ある場所へ
ひたすら地下に続く閉じた道路を走ること数十分。俺自身は息苦しさと身の安全からアーマーを脱いでいたが、隣んにーさんは未だその黒いアーマーを身に纏っていた。
『ミシゲさんよ、これどこに向かってる?』
『少なくとものきみが最初に口にしたところへは向かっていないよ。ああ、でもきみ達を危険にするところではないことは確か、かな』
『心元ねぇー。ていうか、行くトコロなんてないんじゃなかったっけ?』
『きみが出て行ったあとに電話があったんだ。何でも今回のゴタゴタのあらましを説明してくれるんだそうだ』
『――で、なんでオレまで?』
緊張感のない声で、ハリヤマが訊く。
『その人物が、ハリヤマ・ネズも連れてこいと言ったからだよ』
ふーん、とハリヤマはまだ興味のないように座席に坐りなおす。
『で、あんたら、今自分達が何をしてるか分かってます? 治安委員会の人間を誘拐だよ? 犯罪なんだよこれ』
「助けられておいて犯罪ときたか」
『そもそも、あんたらどんな繋がりだ。そのアーマーは何だよ』
む、と口を閉じる白衣と、その後ろの座席でまったく遠慮を知らずに座席でくつろいでいる俺。なんというか、どういうもこういうもない、ような気がするのだが。
「どんな、って言われてもネエ。ほとんど他人同然だし」
「強いて言うなら、販売元と顧客かな」
「げ、マジで言ってるんすかそれ。俺、人的鎧を買うだけの金なんてないですヨ」
「今はなくても構わない。その内徴収するから。あ、そうだハリヤマくん。きみのアーマーの分割払いもまだ継続中だったね。最近入金のスピードが悪い気がするんだけどそれって何か流とかあったりする?」
途端、嫌な顔をするハリヤマ・ネズというにーさん。
スラムの人間だろうとキカクのトップランカーだろうと、我々の首には等しくローンという言葉がかかっているらしい。
『まあ、それはいいとして。ミシゲざんよ。あんた、もしかしてオリガ・カナエの顔をした女性に関わってるんじゃないか?』
「関わっている、と言えばそうなる。ただ向こうから勝手に助けを求めに来ただけだ。私自身はただの善良なる一般市民だよ」
『あーそう。じゃ、おまえは? おまえあのお嬢さんと一体どんな関係?』
どんな、と訊かれると言葉がでない。さて、何が適切か。
「んー、まあ、有体に言っちゃうと脅迫とその被害者?」
『おまえが脅迫したって?』
「いや、俺されたほう。そこ間違えないで」
『……はぁ? よく分かんねぇなおまえ。ていうか、あのお嬢さんおまえを脅迫できるほどの人間なわけ? ホントに?』
そりゃあもう。ヒトは外見に寄らないですよってことが直に認識できるくらいのキレっぷり。
『ふーん。じゃあ違うかな』
「違う? 何が」
その質問に彼は答えなかった。
車は一方甲に続く地下道路を走って行く。地下ではあるが、その様相は明るい。道路自体も滅茶苦茶に広く、左右を四十mほどの幅があり、車線は十本ほどの数がある。
それだけの広大さがありながら、走っている車の数は少なく、見渡す限り車輪を回しているのは我々の車だけだった。
「で、どうだったアマカワくん。その様子だと言いうまでもないだろうが」
「痛えどころの話じゃない。というか、あの装備をしてもまったく意味がなかった。
しばらくして、道が切り替わる。幾つもの検問のような場所を抜け、その先にある一つの地下施設の中に入って行く。
『おい、待て待て』
横にいたハリヤマが声を上げる。
『ここ、キカクの政治部じゃないの?』
政治部、とはかなり抽象的な表現だが、キカク内の人間にはそう呼ばれているらしい。
キカクの中での方針を決め、そしてそれを日本国という国全体に発信する目的を持つ地域。
そも、キカクとは、日本国の中でも、六十年前の世界最悪の細菌事件の影響を強く受けた場所だ。故に以降は他の都道府県との交流を拒み、独自に活動を開始した地域である。しかし国の中でそのようなことはさすがに認められなかった。だが、最悪の事件を体験した人民は国の方針に従う者は少なく、その勢いを抑えることができなかった。
そのため日本は、その行為を黙認する代わりに、キカクの情勢を逐一報告することを義務付けた。けれがキカク地域の誕生である。
そして変革した世界情勢によって今までの存続が難しくなり、結果的に、最も早く国から逸脱したキカク地域に他の県が合わせる形になり、日本の情勢は改変された。
それまでのキカクは元々自分達が住んでいた地域からわずかに離れた位置に居を構え、元いた場所を技術廃棄場と名付けてキカク地域から出る、公共のゴミ処理処理施設ではとても処理しきれない廃棄物を廃棄するための場所を作り上げた。生産と排斥、これでまったく新しい日本中心都市が出来上がった。
ちなみに、その技術廃棄場に子供が捨てられ、徐々に人間が住み始めて『場』が『街』に変わるのは、それより少し後の話である。
車はスピードを出すまでもない安全運転で中に入って行く。
そうして、施設の目の前にある検問で、係りの人間に呼び止められる。
『あなたここの警備さん? 統括者の招待なんだが。え? 証拠? 端末に記録されてる声でいいかな。あ、駄目? じゃあこの人にちょっと連絡して伝えてくれくれないかな。すまないね、手間をかけせさせて』
思い切りの警戒心の眼で小さな車に仲良く乗っている怪しい野郎三人を睨んだ後、自身の端末を使い通話をかける。
見れば、もう周りには数人の同じような恰好をした警備の人たちが車を取り囲んでいた。
「ちょ、拙いなんじゃないの?」
『そりゃおまえだけだ。オレは治安委員会の人間だし。いざとなれば身分証明あるし』
「このヤロォ自分だけ助かろうってか。でもこの場でいっちばん怪しいのにーさんだけどネ」
車の中にいるにも関わらず、人的鎧を纏っている時点で充分発砲ものである。その場合、主な被害を被るのは生身の俺と運転手なわけだが。
しばらくすると向こうの人物が大慌てでこちらの車に駆け寄って来た。何かしどろもどろになりながら適当な口上を吐いた後、どうぞお入りくださいの定番挨拶。
一体どうしたガードマン。
『あんた、何かしたわけ?』
その不可思議さから、ハリヤマが声を上げる。
「いいや何もしていない。というか、私などがあれに何を言ったところで聞き入れてもらえないよ。ただの不審者と断定されて、追い返されるか、運が悪ければ留置所のようなところの部署に連れて行かれて職質だ。売れない人的鎧の技術者なんて肩書は通じないだろうな」
言ってて悲しくなってくるようなことを淡々と吐きながら、彼は建物の中に入って行く。車が行き交う場所で出た後、人が出てきてフロントガラスに近寄りジェスチャをする。
服装は黒の正装に、サラリーという物を感じさせないような規律正しいをヒトが、そうして運転手の窓に近づくと、その窓を開けさせ、言葉を発する。
「申し訳ありませんが、ここから先は降りてお進みください。車はこちらでお預かりするので、お帰りの際にお名前を言ってください。車の中にあるものはこちらでお預かりしますか?」
「いや、置いて行くものは置いて行くので、気にせず」
言って、車を降りるくたびれた白衣のヒト。こちらのことなどお構いなしである。
『――いや、マジか』
一人、完全武装の人物が首を傾げる。周りは争いとは無縁そうな人物達が仕事の為にその中に入って行く。その中を一人、その幾何学的な鎧を纏って歩くのを戸惑っている。
仕方なく、彼はそのまま車を降りた。周りの人物がぎょっとする顔が見えるが、本人の纏っている空気がおどろおどろしいのと、恐らくはここに呼んだ人物が干渉はしないように言ってあるのだろう。大したことは言ってこなかった。
一方の俺はと言うと、車のなかにいた時にすべての鎧を脱ぎ、そのパーツをここに分断して車の中にあった俺の荷物であるアタッシュケースが積まれていたので、キカクに来た時と同様にそれに詰めた。
よって、この場で最も異質なのは、立場では最もマトモであるはずのハリヤマだった。
「場所は? 分かるの?」
「招待されたのは、最も下の階だな」
下の階。それは現在の建物の構造状の価値観では、旧世代の最上階に位置する。つまり頂きである。建築事情が上に立てることより下に建てるような構造になってから、その価値観も変質したのだ。故に社長だろうがボスだろうが総取締役だろうが、重役の位置は建物の一番下にあると相場が決まっている。
エレベーターガールという、完全な古い種類の役職のいる、総計千㎏を運ぶことのできるやけに広いエレベーターに乗り、最も下を目指す。
待つこと二十秒。異常なまでの速度で下に向かったエレベーターはその一点に停止する。
扉が開いた時点で見えたのは、意外にも質素な感じの廊下だった。エレベーターに見合わないくらい小さく狭い。床こそ大理石で作られているものの、これならば上の入り口部分の方が絢爛である。
『あんたとオレと……んでそいつを呼んだのは、誰なわけ?』
痺れを切らしたかのように、ハリヤマが訊く。
「行けば分かる、かな。まあ行っても分からないかもしれないけど」
『あ? なんですかそりゃ?』
「つまり、初対面だってことかな」
『はぁ?』
彼の言うことが分からないと言うように、彼は首を傾げる。
――なんとなく、誰がここに呼んだのか、俺はそれで分かったような気がした。
突き当りにある扉の前に立つ。扉は木製を装ってはいるが、その実重厚な特殊合金でつくられており、こちらの姿を確認した後に部屋の中の人物が開ける仕組みになっているようだ。
『ま、こんなところにいるっつったら、統括者? 嫌だね変な想像ばっかり働く。統括者で姿を見せないヤツって言ったら、ほとんどじゃないすか。姿も見せられない奴が、なんで今更オレらに姿をさらす必要ある?』
言っている内に扉が開く。
その先にいたのは、一人の少女と、もう一人の女性だった。
いう間でもなく、あのおねーさんと、ノウスイ・ソウフである。
少女はいつも通りに車椅子に乗っていて、その先にテーブルが見える。その上に数々の食事のようなものが乗っており、ノウスイが今か今かという目で眺めていた。また、ノウスイの目の前で、完全に違和感なくその様子を眺めている者がもう一人。
その瞬間、各人の視点がバラバラになる。
『あん――』
「あ、センセー! よかったぁ来たんすねぇ。ん? 誰ですかその黒いヒト。あ、モニターに映ってた人ですか。まいいや。それよりセンセー早くこっちきて色々食べましょうよぅ。早くしないとお茶とか冷めちゃいますよ。ほらそこの二人も経ってないで来てくださいよー。全員そろうまでお預けってこの人に言われてあたしうずうずしてんですから!」
ハリヤマの台詞をノウスイの声が遮った。途中ハリヤマは自身の言葉を見失い、そのまま黙るに至った。それは話すタイミングを逃したのではなく、単純にノウスイのテンションに負けたと見ていいのだろう。『まいいや』で済ませられたのも要因かもしれない。
「犬か、あなたは」
言って、彼はその部屋の中に入って行く。横を見ると、車いすに座った少女が何らかのモニターのスイッチを押し続けていた。いちいち人為的な操作がなければ開かない仕組みになっているらしい。
俺とハリヤマが入る。ハリヤマ自身は彼女に目を向けたが、その瞬間に彼女はモニターを操作することを辞め、車椅子のまま、テーブルに向かった。恰好はノウスイに着せられたロマンスブラウンのまま。頭に未だに帽子を被っている。
「ま、無事でいてくれてよかったワ」
言うも返答はなし。そうですか分かりました。
そうして、俺はテーブルにいる、ノウスイ・ソウフの前に座って彼女の様子を見ている人物に話かける。
「あっちの肉体は捨てたわけ」
「捨てた、とは違うかな。取り換えた、が正答に近い」
「ふーん、これは移動してきたの?」
「まさか。僕は移動なんてしないよ。自分の意識を電子に乗せて、別の人形に移すだけだ。ま、自我の投射だね。病院にある自我を僕の部屋にある身体に飛ばしただけのことだよ。代わりに、病院の方の身体は、すでに人形でしかなくなっている」
なるほど、と納得する。元より、あの躰は傀儡でしかなかったわけか。
「また会ったね、フタリ」
その、黒く長い、生気のない美しさをもつ人物は、その形を崩さずに笑って見せた。
「きみが呼んだんだ、マイリ」
キシシ、と笑って、その人物は俺の後ろにいる来客に笑いかける。
「どうも、初めましてみなさん。僕はキカク地域統括者第一任の、モモタビ・マイリです」
小さく矮小で、しかし異常なまでの存在感を放った人物は、そう名乗りを上げた。




