車内ではお静かに
――で、現在。
俺達は彼の言う通りに、車に乗り、先ほどあーだこーだ指定されていた場所に向かっているのでありました。
建物から出たときには既に車が用意されており、目的地に向かうまでの無人運転のプログラムまでが施されていた。自動で交通整備を検出し、多数の他の車両が存在する地下道路において人間が操作する車と全く同じ動作が可能という、なんともアレなシステムである。
まあ、人間の怠慢から作られた、人間を根本的にダメにする便利機器は別に嫌いじゃない。
ただまあ、この面子でなければの話である。
「おねーさん」
一応、こちらは後部座席に乗っており、俺の隣には徐に距離を開けた位置に彼女が座っている。服装は以前のスーツのまま目線は車の窓硝子に向けたままである。
「おねーさんがクローンって本当?」
「…………」
彼女はこちらに目を向けることもしない。
まあ無視という奴です。別に腹も立たないけど。
「ま、そういくと、おねーさんはマイリ傀儡で、当初の目的が面倒臭くなったから今回の復元くんの想像の囮として使われている、とそんなところでいいのカナ?」
彼女は答えない。
面白いヒトだねこのヒトも。
「となると、おねーさんのこの先っていうのは、本物を護るために犠牲になるっていう、何とも尊い美談の種になる感じカナ? いいね。あくまで人から作られたものはどこまで行っても人間の道具でしかな」
瞬間、俺の右の頬に結構な衝撃が激突した。
硬い、何か小さなものがそこに衝突を起こしたのだ。
衝撃を受けた俺の頭はまあかるーく横に倒れて、車の窓硝子にそのこめかみを激突させた。
その場で全く動じなかったのは、前の助手席に乗っているハリヤマ・ネズのみである。
「おまえに――」
それは、怒気と憎悪が混ざり合ったような声。
振られたのは、言うまでもなく拳だった。五本の指を内側に握り絞めて放たれる、子供のケンカのような殺法。何となくではあるものの、口の中に血の味のようなものが広がる。
「うーん。痛てて、結構イイのが入りましたヨ?」
歯が折れていないことを確認する。よし幸運。ツイてる。
「今、あなたは怒った」
「あ?」
「それは、あなたがどのような人間かで評価が変わってきますね。スラムでのあなたの評価、憶えてます?」
こちらの口調が急に変わったことについては、彼女は特に反応を示さなかったが、助手席に座っているハリヤマがバックミラーからこちらの様子を窺っていた。
「あなたは異常者と言われた筈だ。すでに普通ではないもの。でもその基準にも問題あるんです。この意味、分かりますか?」
「意味分かんねえ。つまりなんだ、おまえらのところにいたあの医者モドキの診察基準がおかしいって言いたいのか」
「基準に絶対性などない。彼の診察基準は、等しくエゴイストのそれなのです」
あ? と不機嫌な声が上がる。
「つまり、彼の診察基準では、自己保身の強い人間こそが正常なんだよ」
「それがなんだ」
苛立ちの声は大きくなる。おそらく、彼女がこんな風に強く当たれる人間と言うのは、自身と同じフィールドに立っていない人間にお対してのみなのだろう。ひとえに、俺がスラムの人間であるからだ。ここ、キカク地域の人間にその口調を使っていないのがいい証拠である。
「あなた、自分よりも下の人間が傷ついてもなにも感じない癖に、同類には異常な恐怖感を覚えるでしょう。あなたの性格がここにきてようやく見えてきましたよ俺には。あなたは、自己で底辺と見なした人間をどれだけコケにしようが暴言を吐こうが一向に構わない人間ではあるが、同時に、自身と同じフィールドにいる人間からの攻撃を異様に恐れる傾向にある」
「だから、なんだ」
「人間の傾向の一つなんですよ。他者を攻撃する人間は、等しく他者からの攻撃を恐れている。思想家の言葉にはこんな言葉もありますよ。人間は同列の人間を助けることはできない。人間が救えるのは、自身より底辺の人間である。同列の人間を助けるなんて矛盾だってことですよ。救済は貨幣と変わらない。持つ人間から持たざる者へ。元々持っている人間へ貨幣が無条件で動くことはあり得ない。経済では初歩の初歩以前の問題だ。だから人間は同列、それ以上の人間を救済することはできない」
殴られた頬を抑えることはない。痛みはない。そもそも、この下半身不随の少女による細い腕で殴られたところで、その衝撃など知れている。
「その基準であなたの性格を分析したところ、あなたの性格は、同列の人間には思いやりを魅せながら、その実攻撃対象に指定できない。いわば、怖くて攻撃できない人間だ。ただし自分より下への人間への攻撃は受容する。これどういうことか分かります?」
「――もう一回殴んぞ」
「アンサーは、同時に下の人間に対して極限までに無関心な人間だってことだ。さきほど攻撃をするといったが、その実下の人間には何を言われても傷つかない。何も感じないし、感情を向けることもない。まあ、何かの間違いはありましたね。俺に礼を言うなんて馬鹿げたことがあったわけですから。まあ、それは除外していい。でもあなたは、思いやりばかりで、他人を救済することはできなかった」
「うっせえよ」
「あなたは自分嫌いの女性だ」
「うるせえ」
「自身の保護にしては、他者への無関心が確立していない。きみ、本当にキカクの人間なの? 基準的に保身でもなさそうだし、まあ手荒く利用はされたが、きちんと他者への配慮が出来る人間だ。そのきみが、クローンと言われて憤慨する理由――聞かせてもらえるかな?」
そう、それは本来ならば不自然なのだ。
クローンであると言われて憤慨する、という行為そのものがクローンらしくない。
複製体ならその複製らしい生き方というものがある。彼女の態度は、まるで――。
「ね、おねーさん。きみは本当に自分のことで俺に怒ったの?」
そこで、彼女は沈黙してしまった。これ以上の詮索は無意味であろう。
「ま、ぼちぼち聞かせてもらうよ。まだしばらく離れられそうにないからネ」
言うと同時に、何らかの建物の中に入って行く。それは地下に存在する、人々の交わる地域である、いわば駅のような場所だった。移動手段のためにわざわざ移動手段を使うというのもなにかおかしな話だが。




