乗車には切符を持参で
「確かに、この状況は拙いな」
ドクターが現状を把握する。彼は周囲を見回し、辺りに人間がいないことを確認して、溜息を吐く。
「人質もなし。やれやれ。――きみは行動不能になったとばかり思っていたのだけど、これはずいぶんな誤算だったかな」
行動不能、とは俺とのつばぜり合いのことを指して言っているのか。あの悶着でキカクのトップランカー、ハリヤマ・ネズが行動できなくなったと。
まあ、本来なら復元くんはあの場でハリヤマを殺害していたことになるわけだから、あの場はやはり取り逃がしたと言えるのだろうけど。
『逃げるか。これはちょっとリスキー過ぎる』
「トップランカーと真正面からやり合うなんてことはしたくない」
『この人的鎧はそこまでの機能は備えていない』
「まあ――」
白い鎧が動く。
腕を振り上げ、ハリヤマ――ではなく、その横にいる倒れた彼女と、マイリを狙う。
「目的は果たすがね」
音速で爆弾が撃ち出される。ハリヤマは瞬間的に彼らの前に移動し、その盾になるが、しかしそこに爆発は怒らなかった。
遅れて、爆発。しかしその位置は上空から。
白い獅子が撃ち出した爆弾は、上に向かって撃ち出されていた。その目標は、ホームの上部に設置されている、巨大な電子モニター。
爆発によってその電子モニターを支えていた柱が爆破され、その巨大な物質が彼女とマイリの頭上に落ちてくる。
『…………!』
Anubisの機能ではあの二人は助からない。元より、あのような巨大な質量を受け止めきれるだけの機能はないし、性能もない。仮に受け止められたとしても、その下にいる彼女たちが無事でいられる保証もない。
彼女は歩けない。動けるはずもなく。
モモタビ・マイリの筋力では、彼女は運べない。
ハリヤマ・ネズの判断は完全に遅れた。
あーあ、しゃーない。
『Starry sky backfire field Ⅲ、Ⅳ is Save』
目前の二名に向かって加速する。加速のための出力は全力の三割というところ。
衝突は避けられないが、まあ、そこはご愛嬌ってことで一つ。これでも死亡しない程度の加速なのだ。命が助かったるなら安いものでしょう。
彼女とマイリに衝突する。その結果、俺達はそこから十mほど前方へ移動することになった。
轟音。俺達がいたところに巨大なオブジェクトが落下する。落ちた物が落ちた物なだけに、その衝撃は地面を揺らし、こちらの鼓膜だけでなく、身そのものにも振動を与え、さらに落ちるだけではなく、その巨体を更に転がらせて被害を拡大させた。
都合七秒間。それだけの間、閉鎖的な空間にはその衝撃音が残響していた。
そして、瓦礫の煙幕の中に見える、結構な不満度を隠さずに顔に出しているお二人。
「……おい、こら」
何を言われても助かったんだからいいデショの一点張りで通そうと決めて、彼女に何? と言う。
「……おまえ、その人的鎧、どこから……、……」
予想と反して、呟かれたのはそんな言葉だった。
『元々持ってはいたからネ。まあ、難しいことじゃないハズデス』
向こうが問答をしているうちにアーマーを着用する時間は十分にあった。まあ、自分だけ逃げようとしていたとはこの際言うまい。
「フタリくん」
そこで、無表情で起き上がる一人の人形。
「それはないだろう。もっと紳士的に助けてくれよ。おかげで、ほら」
人形、マイリは腕を出して見せる。その子供の細い腕は見る影もないほどに折れ曲がり、指も明後日の方向に向いていた。どうやら、さっきの衝突で実害を被ったのはマイリらしい。
『無機物の身体なんだから仕方がないデショ。体重が人体より軽いのは自明だし、生身に比べれば耐久度がなかったんだってことでヒトツ』
「この体けっこう高価いんだけどね」
にっこりと笑って見せる目の前の支配者。あの言葉の出番である。
『助かったんだからいいデショ。むしろお礼をいいなさい。それよりもおねーさんだ。おねーさんはマイリと違って生身なんだから、もしかしたら一大事じゃない?』
「……なんもねぇよ」
その発言は強がりではない。強がりであるのならすぐに分かる。――というか、俺が衝突した箇所がどの部分かを確認しているので、影響があれば分かる筈だ。
『マイリは軽傷? だよね。無機物の身体であり、本体がその中の小さな存在ならそのハズだ』
「うわー、僕の扱いぞんざい」
向こうを見渡す、ここは改札の中だ。改札はあの巨大なモニターによって塞がれた形となる。
彼女の車椅子が見当たらないが、恐らくはあの巨大モニターの下敷きだろう。高価な貰い物を受け取ったその日に壊すというのは、ノウスイに告白するのが少し憂鬱である。
未だ地面に這いつくばった状態の彼女を見て、その手を取る。
「ぁ……おい」
『うん言いたいことは分かりマス。でもねぇ、もう手段がないんですワ。我慢してくれるとありがたい』
言われて、彼女は異常に嫌な顔をした後に手を差し出してきた。
以前と同じように、彼女をおぶる。ああ、これはやり易い。彼女がズボンを履いていてくれて本当によかった。
『にーさん、聞こえマス?』
確認の為に声を発する。
しばらくして、巨大な電子モニターの向こうから、小さく「おーう」という気の抜けた声が返って来た。
『え、無事?』
『死んでほしかったのかよ』
『え? ああ――どうだろ。にーさんの考え次第カナ』
なんだそりゃ、という声が聞こえる。この分では復元身体には逃げられたようだ。
『俺達はこっちから行くしかない。にーさんはどうします?』
『あ? ……まあ、ここに来る治安委員会のcleanにことの顛末を説明するよ。理由は――あんたを頼っていいんですよね? モモタビさん』
自分を折れた腕を見ながら、マイリはああ、と気が付いたように声を発する。
「そうしてください。あ、それと証拠を求められたらメールを見せてください。今送りますから」
言って、彼はどこから取り出したのか、自身の個人端末を取り出した。
「あ、ハリヤマさん、アドレスってなんですか?」
『そんなもんないっす。あー、送るならアーマーの通信に送ってもら言えませんか。それなら可能なので』
彼は自身の人的鎧の通信アドレスを伝え、マイリはそれを辿って彼の人的鎧に何かを送信した。
『ね、それ何?』
彼女をおぶったまま、失礼と知りつつもマイリの端末を覗く。
「超法規的処置――ぶっちゃけて反則行為を容認してちょ、っていう旨を統括者の立場から書いたもの。最高の職権乱用だよ」
「そりゃま、タノシイお役職だコトで」
「あと、ハリヤマさんの場合はそれに一つつけ足してあります。確認してください」
『分かりました――と、なんだこれ。俺の単独行動を統括者モモタビ・マイリの許可が下りるまで容認すること――? なんすかこれ。事実上の私兵の私物化ですか』
キシシ、とマイリは分かり易い笑い声を上げる。
「で、ところでハリヤマさん。彼らはどこに逃げたんです?」
『両方となると難しいが――人間の方は逃げてる最中だと思うが、人的鎧人的鎧の方はまだ近くにいるはずだろ。さっきの行為は、オレとあんたらを分断するためのものだろうから』
「ご忠告ありがとう。ある程度は気を付けるよ」
そのまま電車の方向へ進んでいこうとするマイリ、そこに新しい言葉が瓦礫の向こうから叫ばれる。
『ああ、ついでそこにいる人的鎧着てる奴に言っといてくれ。今までは例外だったが、次回からはおまえも対象だってさ。まだオレは不法侵入を許すつもりはないので』
その言葉はマイリに向けられてのものだったが、当の本人はその場から離れていたことで気が付いていないようだった。
さて、実質ターゲット宣言をされた張本人としては、それを彼に報告するべきか、報告せざるべきか、悩むところではある。まあ、順序が逆だけどね。
「仕方ない。フタリ、僕達はこのままメトロ腺に乗ろう」
『無賃乗車では?』
「仕方ないよ、非常時なんだから。駅に着いたら僕の方から話しておくよ」
また職権乱用である。この人物は少し節度というものを覚えた方がいい。
「きみは確かきみはキカクのモノレールに乗るのは初めてだったね。よく見ておくと言い。結構面白い構造をしているから」
ああそう。興味もありませんが。
『それより、俺一回これ脱ぐからおねーさん、そこに座ってくれる? うん、ごめん』
彼女を下ろし、纏ったアーマーを外していく。ケースに収める為、一つ一つ部分的に筈いて行くしかない。まず最初が頭からなのは定番。
「で、これからどうするノ? なにか方法でもあるのかな、マイリ」
「そんなの必要ないよ」
目の前の人物が言った一言に愕然とする。なんだそれは。本気で言っているのだろうか。
「……必要ない?」
「うん。だって、この先にあるものに、たぶん彼らも搭乗しているだろうから」
その一言で、座っていた彼女が若干態勢を崩した。ぐらりと、その体を揺らす。
「当然じゃないかな。キカク地域のトップランカーはこちらには来れなくなった。なら残るは統括者である僕と、子供が二人。僕を狙わない訳がないよね?」
「えー、つまり、是が非でも追ってくるト?」
そーゆーこと、とマイリは言って、瓦礫にまみれた道を歩いて行く。
モモタビ・マイリに焦燥は一切見られなかった。何かそれが不気味である。
「えー、じゃあさ。復元くんがマイリを殺害しようとしたとして、ついでにここにいるおねーさんの顔も見られて殺害に向かったら、どうするノ?」
「当然、護ってもらうしかない。この場で一番彼らに対応できるのは誰かな」
言うまでもない。一番危ない橋を渡らされる気はしていたが、まさか遭遇率百%の相手とやれというのか。
「嫌だなぁ、鬱になってきた」
「こんなんで鬱ってたらこの先はないよ。ほらレッツゴー」
外したアーマーをすべてアタッシュケースに詰め。それでようやく彼女に手を指し延ばす。
「…………」
しかし、彼女はなぜかその動作に応じなかった。妙である。
「ん? どったノ?」
「…………」
無言でこちらを睨みつけてくる。意味不明ったらない。何が彼女を不満にさせているのか。
「老婆心で忠告しておくよ」
なぜか、目の前にいるマイリが口を開く。
「以前のきみは鎧を纏っていた。外装があったわけだ。でも、今のきみはそうじゃない。それが彼女がおんぶを嫌がっている理由」
あ? ――あーあーふーん、そういうコトね。
「でもつまんないことにこだわってる場合じゃない。おねーさんの外見は、それだけで危険なんだから。これから行くところは多くの人がいる場所だ。そのためには手段を選んではいられない。それとも、このままここに居座って、cleanにでも職質――」
「分かってる」
何か不機嫌に行って、彼女はこちらの手を掴んだ。彼女を起こし、その足を持つ。そうして、彼女の全身を持ち上げる。まあ、その他のもろもろについては、あえて語らないことにしよう。
「……ぉぃ」
首に手をまわしながら、異常に小さな声でこちらの耳に語りかけてくる。
「もし欲情なんでしやがったら後で殺す。変な動きしても殺す。いいな」
それって、実質殺害予告をされていることと同じなのでは?
「わーった分かりました。しませんよ何も。それより、顔隠しといてね。さっきので帽子飛んじゃったんだから」
彼女は小さく頷くと、そのままこちらに体重を預けてくる。実のところキッツイ。一人の人間をおぶって移動するというのは、結構な重労働である。
アーマーを纏っている時は、もちろんそんなことはないのだが。
これから行くところが公的な施設なら、そこは隠蔽しなければなるまい。
「よし行こう。……うん結構楽しみだなぁ。いつ以来かな、キカクのメトロに乗るのって。僕あれが結構好きでね」
なんというか、この場で最も楽しそうにしているのは、皮肉なことに、最も危険にさらされているモモタビ・マイリさんであった。
というか、ここにいる人間って皆子供だけど、一番精神的にも外見的にも子供なのはたぶんあのヒトだよね。




