御呼出し
「遅くなって済まない。こちらも客人を出迎えていてね」
『それは上々。忙しいときに済まなかった。それで? 何の用だ。ボクにとって殺害対象であしかないあなたがボクに何かを伝えるなど』
「先ほどの件について、かな。きみとの対談の続きがしたい。その為に同席者を複数用意してしまったが、いいかな?」
『別にいい。こそこそと話す気はないんだ。――そうすると、そこにあの二人もいるのかな?』
あの二人、と言うのはどう考えても俺とハリヤマ・ネズのことである。いや、まあ、ハリヤマが含まれていようといなかろうと、そのニュアンスではどちらでも俺は含まれていることになるのだが。
『それで? モモタビ・マイリ。ボクの言葉は同一だ。どうあっても変わることはない』
「つまり?」
マイリが訊く。
まあ、どこから通信をしているんだとか。相手がなぜ逆探知をされることを覚悟でそれを教えたんだとか。この番号を知っているのは何故なのかとか、まあ、そういう疑問を置いておけば、彼の要求が何なのか、なんとなく分かるような気がした。
『死んでくれないか。まあ、自主的な被害者になってくれないかと言っている』
やはり。まあ、それしかないだろう。交渉もへったくれもない、最悪の取引ではあるのだが。
つまり、彼がモモタビ・マイリに期待しているのは、黙って俺に殺されてダイしろというものである。馬鹿にもほどがある言葉である。
「やだ」
そりゃそうだろう。
『難儀だねぇ。じゃあいいのかな。ボクは、もしあなたが断った場合、キカクの人民へ攻撃を開始すると言ったはずだが』
ああ、とそこで納得する。そういうことか。まあ、そういうことなら、ほんの一ミクロンほどの筋が通ってないと言えなくもない。名誉のような自己犠牲によって要求に応じろという、そういう話であったらしい。
まあ馬鹿な話には違いない。名誉なんて欲しくはないだろうし、統括者なんていう人の上に立つ仕事をしているものにとって、自己が恨まれるのは当然なのだ。
復元くんが示唆しているのは、もし人民への攻撃が開始されたならば、その攻撃の理由を統括者のモモタビ・マイリの所為にする、という手段だろう。彼は我が身の可愛さあまりに人民を見殺しにしたと。
まあ、これもたぶん、モモタビ・マイリにとって大した脅しにもならないのだろうケド。
「ああいいよ、別に。やりたい様にやってくれ。それでようやく、僕はきみへの攻撃を開始することができる」
『…………』
沈黙する復元くん。そのスピーカーからは何か小さな、連続で響く音が流されている。
やがて、その音の正体が分かった。
『S……SH…………I………H』
ああこれは。
『SH……SHI、SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI』
それは盛大な笑い声だった。
電子の中から発された、異常なまでに連続した笑い声。
それが約十数秒間連続したあと、急に笑い声は止まった。
ぷつりと、ハサミで切ったみたいに。
『よろしい。面白い。いいね、モモタビ・マイリ、これは、きみからの挑戦だと受け取ろう!』
何が面白いのかは分からないが、彼自身は非常にテンションの高い状態になっている。
嫌だなぁ、大量殺人者のテンションの高い状態って。
「あー、ちょっとヨロシイ?」
せっかくなので声を上げる。まあ、マイリの動作を見る限り、この部屋で呟かれたことがあちらに届くシステムになっているようだし、使わなければ損だろう。
『ん? きみは?』
「あの白っこいアーマーを纏ってたヤツダヨ。きみさぁ。一体何の目的があって、統括者狩りなんてことをしてるワケ?」
それは、別に聞かなくてもいい質問だったが、この場で発言権のようなものを持っていたのは事実マイリ一人だったのでしてみることにした。ちなみに、この場合での発言権の権利は勇気の二文字である。
途端、向こうの人物は沈黙する。理由はまあ、そんなことを聞かれるとは露ほども思っていなかったんじゃないすか? まあ、脅迫しているのは向こうなわけだし。
「ん? 理由なし?」
まあ、その心理も分からなくはない。理由がなくても、他者を攻撃しなければ生きていけない人間もいるのだから。
『そんな低俗な人種と一緒にするな』
急に強い口調になって、彼はこちらの言葉を否定した。
なんというか、感情を隠すのが下手なヒトだな、このヒト。
「ふーん、じゃあ動機ってあるの?」
まあ、別段どうでもいいとすら思っているのですが。
『キカク地域の体制変革だ』
…………。…………。…………。
は?
「ナニソレ。そんなもんの為に何十人も殺したワケ?」
『そういった変革を行うには犠牲もやむなしというものだよ。きみには分からないだろうねスラムの人間。技術廃棄街という閉鎖空間にいるきみにはさ』
何か責められるような口調になっている。なんだろう、とりあえず誤った方がいいのだろうか。まあ、謂れのないとばっちりであることは分かっているので罵声の一つくらい言った方がいいのかもしれないが。
「ふーん。まあ、目的はあれかな。上の人たちを皆ぶっ殺して、そこに無理矢理自身を置くことで、今の体制そのものを打破しようって?」
ナニソレなんていう体制打破?
「学生運動の名残みたいなことをするんだね」
『勝手に話しを進めるなよ。それに、ボクは人の上に立とうなんて考えていない』
「へえ、とすると?」
『傀儡を置くんだ。今きみたちの前にいるその男が考えていたようにね。自分の意思通りに動いてくれる自分の人形。そんな、腐り切った方法を取ることで、今の腐敗した体制を撤去する。――きみとこれ以上の議論をするつもりはない。ボクが名はしているのは最初から統括者ただ一人だ。もう黙っていてくれないか?』
ハイハイ。
なんというか、冷酷な犯罪者というよりは、行動にムラのある子供のようなヒトだな。
『ボクはキカクへの攻撃を開始する。その諸原因はあなたということにするよ。これはもう決定した。まったく、人の代表というのは難儀だねぇ』
「別にいいよ? あ、でも僕を殺すつもりなんだよね?」
『――?』
そこで、マイリは笑う。
ただの笑いではない。他者の無二を刈り取ろうという、増悪的な笑いだ。
「いやね、復元身体。きみにチャンスをあげようと思ってさ。僕は今から、キカクの第十七フロアの地下公共地域に移動する。きみが僕の殺害を考えているなら、そこに来るといい」
『SHI、SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI SHI! 面白いねモモタビ! いいよ行ってやる。ただし、もし万が一、きみがいなかった場合は周りの一般人全員が犠牲になってもらう!』
そうして、ぶつりと通信は終わった。
残されたのは、室内の中にある我々のみである。
「さ、行こうか」
そんなことをいって、さっさと自身の椅子に座り込むマイリ。
「いや、ちょっと待て。話についていけない」
「ハリヤマさんにとってはそうでしょうね。でもご安心ください。あなたは今フリーの人間だ。グループへの報告義務も、治安委員会のへの出動要請も必要はない。すべては、統括者モモタビ・マイリの直属だ」
ものすげー職権乱用な気がしないでもないけどネ、ソレ。
「ねえ、もしかして、だけど。さっきなんかごちゃごちゃ言ってたとこに行け、なんて言わないよネ?」
「行くのはフタリとハリヤマさん、僕とそこのチープだけだよ。技術者のお二人はここに残ってください。この部屋の通信端末は自由に使っていいので」
何か腑に落ちない顔をしているのは、この場では三人。
ミシゲ・ツクリ。ハリヤマ・ネズ。そしてオリガ・カナエのクローンである彼女だ。
はっきり言って、本当に自分達が必要だったのか? という疑問が顔に現れている。
「あなた方協力は必要不可欠なものでした。なにせ、あのアーマーの性能と、そのアーマーを撃退する役割はあなた方にしか頼めませんからね。あー、ちなみに」
マイリは、自分の首筋に不可思議な電極、というかコードみたいなものを差し、呟く。
「これはお願いではなく、キカクの人民として、統括者からの皆さんへの命令なので、原則従ってください。詳細な位置は足を用意しましょう。それでは、現地にて」
そんなことを言って、さっさと人形の起動を落とす目の前の支配者。
そこには、なんとも言えない気まずい沈黙だけが残った。
「あー、ウン」
そこで、始めに声を上げたのは、言うまでもないだろう。
「俺、別にキカクの人間じゃないから無視しても別に何も言われないデスヨネ?」
あえて、返答しないことを期待して口にした一言だった。
――しかし。
「まさかでしょ。そしてきみの素性は、あの白い人的アーマーに乗った時点で、一月前の犯人に仕立て上げることも可能だってことを忘れないでね」
唐突に起動し、そして言いたいことだけを言って落ちやがった統括者は、既にこの部屋には存在しなかった。




