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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
復元身体を確認。警戒令を発令
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レールってつまらないね

 電車の中で地図が必要になるとは思わなかった。というか、電車の壁そのものにフロアマップが張り付けられていた。こんなこともあるものだ。


 ようやく辿り着いた売店はこじんまりとしたものではなく、大きな店舗であり、衣服から帽子から日用品までをそろえている。近未来にこの電車の中で住居が出来そうなほどの充実っぷりである。まあ、そんな生活意味ないのだけど。


 適度な帽子を買って車両に戻る。支払いは自動精算だった。一昔前の時はまだ夢だった、あの特定の改札を抜けた時に発生する電子マネーの精算システムですよ。


「残金五千円。大丈夫かなこれ」


 明日からの生活が怪しいレベルである。そういえば、鎧狩りをした人的鎧(ヒューマノイド)の部品も売ることなくここに出てきてしまったのだった。


 財布事情はよろしくないと見える。


「まあ、さっさと戻って――」


 瞬間、辺りのライトが一斉に消えた。


 広大な電車の中は暗黒に包まれる。それもそのはず、ここは地面の中に作られた線の上である。電車ないのライトがないであれば、それは全くの闇と変わりはない。


「ん? 停電?」


 そんなわけはないのだが。そもそも電力すべてが停止した状況では、この電車が動いている状況そのものが分からない。


 電車は未だ動いている。故に、問題を起こしたのは車両の照明システムのみだろう。


「いや、ちょっとこれ、完全に見えないぞ」


 まあ、こういう時は落ち着いて、自分のポケットから予備の小型懐中電灯というものを取り出すとする。キカクではどうかわかりませんが、スラムでは結構必需品なのです。


 辺りを照らすと、そこは売店のすぐ近くだということが分かった。見る限りでは、都合のいいことに、照明だけではなく売店の精算システムまで落ちているようだ。これではパクり放題である。


「すっげえ誘惑」


 まあ、監視カメラの機能がまだ継続しているなら、完全な盗人(ばか)が激写されることになるが。


 ぼちぼち元の車両に戻ってマイリ達に合流するのが適切か。


 と、そこで気が付く。


 車両のドアが起動しない。ドアそのものが開かないのである。


 この電車内の扉のほとんどは電子ドアである。従来の自動ドアとは違い、電力が供給されなければ手で開けられるという仕組みにはなっていない。恐らくは高速で移動する場所から無暗に移動しないようにするためのものなのだろうが。


「閉じ込められた?」


 問うまでもなく、そのようだ。


 そこで、電車のスピーカーが起動する。じりじりと不思議な電子音を響かせて、そのアナウンスが流れる。


『――やあ』


 どうせ謝罪だと高をくくっていた俺の耳に飛んできたのは、聞いたことのある声だった。


『やっぱりここに来てくれると思っていたよ』


 その口調、その声色は、一人の男のものだった。


「ドクター?」


 あの男のものだ。通信で使われたような、少年然としたものではない。


『どうも。あなたは――アマカワさん、でしたね』


 向こうにこちらの声も聞こえているらしい。そして、この列車内のカメラで俺を視認している、と考えていいだろう。


「そういうきみは、復元身体くんだったね」


 というのも、おかしな話ではあるのだが。なにせ、向こうの人物とはスラムでの顔見知りである。


 こちらの顔を凝視している電車のカメラそのものに目を向けて手を振ってみる。


「こっちの声聞こえているなら、答えてほしいんだけど、きみはドクター? それとも復元くん? いったいどっちのキャラが本物なワケ?」


『さあ。そういった取り決めに意味を見出してはいないかな。それより、分かってる? きみ、今の状況』


「んー、ま。分からないでもないケド」


 完全に閉じ込められている。どこもかしこも開く様子はない。完全な八方塞がり。


「これって、きみが起こしたことなの?」


『もちろん。でなければ力技でどうにかなることでもないだろう?』


 まあそれはそうですが。


「電車の車両のシステムは個々で別々だろうに。わざわざそれをすべてハックしたワケ? 現在進行形で行われているシステム用意に侵入し、そのすべてを意のままに書き換えるハッカーだったとは、恐れ入った」


『落としたのはこの電車の、一番単純な機能以外はすべてだよ。この意味、分かるカナ』


 単純である。電車の機能などというものは、大まかに分けてしまえば二つしかない。


 進む機能と、止まる機能だ。


「そしてそのどちらも、今はきみに舵が握られている。つまりこの列車をどっかに突っ込ませるのもぶっ壊すのもきみ次第――かな」


『分かっているならいい。今、このメトロ腺に乗っているすべての人間が人質だ』


「ふーん。で、俺に何を要求するの? ていうかこの状況で要求なんて必要あるノ? きみ自身がこの電車の内部にいるのなら、早いところモモタビ・マイリを殺害することが先決だろう」


『分かっていないね。ボクは今この列車の操舵を握っている。この意味を少し理解してほしい』


「言うことききやがれって? こんな野郎言う通りにさせたところで、面白いコトなんてないケド。そもそも、俺ここから出られないし」


『少し確かめたいことがあるんだ。きみ、数十年前に起こった世界最大の細菌事件の犯人を知ってる?』



 また結構突飛な質問が着た者だ。


「まあ、呼称だけなら。自分で語ったところによれば、確かヒコボシだね」

『集団的なものの総称だったのか。それともあくまで自分を現して、その騒動に対して印象を付けたかったのは判然としないけど。まあ、そういう人物がいたってだけだ』


「それが?」


 まったくもって、話の筋が成り立っていない。


『ボクはね、それのクローンなんだよ』


「ふーん」


 沈黙。こちらの反応にあちらは口を閉ざす。


『驚かないんだね』


「なんかよく言われるケド、別に驚く要素ないでしょ。俺に関係のないことだし」


『ボクはそういう存在として造られた。少し特殊な存在なんだけどね。他者の肉体を媒体とすることでしか存在できないくらいには』


「よく分かんないけどさ。それって、複数の人間が集まって形成されるネットワークみたいなものかな。みんな使うアプリ的な?」


 人格の共有、キャラの配分。それは、大方の事柄が他者と同一であることがあり得ない人間にとって、人工的に作り出された意図的な個性の共有に近いか。


『それとも違うかな。ボクは、他者の中にあって、他者じゃない。ボクという人格は薄れず、個人の中に拡散していくんだよ。ボクの作成者が、それを望んだように』


「そーですか。てことは、きみの正体は――まだ言語化が難しい、該当する言語のないイキモノであると言えるのかな?」


『強いて言えば』


「そりゃケッコウ。――で、俺に対する質問は?」


『彼女は一体何者かな?』


 彼女、と言われてしまうともう一人しか思い浮かばない。


「誰のことデショウ?」

『つまらないからいいよ。オリガ・カナエと同一の顔をした人物。彼女は数か月前にボクが殺害した。なのに、その人物と同じ顔をした人物が現れるということが不自然だ』


 知らないしそんなの。


 この人物が俺に理由を尋ねてくるということは、この人物が彼女の情報を持っていなかったと見るべきか。本当に、彼女はモモタビ・マイリの直属らしい。


『まあ、いい。そちらはこれから確認する。きみに訊きたいことは以上だ。サヨナラ』


 それだけ言って、通話は途切れた。その最後のさよなら発言は、どう考えてもご臨終を迎え


 ふう、と息を吐く。周りは化学物質で作られた壁。開かないドア。誰もいない車両。


 というより、ここに閉じ込められたのは俺一人であるようだ。周りに人が見受けられない。


「さっきの話。聞かれてなかったかな」


 訊かれていたら色々と面倒なことになりかねないが、辺りを見回して確認する。


「クリア」


 オーケー。誰もいない。売店そのものが無人精算機でよかった。


「よし、じゃあいっちょう脱出しますか」


 ピッキングは得意である。まずは電車の地図を確認しなくては。


 自分の端末を確認する。バッテリーは残り二十%程度。まあ、出力的には心許ないが、この際文句は言っていられない。


『……ワ……カ…ワ…………ア…マ……カワ』


 そこで、自身のカバンの中から不自然な音がすることに気が付いた。


 アタッシュケースの中には、人的鎧(ヒューマノイド)の部品と、そこに無造作に入れられている、トランシーバが眼についた。通信の方にランプが光っている。


「ん? もしかしておねーさん?」


『…………』


 向こうの人物は黙った。よし。これは確実に彼女である。


 向こうからは何か声にならない小さな悲鳴のようなものが複数聞こえてくる。明かりが消えたことにより、乗客の混乱は避けられなかったのだろう。


「おねーさん、大丈夫? マイリは?」


『……なんもねえ。そっちは?』


「聞こえの通りなのデス。でも閉じ込められちゃってネエ。ちょっとタスケテほしいんだけど」


『無理だよ。てか、私の足じゃ無理だ』


 ですよねー、と返事をすると、向こうはまたも沈黙した。そこにいたのなら一発もらっている計算になるか。


「そっちはパニック? ミタイナ? でも騒ぎようが尋常じゃないみたいだけど」


『おまえ、知ってて言ってんのかよ』


「はい?」


『この電車、どんどん加速してる』


 思えば、先ほどよりも周囲の音が大きい。乗っている人間のものではなく、確実に無機物が悲鳴を上げてい音だ。つまるところ、これは無理な加速を現している。


「うん、今さっき突っ込ませるって言ってたから、事実だと思いますヨ」


『……は? 言ってた?』


「うん。俺、復元身体くんと話したの。まあ、顔は合してないけれど」


 沈黙――といってもそこまで長いものではない。こちらの言葉に閉口しただけのようだ。


「彼の話では、この電車そのものを破壊するつもりらしい。電車の操作システムを乗っ取ったんですと。だから各車両のドアは開かなくなっているし、緊急のブレーキも効かなくなっている。つーワケで、このままだと俺達一緒にダイするワケなんだケドモ、ドウスル?」


『…………』


 どうするも何もない、という風に、向こうからはため息が聞こえる。


『……アマカワ。アマカワ・フタリ』


 何か、今までの強制的ではない口調で言って、彼女は継げる。



『私を護れ』



 笑うところだった。


 なんだぁそりゃである。


 強気に言っていい台詞ではない。というかカッコワルイ。なんだろうねこのヒトも。


 まあ、答えるには応えておかないとだろう。それによって今後の待遇――というか、彼女の脳内レベルの変革が行われるかもしれない。


「アイ了解しました。護りまショウ。ま、俺の命もかかっているんでね。かるーくガンバッテみるとしますヨ」


 まあ、いざとなったら人的鎧(ヒューマノイド)を着こんで列車から飛び出せば、たぶん生きのびられると思うのだが。大体七割くらいの確率で。しかし、そこは彼女に伝えないほうがいいだろう。いくらなんでも、自分から裏切りを密告する裏切り者はいないのである。


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