを起動し、周囲の全体像を計る。周りに明かりはない。意図的に吐けなかったようだ。これは、侵入者を排斥するための装置なのではなかろうか。


 新しいということはそこに最近人間が介在したのか。


 そこで、発見する。


「――扉?」


 広範囲の室内の壁に、小さな扉のようなものが設置されていることに気が付く。


 そう、扉。しかも、何か低予算で作ったような、そんなずさんなものだ。とりあえずで付けた、そう言うことが似合うほどに、それは酷い作りになっていた。


 まず鉄製だが、薄い。触れて、そして叩いてみてそれがよく分かる。こんな広大な部屋にこんなものを設置しておきながら、扉自体がこんなに薄いなどということがあっていいのか。


「場合によっちゃ、空間の不備で崩れるぞ、これ」


 俺は設計による建築学を先行してはいないので、なんとも言えないが。

 むしろこの構造は、わざと崩す為に作られたかのような設計だ。


 そして、扉の隙間を除く。


「やーっぱり」


 除いた隙間からは、細い、鉄製のワイヤーが内部に複雑に絡まっていた。


 どこからどうみても、それはブービートラップだ。隙間をライトで照らす。ワイヤー扉からは暗い室内の、何か小さな箱の中に繋がっている。たぶん、この扉を無警戒に開ければ、箱の中の何かが起動。薄く作った扉を吹き飛ばし、密室にそれが拡散。衝撃で連鎖的に建物すべてを倒壊させる仕組みになっている。


 スラムの住民じゃないな。


 ここまで周到なことを、わざわざ俺達がするはずがない。俺達は等しく、キカクから隠したいことがあるのが普通なのだ。そんな人間が、わざわざこんな装置を作る筈がない。


「と、いうことは」


 これを設置したのはキカクの人間だ。恐らく、キカクの中でぼろを出すことを恐れ、ここ、……………正しく「技術廃棄街」に自らの錆を棄てて行った。そして万が一にも見つかっては拙いので、念の為の仕掛けを施しておくことにした。大方、そんなところか。


 役に立たないな。


 そもそも、目の前の爆薬がどの程度の威力の物であったとしても、あの人的鎧(ヒューマノイド)を破壊することはできない。あれは至近距離で爆撃を受けても、中の人体は痣一つもつけることはできない。


「万事休す? どーしましょっかね」


 いつもの手は使えない。そも、先ほどの攻防であの人的鎧(ヒューマノイド)に乗っている人物は人的鎧(ヒューマノイド)の機能を過信しない人物であることが分かった。


 システム上の裏をかくことはできない。持っている鉄線は残り八十m。目の前のトラップが起動しているということは、この廃工場にも電力の類はまだ通っているのだろうが、さて。


 目の前の扉を見る。一応だが、ここの工場の電力システムを一時的に落とすことは可能だ。その管理システムには、こちらの端末からでも侵入できる。


 ――それで? 

 目の前にある爆薬を広い、また電力を回復。爆薬はあくまで煙幕として使い、その隙に電流を流したワイヤーにかける。


 却下。それでは通じない。精々通じる範囲では、ヤツへの攪乱にしかならないだろう。


「しゃーない」

 

 作戦変更だ。

 

 ヤツの打倒は――今回は諦める。それよりも、ヤツからどう逃げるかということを優先する。


 手はこうだ。まず爆薬を確保。そして俺が爆死したという情報をヤツに渡す。

 目の前に自爆に見せかけるか、事後としての光景を用意するかは別だが。

 まあ、これでいこう、と安易に決める。


 そうして、工場のシステムに侵入し、電力を落とす。扉の奥の鉄線の電力が流れていないことを確認して、扉を開けた。


「かーいじょ。――っ」


 息を飲む。仮にも爆破すれば、確実に俺の体は粉々に千切れて、その上埋められる訳だが、どうにかシステムは停止してくれたらしい。扉の開閉と同時に俺はその鉄線を避けて進む。


 ボックスにかかっていた鉄線だけはもしものこともあるので警戒する。運のいいことにボックスの内部にそれらしき爆薬は詰まっていたが、どれも電流という信管を失ったことで起爆はされなかった。


「なんだ、これ」


 それよりも、その内部に収まっているもののほうが俺の目を引いた。


 ボックスの内部に収まっていたのは、白い個々のパーツに分かれた『何か』だった。

 それぞれの部位は小さい。しかしそれはすべてのパーツを総合すれば相当な大きさになる。


 一番初めに見えたのは、人間の頭部をすっぽりと覆うほどの真っ白いヘルメットだった。

 OSは内蔵されていない。中には脳波を観測するブレイン・マシン・インターフェースの電極が、乱雑に並べられているだけだった。


(ニュー)機器(ロン)はなし。送信も受信もなし。作成元(メーカー)もなし。これ、本当に人的鎧(ヒューマノイド)?」


 そう、それは誰が見ても明確に分かるほどに明瞭な、人的鎧(ヒューマノイド)だった。


 ただし、欠けている部品が多すぎる。本来もっとも必要なものが、それには備わっていない。


 もしネット上の店舗に並べば、一日と立たずにクレームが発生し、起訴まで持っていきかねない代物だが。


 ボックスの内部にある機材をすべて出す。そこで、それらの部品が既存の人的アーマーの部品より少し多いことに気が付いた。通常、人的鎧(ヒューマノイド)は人体を内蔵する部位の他に二層の装甲がある。断面から見れば三重構造なのだ。


 それが、この人的鎧(ヒューマノイド)は、パっと見ではあるが、四重構造を取っている。こんな技術は聞いたことがない。第一、人体を内包した時点で、人的鎧(ヒューマノイド)の重さは優に百㎏は超えているのだ。その物体を高速で運動させるために、規格外な装備をされているのが人的アーマーなのである。構造を一つ増やすだけで、その運用の計算はとてつもなく難解なものになる。


 その部品一つ一つは、既存のものと劣らない。少なくともスラムで頻繁に見かけるような劣悪品ではない。すべてがキカクで作られ、十分なテストを踏んだ段階の良品だ。


 そのパーツを見つめて、しばし思考する。


 上の起動音は少しずつ大きくなっている。こちらに気が付いたのだろう。いい加減この場所が特定されていてもおかしくはない。


 思考十秒。俺は行うことを決める。


 パーツはすべて総計して百五十。少なすぎるのは、個々のパーツがすべて作成済みであることからも明らかだろう。あとは人体のパーツを、各人の身体に合せるように改造し、そして組み立てるだけの作業になっている。


「昔のプラモみたいね。それもフリーモデル?」


 旧世代的な模型を思い出すが、その設計はそれ以上に難解だ。

 パーツ同士に分けられているとはいっても、それには当然設計書などというものはない。組み立てる順序は、こちらで計算をしなくてはならない。


 また、等しく物体が手の言うことを聞くなどということはあり得ない。計算上完璧であったとしても、そこには何らかの齟齬があるのは必然だ。


 完成しない可能性もあり得る。その場合は、まあ、上にいる人的鎧(ヒューマノイド)の人に殴殺されることくらいは覚悟しておかなくては。

 完成までに約五分と見た。OSもなく脳機能もないため、操作はこちらのマニュアルになる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ