置き去りの気持ち
「お、よーす。――て、何やってんだおまえ、そんなとこで」
大量の糸の群に絡まり、身動きが取れなくなったハツカに初めに近づいてきたのは、わずかに千鳥足で近づいてくる、一人の青年だった。
『――ハリヤマ』
アーマーの中から声を発する。それを聞いたハリヤマは、ハツカの今いる状況を確認し、そこでようやくことの状況を理解したようだ。そして自身の覚束ない足取りを確認して、ハツカに向けて肩を竦めて見せた。
「なるほど、びっくりするくらいのやられっぷりだ。なんつーか、しょぺえなオレ達」
自嘲のような、そうでないような口調で近づいてくる人物を、ハツカは信じられないでいる。
『あんたが、負けた?』
「誤解するようなこと言うんじゃないよ。ただ不意を撃たれちゃったの。ちょっち知ってる顔を見たもんで、油断しちまったんです――よと」
鉄線の一本を跨ぎながら、ハリヤマはハツカに近づいて行く。見える鉄線と、細かい糸を口語によけながら、である。
それは、人的アーマーを纏わず、肉眼の視界を得ているハリヤマだからできることだった。
「しかしなんだな。こうも同じお子様にダウン喰らうとは思わなかった。ありゃ相当のくそガキだ。で、おまえをこうしたのは男の方? それとも女の方? どっち?」
ハツカは確信する。この人物は自分が遭遇した人物達のことを知っている。
そして、ここでハツカに最も最悪なのは、その状況である。ハツカとハリヤマはあの二人組に無力化されたが、その実はハリヤマは生身、ハツカは人的鎧を装備した状態でである。
仮にもキカク地域でのトップランカーが人的アーマーを纏った状態で無力化されることなどあり得ない。それが、この場で彼らとって最も大きな差であり、ハツカにとっては同時に欠点である。
「ま、男の方だろうな。あの車椅子でこれだけの糸を仕掛けるのも、ランカーのスピードに匹敵することも不可能だ。しっかし操り人形みてーだなおまえ。ん? ああ。思ったよりも絡まってる糸の数がずっと多いわ。それで身動きがとれないわけか」
納得したように言って、彼はハツカの元に到達する。その場に落とされた、電源の落とされた熱刀を素手で持ち、生身でそれを起動する。刀自身にバッテリーが内蔵されているため、生身での使用も一応は可能なのだ。
――ただし、極限にまで熱を帯びた化学刀は人体に対しては近くに存在するだけで肌を焦がすほどの熱をあたりに拡散させるため、本来ならばストップがかかるところだが。
ハリヤマはその熱刀の切っ先を、真っ直ぐにハツカの顔面に突きつける。そのままハリヤマが腕を伸ばせば、ハツカの脳髄はすべて焼かれ、脳漿を一滴も残さないままにハツカを殺害できるという、その状況。
「まあ、あいつらは俺達をぶっ殺そうとは思ってなかったみたいだな。より安全を確保する意味では、ここおまえにトドメを刺したほうがあいつらのためだった」
『しかしそんなことをすれば、あんたが報復にでることを考えた』
「報復ねえ」
気だるげにそう言って、彼はハツカに絡まっている糸をその熱刀で斬り取った。
ハツカの行動を律するものがなくなると、その刀の電力を落とし、熱が残った状態で地面に突き刺す。そうでなければ、ハリヤマの腕が限界だったからだ。
身体の自由を取り戻したハツカが目撃した彼の身体は、すでに万全の状態を取り戻しているように見えた。先ほどのような千鳥足は失せ、ごく自然に白い道を歩いて行く。
「他のメンバーへ報告は?」
『…………。済ませた。ただ、その前にあんたが来ただけだ』
「あー、なるほど。じゃーもちっとゆっくりしてけばよかったかな」
「…………?」
その発言の意図はハツカには分からない。
「おまえはメンバーと合流したら、もう待機してろ。あれはちょっと、純粋に行ったんじゃ酷い目に遭うだけだ。こっちも馬鹿やって今日の戦力を減らすわけにはいかねえだろ」
『じゃあ…………、…………あいつらは?』
その一言を紡ぎだすまでに、酷く時間がかかった。その中の一人は、オリヒメであったことも大きい。
「いいよ。オレに任せな。さくっと決着つけてくる」
その発言は、ハツカを驚愕させるには十分な破壊力を持っていた。少なくとも、彼が経験してきた物事の中では、それは一大事だ。
ハリヤマ・ネズ。キカクの中では公式上もっとも人的鎧の取り扱いで貢献を果たした人物だ。つまりそれは、このキカクに置いてハリヤマ・ネズ以上のランカーはいないことを現している。
しかし彼はメンバーの中ではメンバーへの指示と各人のサポートに回るのが職務上の彼の役割である。故に過度な戦闘に参加したり、自ら危険を冒すようなことはしない。
そんな人物が誰の協力も仰がずに一言「決着をつけてくる」ということが、どれだけの意味を持つのか。
「場所の目星はもうついてるし、人的鎧を着てたとしてもそこまで遠くには行けねえよ。生身の人間を、それも下半身不随の女をかついでそこまで遠くに行けるとは思えねえ。オレはアレで追うから、おまえは他の奴らと合流。それで待機しててもらっていい?」
ハツカとしては納得のいかないところだが、一度接触して失敗した手前意見を言うことはできなかった。
『おまえは、大丈夫なのかよ。身体の負傷は俺より大きいように見えるぞ』
「ん? まあ手足はまだびりびりするけどね。大したことでも――あるな」
途中で考え直したように、彼はそう呟いた。
運動において、わずかな手足のしびれが致命的な欠陥に繋がるなど珍しい話ではない。ほんの一瞬の肉体の操作ミス、不調が、時に命に関わるだけの事態をもたらす。それが、生身の何十倍もの運動性能を引き出す人的鎧なら尚更である。
「ま、適度にテーピングでもして、少し揉んで? で時間が経ちゃ取れて来るだろ。あいつらよりにもよってcleanの組織で使ってるテーザー銃で撃ちやがったから。あれは一時的な無力化はできても、長時間の効果は見込めなかったはずだ」
そうは言いながらも、こちらに来る時には千鳥足だった足取りが、いつの間にかいつもの歩幅に変わっている。ハリヤマはそれを何でもないように、むしろ自身でも気が付いていないようにゆっくりとハツカに近づくと、その白い装甲を軽く殴った。
「もし、万が一だが、オレになんかあった場合は――まあ、助けてね? オレまだ死にたくないし」
そんな、リーダーらしからぬ情けない言葉を吐いて、ハリヤマは白い道を歩いて行く。
『どこいくんだ?』
「アーマーを取りに行く。病院に入る際に脱いじゃったからな。ついて来なくんなよ」
そんな気はない。そもそもハリヤマが行うことなど分かっている。ただ一辺倒の鎮圧だけだ。あの男は指揮そのものは繊細で的確なのだが、自身が動こうとなると途端に荒っぽくなる。
「終了したら知らせる。それまでお茶でも飲んでて」
そんな、後ろ姿を晒しながら、片手を上げて去っていくポーズ。なかなか様になっているが、足取りが若干すぐれないこともあって道端の酔っ払いに見えなくもない。
ハツカはその姿を視界に捉えて、仲間へ通信する。
『悪い。ハリヤマに助けられた。俺はもう大丈夫だから、合流地点を教えてくれ』
若干の薄いノイズ音が聞こえた後に、何者かの声が複数届く。
『は? ハリヤマ? あいつ今どこで何してんの?』
『全然連絡ねえけど。あ、おまえはどうしたんだよハツカ』
これは、正直に言った方がよさそうだ。あまり気は進まないのだが。
『追っていた二人に雁字搦めにされてた。で、リーダーはどうやら治安委員会支給のテーザー銃にやられたらしい。で、動けない俺のところにその手足がしびれてふらふらしてるリーダーさんが来て、救出していったというわけだ』
『色々つっこみてえけど、先』
『で、部隊長殿は今からその二人の鎮圧と捕縛に向かうらしい。なんで、俺達はついて来るなだそうだ』
『頼まれたって行かねえよそんなとこ。巻き込まれるの嫌だし。――あ、てことはもう休んでいいってこと?』
『まあ、そういうことだな』
ハツカがそう肯定すると、向こうの人物はハツカに合流地点を教え、そのまま通話を切った。
そうして、暫しあの二人のことを考える。
あの女性の方。間違いはない。あえはどこからどう見てもオリガ・カナエの顔だった。整形ではない。そもそも整形なら、その骨格に極限までに近い人物でなければなりえない。そしてそれだけでは、成れるのは顔だけであり、体格は変質化しないことになる。
しかし、ハツカの目算では、あの背格好はどう考えてもオリガ・カナエのものだ。
では、彼女は何なのか。
考え過ぎると良くない考えと答えのようなものが次々と浮かんでくるので、この問題は保留にした。この、問題提起そのものを何でもかんでも自身の問題と錯覚することが、ハツカという青年の一番の欠点といえる。
あの、いけ好かない少年に言われたことを思い出す。あの若年であの落ち着きようは一体何なのか。ハツカには、目の前にいる少年ではなく、何か老齢した、性質のとびきり悪い老人を相手にしているように思われた。
『くだらねえ』
悪態を吐いて白い企画の建築物の壁を蹴り、その反対がわの壁とを蛇行することで建築物の上部に移動する。地平まで見える、白い人工的な丘。それは正しく統治された人間の世界だ。その統治体制そのものが、ハツカには疑問だが。
あの二人はハリヤマが解決する。いずれ夜になり、スラムへの進行が始まるだろう。
それまで、無駄な思考はしないほうが賢明だ。それは自身の性能とパフォーマンスに影響が出る。
頭が嫌になるまで考えるのは、その後でもいいだろう。




