アマカワ・フタリの出勤
「すいません。色々としていただいて、ありがとうございました。でも、私たちはもうここを離れます」
「え? なんで?」
ノウスイが訊く。それは本当に、彼女の言っていることに困惑したような、声だった。
「それは――」
「きみは、何か理由があってここにいるのかな。それで、治安委員会に追われている?」
緊張感を欠いた声でミシゲが言う。彼女は、その発言に静かに頷いた。
「これ以上ここにいたら、ご迷惑が」
「よく分からないな。さて、迷惑とはなんのことだね?」
ミシゲは彼女の口調に割って入った。
「私に対しての迷惑を言っているなら、そこの天才技術者に言ってくれ。もともときみたちをここに連れて来たのはその人だからね。しかしきみが、私に行った行為で私に迷惑がかかったことは今のところない」
ぽかん、と少女は口を開けている。まあ、無理はない。
「だがきみがおいそれとここから離れ、そしてもし捕まったとすれば、最終的に白羽の矢が私たちに刺さるとは思わんかね。その方が私たちにとっては迷惑だ」
彼はそう言って――というか言いたかったことを言ったという風に清々としたという顔をして、自分のデスクに腰を下ろした。
少女の横から、ノウスイが耳打ちする。
「――ここにいていいよってことですよ」
その事実に気が付いたのか、少女は再び何かを言おうとしたが、口を開く先の人物が自身の言葉をこれ以上聞き入れないことを感じとったのか、おずおずと口を閉ざした。
「見つけた」
自身のデスクから、部屋の中心に室内プロジェクタで映像を出力する。
そこには、白い壁の上を異常なスピードで走り去る、一つの黒い影が映った。
「――ん? なんか映ったケド」
「カメラを101から201へ。向こうからくるところを捉える。どうやら、こちらに近づいているようだ」
街の一部から、方角すべてを映すカメラに切り替わる。視界は巨大な白いものに、それぞれ長方形にカットされたような溝がある光景が広がっている。
「そこか」
一つの方向に目星がついたらしく、ミシゲは三百六十度を見渡すことができるカメラ映像をズームする。
距離五百m。その位置に、何か黒い、人型のものが見える。
「うーん、小さいっす。センセー、ズームできないんですか?」
「せっかちな人だ。もうすぐく来るから待っていてください」
数秒間に百mを走破する人的鎧にとって、地平線の端から端までを移動するのに一分と掛からない。すぐにそのカタチが視界に収まるようになった。
それは、黒い外装に、頭に取り付けられた二つの赤いセンサ。そして、動作そのものがしなやかな猫のようなフォルムであり、しかしその貌は動物で言えば犬に近い。
それは、黒い犬の頭をした、人間の形をした人的鎧だった。
「――ほう」
そこで声を上げたのは、画面を操作していたミシゲだった。
「どうしたんですか? センセー」
「いや、少し懐かしいものを見たものでね。…………いつ以来かな、あれを見るのは」
そのフォルムには見覚えがある。というより、既視感か。
「アレ、もしかしてあなたの作成物?」
ミシゲに向かって、そう尋ねる。当のミシゲは何の反応もしないままだったが、なぜかその横にいたノウスイが非常に驚いた顔をした。
「そうだな。私が顧客に売り渡した、少ない中の一つだよ」
ノウスイもそちらへ向く。その瞬間、彼女の表情がいやに明るくなった。
「なるほど、センセーのセンス全開です。もしかしてあれにも、何か面白い機能とかあります?」
「面白いってあなたね、私の製作物を玩具みたいに。――まあ、ある。それにそういった企みをしなければ、自分で作成する意味がないだろう。標準装備で優れたものなら、自分で作るのではなく企業に転身して、formalあたりの商標をしていたほうがいいだろう」
言っていることが二転三転しているため、彼の口から出る言葉は異常に聞き取りにくい。いやというか何を言っているのだろう、この人物。
formal、という言葉がミシゲの口から出た時、ノウスイは一瞬照れたような顔をしたが、それはすぐに苦いものに変わった。まあ、良い例えには使用されていないので当たり前だ。
「いつ売ったんですかあんなの。センセーの作品の中であんなのみたことないけど」
「ああ、作って速攻で買い手がついたものだからね。あなたが知らないのも無理はないだろう」
その画面に映っていた黒い人型は、既にそのカメラを通り過ぎた。速さはあの速いの――formalと大差ないだろう。彼の作品として、俺に売りつけられた失敗作と共通するのは、ひとえにそのアーマーが歩行による移動方法を取っていたことか。もっとも、俺の下手くそなものとは違い、あちらは完全に鎧に適した走り方である。
「ちなみにセンセー、あのアーマーの名前は?」
ミシゲは嫌な顔をして、ノウスイを数秒間睨んだ後、彼女から目を離して呟く。
「Anubis。そんな名前にした気がするな」
「おおう。それはまたセンセーのセンスが爆発ですことで」
また動物かよ。こちらの欠陥品は白い雌獅子で、あちらは黒犬。名前的にはあちらのほうが合っている気がするが、まあこの際文句は言うまい。
「珍しく、と言ってしまうと悲しくなってくるが、私の作品の中では正式に客人に商談として成立した作品だ。作品の中では、文句なしの商品として成立したものだよ」
「センセー、一体誰に売ったんです?」
「ハリヤマ・ネズ」
「ハリヤマ? 誰です? それ」
「キカク地域の治安委員会、その中で人的鎧のトップランカーを集めたProcessingのリーダーだよ。本人が直接会いにきて交渉されたんだ」
ふーん、と、ノウスイは乗る人物に対してはそこまでの興味がないようだった。
しかしその名前にいち早く反応した人物が、この場で一人。
「――ハリヤマ・ネズ?」
車椅子に座っていた彼女は、顔を真っ青にして自身の身体を抱いていた。まるで明確な恐怖をみに打ち付けられたように。
「どったノ?」
こちらから尋ねる。彼女は自身の身体を抱いたまま、床に目を縫い付けていた。
「そこまで恐れるようなヒトナノ? 一回おねーさん迎撃に成功してるじゃナイ」
なんとなくでそう発言すると、彼女はもの凄い形相でこちらを睨んできた。まあ、思慮も何もない言葉だったので、まあ仕方名がないかなと受け止める。
「おまえは知らないから――」
「そりゃ知りませんよ。俺キカク住民じゃないし。えー、てことは何? あのにーさんが俺達を単身で捜索していると考えていいワケネ?」
「…………」
彼女は答えなかったが、それで間違えはないらしい。
「ちょっと言ってくるよ」
言って、自身の手足に貰ったものを巻き、横にある白いアーマーの中に安全ピンでそれを設置していく。
「――おい」
案の定、彼女の声が響いた。
「何を考えてるのか知らねえが、おまえにあれを打倒することは無理だよ。今までどうにかなって来たから思い上がってんのなら、ふざけんじゃねえ、そんな見解は馬鹿だったと思うことになるぞ」
「んー? 別に戦いに行くワケじゃないよう? 俺は単に、彼と少し話をしてくるだけっだからさ。拙くなったらソッコー逃げる準備くらいをはしておくよ。だってほら、戦っても逃げても、普通にじゃ駄目なんデショ?」
「いや、でもそれは私も賛同できない」
そう口にしたのは、ミシゲだった。
「あれは私の中での商業作品。つまり、規定値を超えた作品だ。対して、きみのものは失敗作、越えられなかった作品だ。そんなもの同士がぶつかれば、結果は自明のものだと思うが」
専門家に言われてはどうしようもない。やる気だだ下がりである。
「あい分かった。俺も危ないことはしたくないんで、単身突っ込むのはやめにして、それなら違う方法を考えまショウ。あ、主に俺が危なくならない方法ね」
そう言うと、各人はなにか安心したように息を吐きだした。どういうことだそれは。まさかコノヒトタチ、俺が単身で言って自己犠牲をするとでも思っていたのだろうか。ヤダネ最近の若い人はすぐにそういう風に思考が働いて。
「このままここで籠城しますか? あたしはいいですよセンセーといられますし」
「…………。駄目だと思う。たぶん、彼はその人的鎧の作成者が私だということを知っているし、この場所も知っている。真っ先に来るところがここだろうから」
「センセー、タチの悪い借金取りから逃げるための通路とかないんですか? なんかこう、秘密の通路っぽいヤツ!」
どういう通路だ。
「ご期待にお答えできず申し訳ないが。私の家はあくまで部屋でしかありませんよ。それにそんなものを作ったところで、第三者が介在した時点で秘密ではなくなっている」
「でも、早くしないとこの子が」
あー、もう面倒だ。本当に面倒だ。こんなことは早く終わりにしたい。
もう一度、白い人的鎧に触れる。それは熱源が近づいたことで俺のことを認識したのか、その前面の走行を開いて見せた。
「――どこへ?」
「やっぱちょっと行ってきますワ。だってここで待ってても答えなんて出ないデショ?」
アーマーが閉まる。視界には、モニターに映された三人の姿が見える。
『じゃそんなワケで、可能ならおねーさん早めに逃げてね。そんじゃ』
面倒な言葉が飛んでくる前にその場を離れる。まあ、そんなことは言っても、俺自身アレから逃げる気は満々なワケですが。
「――アマカワ」
レトロな気の扉のノブを掴んだ時、背後から声がした。振り向くと、すぐそこに彼女がいた。
『やっと俺の名前を呼んでくれましたネ。何、それは敬意の表れだったり?』
「――あるか、ばか」
彼女はしばらく下を向いて、こちらに目を向けた。
「その、今までありがとう」
『なにヨ今までって。あとありがとうってナニ?』
彼女の表情が変わる。何か侮辱を受けた時のような、そんな顔だ。
『おねーさんは俺を誤解していマス。俺はいつだっておねーさんから逃げることを考えでいるのデス。いや、だって怖えーし。俺がおねーさんの為に行くと思ってるなら。そりゃチガウ。ゼンゼンチガウ。俺が今期待しているのは、この早い人的鎧で早いとこスラムに戻れないカシラってことだからさぁ』
「…………」
『そんなワケでサヨナラおねーさん。あなたとのディスカッションはまあ、浮世の夢とでもおもっておきますワ。また違うヒトを頼りゃイイジャナイ。え? 大丈夫、おねーさんの顔なら八十%の男子諸君は協力してくれるよ。目指せ転がり系ヒロイン。それにまあ、下半身が動かないところなんか最高の同情ポイントデショ。お膳立ては完璧じゃない?』
彼女表情が、だんだんと赤いものに変わっていく。恥ずかしがっているわけではなく、それが怒りからということは分かっている。かつ、こんなヤツに礼なんて言っちまった、という後悔だ。いや、純粋で十分ヨロシイ。
俺の口にしたことはすべて本心である。それが彼女にも伝わったからこそ、彼女はこのような反応をしているのだ。
「さっさと行け。つーか一回死んで来い」
「言われなくてもそうしますヨ。最後はヤだけど。グッバイ厄災。そんなワケで行ってきマス」
ノブを回す。そこで、再び背後から声がかかった。
「人的鎧の料金のことだがな、スラムに戻るならいずれ徴収に向かうから、そのときはよろしく」
声の主は、言うまでもないだろう。
あの男、俺がしっかり料金を踏み倒すことを予想していやがった。その一言で俺の踏み倒し計画を根本的に見直す必要が出て来たか。
二百五十万なんて馬鹿みたいな金額、こんなガラクタのために払ってたまるか。




