ミシゲ・ツクリという男
「しかし、きみがStarry skyに乗ったと聞いたが、よく無事だったものだ。常人なら一度乗っただけで骨折を起こしてリタイヤする」
「まあ、それなりの苦痛は伴いマシタガ。俺、身体が丈夫なもんで。段ボール並に」
彼はデスクの引き出しを開け、その中にあるものを掴み取る。
「Starry skyは、本来であれば殺人マシンだった。ああ、これは他人を殺す、という意味ではなく、搭乗者を殺してしまうという意味だ。そういう意味では自殺マシンだな。極度の加速と内部から発生する爆風で、内部に存在する人間は異常なまでの衝撃に晒される。それは、設計で十分に理解していたことだ。だから本来、人的鎧を三重構造にするところを、私は四重構造にして衝撃の緩和を計ってみた」
その資料を持って、彼は俺の位置に歩いて来る。
「しかしそれも無理だった。正直あんなもので、人体を吹き飛ばせるだけの衝撃を、緩和できるはずがない。常人なら、あの機能を一度使用すれば、それで人体の骨が粉々になってしまう。だからあれは失敗作なのだ。疑いようもないほどに」
「失敗作。凄い表現だね。作成者の目論見どおりにできていながら、その根本的な破綻によって失敗作となるなんて、理に適っていない」
そう、まったく、これっぽっちも理などとうものが存在しない。
この人的鎧、Starry skyは人体をいかに速度的に最終まで到達させるか、という点でしか作られていない。
その答えはすでに出ている。人的鎧という人類が操作する中で最も優れた媒体を、優れた操作性で扱うこと。だか目の前の男は、そんな答えに抗うかのように、理屈を覆すための理屈を該当させた。その答えが、爆風による巨大な推力。
「そう、要はスラスターのようなものだ。しかし、重力圏でスラスターなどという燃費の悪いものは使えない。重力は常に物体を星に近づけようとする。人体ほどの大きさのものがそれを量がするには、瞬間的な推進が必要だ」
そのために、安直に導き出した答えが爆風か。
「何と言うか。あなた、理知的な外見と言葉に反して、中身はマジで強引だネ」
呆れて声を出す。そんなもの、無理矢理な理論ではなくてなんなのだ。
「実際に廃棄したのだから文句を言われる謂れはないぞ。それに勝手に掘り起こしたのはそっちだろう。一度廃棄したものを拾った者が、どうそれを使うかなど私は知らん」
「それ、ちょっと前の時代の、有害物質を垂れ流してた人たちが行ってた言葉だヨ」
そうは言うが、向こうは聞く耳を持たないらしい。俺の言葉に素知らぬ振りをして、俺の元にその資料を手渡してきた。
「これは?」
「Starry skyの資料だ。私にはもう必要ないから、きみに渡そう」
「はーん。処理する代わりに俺に任せる、と。でもいいのカナ? ミシゲさんが実物であるアーマーを廃棄して、この紙束を残していたってことは、自分が作ったものを、その技術を自らに残すためでショウ? これを俺に渡しちゃったら、本当にその技術は失われることになるけど?」
ふん、と彼は息を吐く。
「こちらの経験として、脳には残っているよ。言語化された技術など、既に簡略化された行き場のない縮図にすぎない。そんなものはもう私には不要だ」
あ、そう、とありがたく資料に目を通す。
「私としては、そんなアーマーは今すぐにでも廃棄すべきだと思うがね」
「俺もそうしたいんですけどネェ。どーも、あのおねーさんを連れて逃げるには、こいつがないと難しくなってきちまったんで。今は手放すわけにはいかないのです」
資料のページを捲る。それは、数々の機能とその対抗策を綴られたものだった。
「トコロデ、俺は人的鎧のことについてまったく知らないんだけど、センサーとかこっちが外見上で分かる機能だけを頼りに、何機かを今まで仕留めてきたんだけど、他に何かあるノ?」
「あるに決まっているだろう」
何か向きになっているような口調で彼は言う。
「人的鎧はそれこそ簡易的に『鎧』などという名称がついているが、実際には人間がアーマーを動かしているわけじゃない。――いや、きみだってそれくらいは知っているか」
「人間の脳波を用いて動かすんだっけ? まあ、詳しい事は知らないのですが」
「いくら人間でも、自身の体重と身体全体を動かすアーマーを、自身の筋力だけで動かすことは不可能だ。それには何十kという重荷を体全体に纏っていることに等しい。それでは従来の運動性能が失われてしまう。人的鎧は全身に人工筋肉が設備されているが、人工筋肉はあくまで単純な命令で伸縮をしているだけにすぎない。スイッチの有無で伸縮をする筋肉など、動物の運動ではない」
それはそうだろう。それは自分の十本の指で動かすラジコンとなんら変わりがないのだ。精密な動きなどできるわけがない。
「だろう? だから人的鎧は、人間の脳波そのものを計測して、その動作を人体より若干早く実行しているに過ぎない。人間の身体がその脳波につられて動くように、鎧は脳のパルスが人体へ機能する前に鎧自体を動かしている。これによって、アーマーは本人の筋力が限りなくゼロに近かったとしても、正常にその機能を運用できる。丁度きみのような、子供であったとしてもだ」
鎧というものは古代から存在していた。始めは単純な素材から、鉄の技術が発達してからは鉄製のものへ。しかしその運動性能は劣悪であり、倒れた兵士が、鎧の重さに押しつぶされ、ただ起き上がることもかなわないままに餓死することすらあり得た。近代になると、もっとも有用になった銃器への鎧として、防弾チョッキが開発され、次第にそれは個人の運動を阻害せずに衝撃そのものを緩和させるものに切り替わった。
そして最終的に、人間の運動性能と防御性を両立、更にそこに機能を付け足したものが、人的鎧だ、とミシゲ・ツクリは言う。
「人的鎧は通常、三重構造をしている。
人体を直接包み、断熱と発汗を防ぐための場所とコンピュータの運用を行う意味で一層。
衝撃遮断という意味と、人工筋肉、そして超加速による人体の神経障害を起こさないような構造をとるという意味で二層。
そして三層、人的鎧の最大の防御力という意味での装甲、人体への衝撃を緩和するための構造を取り、しかし本人の運動を阻害しない目的での外装。
これが、人的鎧のごく基本的な構造面だ」
第一は人体を護るため。第二は兵器として人間の運動を運用するため。鎧としては至極理想的な要素が、そこに詰め込まれている。
「で、その他に半径五十mの熱源を特定するセンサーとか、自身の声を外に送り出すマイクとか、視界を三百六十度取得するモニタとか、他の仲間内と連絡を取り合う通信とか、センサーに映ったものを記録する媒体とか?」
なぜかその用語を聞いた時には、彼は少しだけ苦い顔をした。
「その中に含まれている幾つかの要素は、ある天才が一人で作り出したものだよ。ちなみに、きみは今このキカクで最も使われている人的鎧の名前を知っているかな」
いいえ、と俺は答える。そんなの知るわけがない。俺は購入者じゃなく強奪者だ。
「タイプがいくつかあるのは知ってる。早いタイプと、長持ちするタイプ?」
「あの人的鎧の名称はformalという。キカク地域の天才技術者が作り上げた、最強の人的鎧だよ」
ふーん、と呟く。
「なんで最強?」
「量産が可能だからだよ。それに機能も従来のものより遥かに性能がいい。無理に性能向上を図るようなことはしていないのに、それを遥かに凌駕する扱いやすさと汎用性を備えている。誰にでも扱えることと、とあらゆる面で需要があるために、最強と呼ばれている」
「あー、ハイハイ。単純な意味でと、商業的な意味でのサイキョウネ」
そりゃ売り物なんだからニーズは広い方がいいに決まっているだろう。人的鎧人的鎧のシェアなんてものは知らないが、あらゆる商業で言えば、顧客は多いほうがいいに決まっている。
「あと、気のせいかしらねネ。あなたの言葉ところどころにトゲっぽいものがあるような気がしたんだけど。その天才さんに嫉妬でもしているの?」
「最強の人的アーマーformalの作成者はノウスイ・ソウフ。彼女という天才がいた為に、キカク地域の治安委員会による人的鎧組織ができたと言っても過言じゃない」
「――ノウスイさんって、今いくつになるの?」
「さて。今年で確か、二十三だったはずだが」
ミシゲさんの発言に舌を巻く。確かキカクのあの人的鎧がスラムにちょっかいを出してきたのは今から五年ほど前。少なくとも、彼女は十七歳の時にはあのアーマーを作っていたということだ。
そしてそんな巨大な異才を目の前にしている無銘の技術者というのはどういう気持ちなのか。
「ご愁傷サマです」
「嬉しくないよ」
「天才はやっぱりあーゆうヒトなんだね。なんだか面白い――と言うか、騒がしいヒトだったけど。あ、ところで彼女があなたを『センセー』とか読んでたけど、それってなんで?」
彼は、何か聞かれたくない話題に触れられたかのようにこちらを睨む。
「――昔、彼女がまだ十五ほどだったころ、技術者を目指していた彼女に手解きをしたことがあった。私もまだアマチュアだったが、彼女は基本的な機能も知らなかった時だ。その時のことを言って引き摺っているんだろう。まあ、その二年後に、彼女には技術者としても性能としても抜かれたわけだが」
「そりゃまあ、ますますご愁傷サマですこと」
「だから嬉しくはないんだけど」
「まあ、そんなことはどうでもいんだ。不良品だろうが失敗作だろうが別にいいよ。俺達の身を護るためにはとにかくこれが必要だ。譲るというなら、遠慮せずに貰い受けるケド?」
「そうしてくれるとありがたい。さっきの資料を受け取った時点で、ソレの所有権はきみの物だ。私は一切合切手を突けていない。造ってさえいない。そういうことにしたいんだよ」
諸事情で、ということか。それはまあ、非合法の殺人に使用されたものなど、自身の作品にも入れたくないところだろう。そんなものが露見すれば、ミシゲそのものの処罰が決定してしまう。
「そりゃどーも。――料金は?」
「製作費に掛かったのは二百万だ。特別に二百五十万で譲ってやる――と言いたいが、見たところ今のきみに経済的な問題を持ち出すほどの懐の事情はよろしくないと見えるが」
「あー、ま。そうっすネ。ついさっき、あのおねーさんのことで病院に資金を払ってきたところだし」
「分割払いにしておいてあげるから、気が向いたら私の電子マネー枠に入金をしておいてくれ」
うわ、マジで言ってるのかこのヒト。ほとんど冗談のつもりだったのに。
「分割払いって、またどこかで聞いたようなことを言ってくれるネ。今日だけで一体どれだけの支払い約束をしたのカシラ俺」
「それは仕方がないだろう。むしろ、キカクの治安委員会に狙われて今もこうして無事でいられている時点で、十分に資金の役割は果たしていると思わないか?」
どうやら資金面に関しては本気らしい。
これだから売れない芸術家は嫌だと言うか、経済的な余念がない。人的鎧そのもので十分に稼ごうとする性質の人間ではないものの、その製作費と労働に見合った料金はしっかりと顧客から精算しようとする。
――まあ、その労働を五十万で済ませてくれたのは、両親的と見るべきか?
「あ、ちなみにこいつの製作期間って、どれくらい?」
言って、横にある人的鎧を小突く。白い外装が鈍い音を立ててごおんと、空洞の音を響かせた。本当にコレ化学物質のカタマリですかネ。
「一周と二日。まあ、計九日だな」
ナメていた。この男本当にそんなもので商談が成立するとでも思っていたのか。
料金を払う義務感が薄れる。――いや、これはもう払わなくていいだろう。踏み倒してやれ。
「あ、料金を払うならちょいとサービスをしてほしいんだけど」
「ん?」
「この人的鎧の――なんていうか、衝撃軽減? 乗ってる本人が怪我をしないようにすることってできないの? こう、作成者としての改善案? ミタイナ」
それを聞いた時、ミシゲは天井に目を向けてしばらく考え込むような態勢を取った。
「さて、自身で作った失敗作の改善を求められることになろうとはな」
「あ? できない?」
「――まあ、考えたことがなかったものでね。まあ、考えたことがなかっただけで、それはそれで面白いかもしれない」
言って、彼は自身の机に舞い戻った。
「いいだろう。顧客へのサービスはここのところ行っていなかったが検討してみよう」
言って、彼は自身の自室から立ち上がり、そそくさと別の部屋に移動する素振りを見せた。
「丁度良く、現在は素材も多く集まっている。残りと呼びからそれらしいものを作ってみよう。ああ、もちろん効力は期待しないでくれ。そもそもサービス品というからには、それくらいの方が丁度いいだろう」
そんな、やる気があるんだかないんだか分からないような発言を残して、彼は部屋を出て行ってしまった。しまった、誤ったか、と今更に認識する。
あんなんに本当にそんなものを頼んでよかったのだろうか。
ああいう人間は自身の作成欲求に歯止めがきかないのだ。故にこちらが安全の要望をしたはずが、すっかり本人の中で顧客と自身の欲求が入れ替わって逆のモノを作っちゃったりする。
「嫌だなあ、逆に加速強化パーツとか作ってこられても」
気づいたが、もはや遅い。
唯一俺がこの場で彼を止める方法があったとすれば、この部屋から彼を呼びに行くか、さっさととんずらするかの二択というところだったが、前者は自身から言い出したことなので踏み倒しの件を感づかれそうだし、後者に限ってはそもそもあのおねーさんに殺されかねないのでやめておく。
最初から、俺にとっての逃げ道など用意されてはいねえのだった。




