犬狩りの開始
相手から数百mの距離を取ると、アマカワがまず最初に問った行動は連絡だった。
通信の先は言うまでもない。あのふざけたアーマーを作った作成者本人にである。
『あ、あー、ミシゲさん? ナニアレ』
『ナニもアレもない。あれがAnubisだ』
いや、あれがAnubisだヨ、とか言われてもなあ。
『あんなのミシゲさんから聞いてないし。逃げるので一杯一杯なんですケド』
『よく逃げてこられたものだ。きみ、その人的鎧の機能を逃走用と勘違いしていないか?』
『少なくとも俺は正面切って戦う気なんてないの。それより、通話したってことはわかるよネ?』
ああ、と向こうから声が聞こえる。
『ハリヤマ・ネズは今、こちらに向かっている、とみていいだろうな』
『逃げる道とかあるのン? センセーのお宅はサ』
『言ったと思うが、そんな隠し通路のようなものはない。精々が、マンションから地下に潜り、地下に張り巡らされた道路から逃げるくらいしか思いつかん』
いや、それじゃあれはどうしようもないだろう。自家用車ごときでは人的鎧をまくことはできない。ヨユーで追いつかれて大事故に発展である。
『何か対処法は?』
『もっとも有効なのはキカク地域から出すことだね。次に通信システムを一体的にすべて遮断すること。まあ、人的鎧に対して、どちらが可能なのかという話になってくると、かなり怪しいが』
というかそんなのは無理です。あんなもんをどうやってそんな場所まで連れて行くというのか。通信システムを落とすといったところで。建設物の中に入れて、その一帯をジャミングするのが精一杯だろう。
そして、そんな行為を行っている暇は恐らくない。人的鎧のスピードでは、二分もしないうちに建物から抜け出してしまう。
『なんか方法とかねーんですか』
『まあ、私の安全に関わることだから教えてあげたいのだが、こちらは逃走の準備を始めるよ。ノウスイさんに彼女の移動はお願いして、私は白を切るとしよう』
『……ちなみにデスケド、俺がこのままキカクから逃げ出す、ってのは可能ですか?』
『可能だったろうね』
『そうですか。じゃあ――ン?』
だった? 過去形?
『あー、ひょっとして、なんかあった感じデスカ?』
『そうだね。現在、キカクに入った不穏分子を特定するために、キカクから出る人間を異常なまでにチェックしている。それで一時交通不良が起きているほどだ。他の県に移動した親子が路上で三時間待ち。きみがスラムに戻るというのも、怪しくなってきた』
おいおい。
そりゃちょっと、都合が良過ぎやしないデスか?
『ちなみに聞きますケド、その命令をこっちの治安委員会に命令したのはドナタ?』
『さあ、少なくともこれは、治安委員会より上の命令だ。ともなれば統括者だろ』
約一人、心当たりのあり過ぎる人物が脳内に浮かぶが、今はそれはいい。
『じゃあ、キカクにいる限る俺はあのバケモンみたいなにーちゃんに追い掛け回されると』
『そうだろうね。さて、どうする?』
完全に他人事のように言ってくれる。傍に顔が合ったら手が出ている。どうするじゃねーよ。
『なんとか方法を考えてみる、としかいえないね。というか、ミシゲさんの作ったものなのにここまで性能が違うのも考え物ですヨ?』
当たり前だ、と言われて通話が切られた。彼の背後で一切の音がしなかった為、彼女はもうあの部屋にいないとみて間違いはないだろう。あの部屋には外の状況をみられるシステムがあった。それで俺の情けねえ逃げっぷりを見て、あ、駄目だコイツと悪態を吐いてとんずらした、
というところか。
いや、マジであれはない。
だってどう考えても人間が挑むレヴェルを超えている。竜巻を纏いながら歩いているようなものだろうよアレ。
『――まあ、うだうだ言ってても始まらないな』
まずは方法を考える。その後で、その中心にいる本体への攻撃を考える。
あの構造になっている時点で近接武器はすべて通らないと考えていいだろう。そのまえに動きを封じられておしまいである。
速さによってマグネットを振り落すことができることは目撃した。つまり、このアホアーマーのアホ加速に限り、あの黒い台風の中から抜け出せるということ。
『でもそれだけじゃあ、無理だよネ』
スピードだけでは解決できない。それにアレは、どれだけのスピードを持って走ろうが、場合によっては、巨大な磁石の波に飲まれてあっさり終わってしまうことも十分に考えられるのだ。
あの加速は一度目、相手にこちらのアーマーの予備知識がなかったために通用したものだ。三度目ともなればさすがに対応される。
『…………』
装備を確認する。部屋から持って来たものは、金属性の通電ワイヤーの束。長さ推定五十m。特殊素材の強化プラスチック糸の束。長さ推定二百m。
いや どうしろト?
どうにかしてほしいのはこっちのほうである。
そもそもワイヤートラップは高速で動くものに対して、もしくは、体躯の面積が大きい物に対して効力を発揮する。最初に戦車に用いられたのがいい例だろう。そして通常の人的鎧は、人間では出せない速度で走行するため、その視界が不安定であるからこそ成立するのだ。
しかしあのアーマーは違う。速度は出せるが、人的鎧本来の使い方ではない。高速で動くのではなく、高速で動く物体を操作し、それに対象を襲わせる。そして自身は安全地帯から高見の見物である。さすがに止まっている物体に対してワイヤーは効力を示せるはずがない。そして止まっている人間には、張り巡らされたワイヤーなど丸見えも同然である。見える糸と見え難い糸との視覚誘導も行えない。
そも、第一としてあのマグネットウェーブに糸が効力を示せるとは思えない。
そこで、自分の持っているものに一つ、数え忘れていたものがあったことを確認する。
それはスプレー状になった、人的鎧のセンサーを阻害するステルス液だった。
『おお』と、思わず声を上げる。
一つ、光明が見えてきたかな。
『じゃあま、仕方ないか』
諦めてプランBである。
単純かつ危険。そういう仕事が一番嫌いなんだけど。
右手に鉄製ワイヤーを。左手にプラスチックのワイヤーを持つ。
そんなんで糸を扱えるか、という疑問は必要ない。大丈夫、両利きだから俺。
『そんじゃま、にーさん捕獲計画、スタートなのデス』




