会話は白々しく
『やーどもどもでーす』
電子音。その昔子供用の玩具全盛期だったころにつくられた、エセメガホンを使って、人的人的鎧がいるであろう道に呼びかけた。汚らしい、ノイズだらけの電子音は、しかしそれなりの音響をもって、廃墟の街に広がっていく。
『ようこそスラムにいらっしゃいました。俺はこの街に住んでいる者です』
人的アーマーを纏った人間がその声に反応したことを、別のカメラから捉える。
『あなた達アレでしょ。キカクの方のcleanのカタタチデショ? 違うなら返答プリーズ』
『――さて』
その声は、こちらの電子音とは比較にならないほど澄んだ音響で、しかし編成装置を通されたような、そんな声だった。
『我々はおまえ達の身辺調査目的で来た。暴力行為は行わない。出てきてくれないか』
『そのでっかい銃を持ちながらよく言うよね。さっきの爆発は、その武器から出たものだと思いますケド?』
『身辺調査だと言ったら襲われたものでね。抵抗する人員には正当防衛を任されている』
『――まあ、確かに正当だけどね。車に石をぶつけられたら轢き殺すみたいな?』
向こうが動いたことが分かる。
音響の位置からこちらを特定するつもりだろう。そういった機能もあれには備わっている。
手にしたメガホンを投げ捨てる。こういった道しるべも必要だろう。
もう片方の人物も呼ぶかと思ってたが、どうやらそうではないらしい。彼一人で来るようだ。
こちらがただの人間だと信じて疑わないのだろう。その通りだ。そして向こうには、新幹線に撥ねられても無傷でいられるような装備がある。
読みとしては、それは疑いもなく、正しい。
手持ちの荷物を持って、廃墟の中に侵入する。廃墟と言えど、この街ではそこに住人がいるのは必然であり、人が住めないような場所であろうとそこに入り込むことは侵入に相当するのだが、この状況では等しく、誰もが退避をしているにきまっているのだ。どこへ侵入しようと咎める者はいない。
崩れかけたコンクリートの階段を、わざわざ向こうが認知できるように踏み鳴らす。そうして、一つの部屋に到着した。日本の換算で十畳ほどしかない、狭い部屋だ。
部屋の中を気を付けながらら進んで、所定の位置へつく。
――これで準備は完了。
あとは、向こうがこちらに向かってくれることを待つのみ。
――瞬間。
その誰の住居とも分からない灰色の壁が、巨大な破壊音をもって爆発した。
壁の瓦礫は室内へ。粉塵と散弾となって内部に流れ込む。
その位置は計算済みである。とりあえずは、粉を被るだけで済む。
粉塵が過ぎ去り、目を開くと、そこには破壊された壁に手をかける、一体の白い人型のモノが、そこにいた。
強化セラミックで作られた白い外装は粉塵を被って灰色になり、四本の小さな足が付属していることで水平を走ることのできる特殊な足は、不自然な態勢でその身体をコンクリの壁に押し付けている。
人的鎧。現在において、人間ができうる装備としては最強の起動兵器。
それを目の前にして、俺が言うことはただ一つ。
「コウサンでーす」
それしかない。
というか、あんなのに人間が敵うはずがないのだ。そもそもとして、そんなことは行う前から分かり切っている。
目の前の白い人型は、呆れたように肩を竦めながら、こちらに一歩を踏み出した。
――ま、いらっしゃいませ。
手に持っていた装置を起動する。
その瞬間、白い人型の周囲を、部屋の角に張っておいた鉄線が飛来した。
張ったワイヤーは四本。真四角の部屋において角に四つ。それぞれの位置をもって、目の前の兵器を攻撃する。
ワイヤートラップ、というものだ。ブービートラップの一種。それなりの威力をもてば、人体を切断することも可能なんじゃないかという、その兵器。
しかし、人的アーマーに対しては切断など無意味だ。その装甲は鉄線ごときで切断できるような強度をもってはいない。
それを知っていたからか、目の前にいる、人的鎧を纏った人物は、その光景を見ても特に驚きはしなかった。自分の装備にはそんなもの、効くはずがないと踏んだのだろう。
正しい。
正解ではないが。
『あ――?』
声が上がる。それは疑問と戸惑いを内包したもの。
そこで認識する。この最強の鎧を纏っている者は大人ではないだろう。少なくても、その知識がないのであれば、この人物はおそらく少年ということになる。
「ワイヤーのトラップは元々、戦車なんかを足止めするために使われていたものだ。鉄だし、熱すれば解けるからね。車体を拘束する上では便利なワケ」
部屋の隅に経ちながら、鉄線に囚われた鎧を見る。
「そのワイヤーには電流が流れている。人的鎧、最強の鎧といわれてはいても、やっぱりそれはコンピュータとOSの賜物だ。じゃあ、そこに過度な電流を送り込めば」
ショートを起こすのは、自明である。
ばちり、という一瞬の光を瞬かせて、眼の前の鎧に電流が走る。
目の前のアーマーは、しばらくびくびくと体を痙攣させてはいたが、やがて動かなくなった。それを確認して、電流を止める。このまま永久に人体に流していては命にかかわる。
「まず、一匹」
今回は案外簡単にかかった。これは、釣ることが簡単な魚かもしれないぞ、と期待する。
まずは、人的鎧の中から人体を摘出することが先決か。
そう考え、その白い体躯に近づいて行く。灰色の壁にぼっかりと空いた穴からは、昼の日差しが指してきていた。
「――ん?」
そこで、発見する。
外の向こう――ここから五十mほど先にある建物の先に、誰かがいる。
「あ」
そこでようやく気が付いた。
その建物の屋上からこちらを凝視していたのは、今俺の眼の前にある人的鎧と同じ物を纏った、一人の人物だった。
頭から足の指先までをその装備で覆い、こちらを睨んでいる。
そうしてその人物の手には――前時代的なビルディングであれば一撃で倒壊可能な、グレネードランチャーが見えた。
「オイ――」
口に出したときには、既に建物から飛び降りている。
落下の途中で、向こうのビルから放たれる、光る弾道を目に入れた。
弾速は遅く、こちらの方が先の地面に着地する。そこから態勢を立て直し、近くのマンホールに入り込んだところで、真上の建設物にグレネードが直撃した。
マンホールの蓋は軽かった。恐らくあれは本物ではない。本物は、専用の棒と梃子の原理を使い、人間が二人がかりでようやく持ち上げることが出来る代物だ。とても一人で操作できるものではない。
ここ……技術廃棄街のマンホールはすべて別のものに差し替えられている。そうしておかなければ、自分たちの都合の悪い状況になった時、迅速に逃げることができないからだ。
マンホール内の梯を下って、管の中に出る。運のいいことに、ここは排水管ではないようだ。
「あと一機。でも警戒の強いやっちゃね」
仲間のいるところにグレネードを撃ち込むという行為は、つまるところ、中にはその兵器が通用しないからこそそこに撃ち込んだという理由にすぎない。故に、俺の人命は視野に入れていないと見える。
ここでは電波が届かない。地上を徘徊しているもう一人の人的鎧を認識する為にはここから出て行かなくはならないだろう。
「でもま、ちょっと離れた方がいいかな」
上は瓦礫に封鎖されている。すでに埋められたと考えていいだろう。
声が管の中で反響する。ここに逃げ込んだ人間は確かにいるはずだが、もう遠くへ避難したのか、誰の気配もしなかった。
――そんじゃま、仕切り直しってことで。
管の中を歩いて行く。地下のルートを思い出す。確か、ここから真っ直ぐにいくと街の中心に出るはずだ。