知らない人とご報告
数十分後、何か複数の輪のようなものを持ってミシゲが戻って来た。
ソファでうとうとしていたことらとしては、頭の思考回路が開けるまでに少し時間が開かるところだが。
「なんだ、寝てたのか」
肩やら腕やらに不自然な輪をかけて、妙な格好で自身のデスクへ歩いて行くミシゲを視界に入れて、しかしそれでも意識をシャットしそうだったので、無理矢理に体をソファから離す。
「それ、ナニ?」
言って、ミシゲは肩にかけているものを見る。
「アーマーだよ。身体を衝撃から護る鎧。数十年前に開発された、液体状の化学物質が入ったものだ。確か、リキッドアーマーとか言ったか。これはその残骸から作ったものだよ」
リキッドアーマー。約七十年以上前に開発された防護アーマーだ。
普段はゆったりとしていて柔らかく、普通の衣服と変わらないように着用することができるのだが、いざ強い衝撃を受けると、液体の中の粒子が高速で結びつき、銃弾の貫通すら防ぐだけの強度となる防護服か。
液体に含まれた粒子は衝撃を受けた瞬間にだけ硬質化し、衝撃を受けたあとは元の柔らかい強度に戻る。この硬質化の原理をダイタランシーというらしい。
「――えっと? もしかしてだけど、アーマーの下にアーマーを纏えと?」
「そうでもしなければ衝撃を防ぐことはできないだろう。本来、人的鎧に余計な装備は不要なんだがね。なにせ外部からの衝撃はすべてアーマーが防いでしまう。アーマーの設計ミスでもしなければ、もしくは、使用を間違えない限りは、人的鎧によって人体が損傷を負うことは恐らくない。――が、それは別だろう。アーマーの内部から衝撃を受けるのであれば、その衝撃を受ける装備を整えるしかない」
はあ、と返事をする。なんともおかしな話だ。ロシア人形かというのだ。
「衝撃を受けた瞬間だけ体を護れればいい。つまりこの輪をアーマーの起爆位置、人体が衝撃を受ける箇所にのみ取りつけ、それで緩和を図る。あとは間接にこれを巻いておくだけでいい。もしも衝撃で骨の脱臼が起こったとしたら、いくら強い鎧に身を護れていたとしても最悪の状況は免れない。その欠陥品に今できうる処置はこれくらいだ」
言って、そのままそれを渡してくる。サイズなどお構いなし。それは自身でどうにかしろ、ということだろう。
「はい、アリガトサン。ちなみに、それでも衝撃を受け切れなかった場合は?」
「受け切れない。これは安全に機能を使うためのものではなく、その人的鎧の機能を、可能な限り断続的に扱うことを目的にした処置だよ。元より、百㎏近い人体を数十mも飛ばすだけの爆発を至近距離で防げるはずがないだろうが。力のベクトルはそんなものじゃ防げない」
その欠陥的なものを作ったのはあなただけどね。
「まあ、じゃあ痛えのは相変わらずってことネ」
もう使いたくないんだけどなあ、アレ。
だってすっげえ痛いんだもん。シャレんなんないくらいに。
輪状のリキッドアーマーと、数個の方や脚に着けるようなクッションの形をしたものが数個。しかもご丁寧に服に取り付けるための安全ピンが一つにつき五つもついていた。テキトー感丸出しである。
「こんなん外れちゃうんじゃないノ? 凄い弱そうなんだけど針とか」
「安心したまえ。それは特別性で、例えコンテナ一つを吊り下げられる特殊合金だよ。形状記憶合金でもあるから、曲がっても次第も元に戻る。そしてそのピンを指す位置はきみの衣服ではないよ」
「え? ――あぁ、鎧そのものに縫い付けろってこと? この五本の丈夫な安全ピンはその為のモノ?」
肯定の言葉がないことが、既に肯定と取るべきか。いや、それにしたって、もうちょっとマシな処置があるんじゃない?
これでは完全に子供の工作である。
こんなことなら金払うとか変なこと言わなきゃよかった。
「センセー! ただいま戻りましたー!」
そんな、この場に似つかわしくない声を発して入ってくる人物が一人。
疑うまでもなく、天才技術師、ノウスイ・ソウフだった。
「おかえり。車椅子を取り繕うのに少し時間がかかったね。何をしてた?」
「そりゃもちろん色々整理を――ってそんなことはどーでもいいっす。それよりも見てくださいよ二人とも! ほらっ!」
ドアの辺りを指し示す。
そこには、新しく伸長したのか、不可思議な形をした車椅子と、その上に乗っている、おかしな人物の姿が見えた。
まず目に着いたのはブラウンスーツだった。品のいい、埃一つない茶色の社会人コス。上着の下は規則正しい白色のワイシャツであり、その部分だけ鮮やかな赤色のネクタイが絞められている。
穿いている革靴のみは男性のものとは違い、先の長いタイプではない。しかし新品らしく、周りの風景すべてを反射するように輝いている。
アレ、どう考えても高級品である。二足揃って四万とか五万とかするヤツ。靴の脇に掘られているブランドのロゴがそれを物語っている。
そして頭部には、本人の頭には少し大きめのサイズの山高帽が目深に被せられていた。
よりにもよって、俺が最初にゴミ捨て場から見繕ってきたものと同じチョイスなのが嫌なところ。
そして、その完全な紳士然とした恰好をした人物がゆっくりと顔を上げた。
「…………」
「…………」
そして、その姿の威力に負け、バカみたいに口を開けている我々二人。
「いやー、我ながら自分のコレクションが役に立つ日がくるとは思わなかったっつーか、いつかセンセーに来てもらおうかと策略してたっつーか、まあ、それよりも明らかに似合う子が出てきてくれてあたし的には万々歳っつーか?」
「テンション高いね。変装のつもりなの?」
「ん? 変装? なんすかそれ」
この人物、俺達が今どういう状況にいるのかをまったく心得ていない。自分の気分だけで楽しくなりすぎて歯止めが利かなくなるのはこの人物も例外ではないようだ。拙い。頼るべき人間を間違ったか。
「ま、イインジャナイ? 思ったより別の人に見えるヨ。ムチャクチャカッコイイじゃん。主な点を挙げるとね、女性に見えない」
殴られるかと思ったが、意外にロマンスブラウンはゆっくりと部屋に入って来た。
ゆっくりと車輪が動き、俺の元いたソファの近くにまで来る。
見ればみるほど、それは奇抜なデザインだった。椅子に取り付けられた車輪は小さく、左右合わせて十四つもの車輪が内蔵されている。それが必要な斜面と状況に合わせて階段や慣らされていない道を進むように設計されているのだろう。そしてその椅子と車輪の位置によって、椅子に乗っている人間を、必ず真っ直ぐにするように調整されている。
さすがは天才技術者。こういったゲテモノを都合よく持っている辺り、実に怪しい。
椅子から彼女に目を戻すと、彼女は帽子の奥で下を向いたまま、こちらに目をむけてくることはなかった。言葉一つ、動作一つしない。
自分の安全性を確認して、ノウスイに口を開く。
「髪は帽子で隠したワケね。もしかしてダケド、その帽子の中は人的鎧の頭の中の構造と同じかな」
「そうですよ。よく分かりましたね。勘がいい。いや、本当に勘がいい」
ぱちぱちと手を叩く彼女。人の分析を何でもかんでも『勘』と表現するのはいかがなものかと思うのだが。
「ノウスイさん、一体いつからこんなもの持ってたの?」ミシゲが訊く。
「え? それってスーツ? それとも椅子の方ですか?」
「椅子の方だね」
「んー、少しまえにパーチーで貰いましてね。懸賞とか行って。いや、あたしまだ二十三だしまだいらねーしゴミだしとか思ってたんですけど。これが結構面白い機械だったんで、暇な時間に改造とかしてたんです。
それからはあたし専用の家の中の足になってたんですけど。最近はめっきり使わなくなっちゃったんで、倉庫の奥の方に布被せてたんですよ。いやー、この子も日の目を見れて良かったです」
――何か理解のできない言葉が幾つか聞こえたきがしたが、きっと気のせいなのだろう。
「それ、あげるの?」
「ん? まあいいですけど。飽きたし。お金を取るようなものでもないし、貰うなら貰ってくれるとありがたいかな。どう?」
言って、彼女に顔を向けるノウスイ。どこかの冴えない技術者とは言うことが違う。何かを貰うならこの人物にねだるべきだったか。
「あ……いや、そんな」
彼女らしくもなく、そんな覇気のない口調で戸惑っている。
――ひょっとすると、このまま彼女をここに置いてスラムに戻れば案外逃げ切れるんじゃないかと言う考えが浮かぶが、あの髪の長い人形のことを思い出し、まあ無理だろうと諦める。
大体、あーゆう人種は自分の意にそぐわないことがあると草と値を分けてでも対象を探し出すに決まっているのだ。そうなると、その後の俺の待遇が大変危ういものになる。
「あ、あとセンセー。少し報告が」
「報告?」
「さっき、このあたりに人的鎧が単身で突っ込んできたって情報を聞いたんですけど、知りません?」
瞬間、俺とミシゲの表情が硬直する。なんだそれは。そんな報告は受けていない。
「ノウスイさん。その報告はどこから?」
「え? 近所の奥様から? 噂話がどんどん流れて来た結果らしいですけど」
直後に、我々は閉口した。そんなもの部屋に閉じこもっている俺達は知る筈がない。
「センセーってここらへんの地上の視界ってもってましたよね?」
「ん? ああ。少し前に、自分の人的鎧を遠隔操作するための実験のためにね」
「それで外の様子を見ることってできないですかね」
「――あの」
そこで、ロマンスブラウンの少が口を開く。わずかな風で流れて消えてしまいそうなほどに、小さく弱々しい声だった。。
また知らない人物だ。俺の知らない人物が茶色の男物のスーツなどを纏って電子の車椅子の上に座っている。
一体誰なんだ、この人物。




