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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
技術廃棄街への制圧を一時中止、監視に努める 行方不明者二名
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キカクネズミの反撃

 その一部始終を視野に入れていた両者は、約七秒間、その場に停止していた。短いと言えば短いが、その実、何もしないという条件では体感的には不自然なほど長い時間。


 それだけの間、両者あの白い雌ライオンを模した人的鎧(ヒューマノイド)が走って行った道を見つめている。


 その場で一人、人的鎧(ヒューマノイド)に乗り、その機能の恩賜を存分に受けているハツカは、信じられないもの見た。


 自分の目の前にいた人的アーマーが、瞬間的に視界から消失し、次の瞬間には自身の遥か後ろに存在していた。それは、肉眼どころか人的アーマーでさえ捕らえられないほどの速度ということになる。


 しかし、人的鎧(ヒューマノイド)に乗ることが半場仕事になっている彼には、それが不可能なことが分かっている。そも、人体には限界速度が決まっている。


 体感も認識も、人間が扱える範囲を、人的鎧(ヒューマノイド)は直前まで引き出し、それを行使する。しかし、あれは論外だ。人的鎧(ヒューマノイド)にさえ認識できないほどの速度で走る人的鎧(ヒューマノイド)など、一体どうやって操作するというのか。


 それは人間が扱えるものではない。


 速すぎる車が、等しく直進という、単純な操作しかできないことと同じように、今の機能どう考えても異質すぎる。人的鎧(ヒューマノイド)としても、人間が操作するという面でも。


 逃亡者がどこへ行くのか、ハツカは分からない。逃走を許した以上、今更という気もするが、先ずは仲間への要請が必要だろう。


 そして、足元にいる少女に目を向ける。


『申し訳ありませんが、あなたはここで待っていていただきたい』


 それは少女が、ひとえに自分一人ではどこへも行くことが出来ないという事実からの判断だった。当の少女はそれが分かったのか、鋭くハツカを睨みつける。


 ああ、これだ。


 この気丈さこそが、確かにあの人物に似ているのだ。どうしようもない状況、打開できないと諦めるべき現状であっても、その対峙する物へと向かって行く。


『悪いようには、しません。だから――』


 だから、どうするというのか。彼にはその先の言葉が見つからない。


 まず、ハツカという青年に、打開できない状況の打開を目指すなどという荒唐無稽は不可能だ。それは、自身と最も長く付き合ってきたハツカ自身が熟知している。


 その先を言えない気恥ずかしさと、彼女の姿を見ていられなくなったことで、ハツカはその場から走り出した。


 彼がこの場で行うべきなのは、他のメンバーに連絡し、彼女をすぐに保護することだったのだが、彼自身はその目的は霧散してしまった。予想の斜め上どころか大気圏外を突き抜けた出来事にさらされ冷静な判断能力を失っていた。


 ただ、それだけの話。彼もやはり冷静な判断力や行動が行えない、子供そのものだった。


『じゃあまず、あれを潰さないとな』


 あれ。アーマー。白い雌獅子。


 彼女を連れまわしていたのはどう考えてもあの人物だ。あの人物を捕縛しない限りはどうにもならないだろう。殺しはしない。ただ話しを聞くだけだ。そして彼女が本物か、本物でないかを聞き出す。その先は。


 走るうちに、思考が冴えてくる。


 現実的にものを見ろ。

 現実としての事実を示せ。

 現実を考えろ。


 もし、本物ではないのなら、まあいくらかの利用価値はあるのだろうが、その先にはまた殺害という未来が待っているだけだ。


 そして、もし本物なら、キカクによって排除されるだけの存在だ。元々彼女が邪魔で排斥したのに、生きていると知れれば殺しに来るのは必然だ。


 じゃあ、その先は?


 そこで、足を止める。もう彼には、目の前を逃げる敵も、自分立場も、あやふやで均一化しにないものに成り下がっている――いや、下がっているのか? それは。


『――くそ』


 考えても意味はない。元からそう言った類の出来事なのだ、これは。

 今は、逃げるアーマーを負うのが先決に決まっている。

 熱源センサーの範囲を拡大する。同じformalでも、こちらはトップランカーとしての使用だ。衛星の助力を借りて、半径五十mと言わず、一㎞までなら感知できる。


 そもそも、あれに熱源センサーなど役に立たない。原理は不明だが、あれだけの加速で五十mを渡るなら、一瞬でこちらのセンサーの外へ出られると言うことだ。



『formal on-line』



 衛星への接続は完了。


 ――位置はこちらから見て十時の方向らしい。どこまで逃げるのかは分からないが、あれはまだ人的鎧(ヒューマノイド)の操作に不慣れだと見える。上から行き、さきほどのように襲撃するか。


 左右に存在する白い壁を蹴り、建築物の上部へ上る。周りにメンバーは見えない。随分遠くへ来てしまったらしい。


 仲間への通信を行おうとすると、人的鎧(ヒューマノイド)のレーダーには、今自分が足を付けている建物の下に標的が表示されている。まさか、逃げずにそこで待っていたのか。


 ――トラップか。


 一瞬そう考えるが、この簡素な場所にどのような罠をしかけるというのだろう? 隠れる場所もなければ、土も瓦礫もない場所で。


『――いや』


 発見する。建物の下。白い直線の道が続くその腺。

 その道に、建物と建物を繋ぐようにして、なにか細いものが取り付けられている。


 ――糸、だろうか。鋼鉄製の糸。あまりにも細く、アーマーのセンサーと日の光の反射がなければ完全に視界から消えているであろう糸が、その直線の道に、できの悪い縫い付けように張り目らされている。


 この短時間であの人物が仕掛けたものか。


 そう考えると、ひどく滑稽に思えた。せっかくの時間、重要な逃走の時間を削ってまで、あの人物はこんなことをしたかったのか。こんなもの、人的鎧(ヒューマノイド)に通じるとでも?


 下の人物はこちらが顔をのぞかせたことに気が付いたのか、その糸の巣の中を疾走していく。


 まさか、ハツカがその中に入って追っていくとでも思っているのだろうか?

 当然、そんなことはしない。ハツカは建物の上部から人的鎧(ヒューマノイド)を追跡する。


 速度はこちらと変わらない。先ほどの超加速はなんだったのか。

 どうやら、あの機能は連発できないらしい。――当然か。あのような機能を何度も使ってしまっては、人体が持つはずがないのだ。


 白い獅子は十字路を右へ。建設物の上部から追っているハツカ自身も上部から追跡する。 


 ハツカの視界には、やつが仕掛けたとみられる大量の鋼鉄の糸が、建物から建物に伸びていることが確認できる。まるで蜘蛛の巣である。

 だが、そんなものを張り巡らせたところで、一体何がどうなると――。


「…………?」


 そこで、ハツカは自身の足が何か強い力で引っ張られる感覚に陥った。

 見れば、建物の上、丁度ハツカ自身が足を置いていた建造物には、道から伸ばされた鉄製の糸が、どうみでも意図的に足をかけやすいように配置されていた。今、ハツカ自身はその鉄の糸に足を取られた形になる。


「な――」――に、と、みずからのバランスを崩す。そのときにはすでに、ハツカの肉体は意図が張り巡らされた道へ落下しようとしている。幾ら人的鎧(ヒューマノイド)でも、何もない空間では身動きが取れない。


 トラップとしては子供の遊戯にも満たない、そんな仕掛け。しかしハツカは、自身のアーマーの速度とその認識能力を機械に依存していたため、そんなものにも気が付かなかった。


「――くそったれ」


 悪態を口にして、躓いた瞬間に建物を蹴る。力を跳躍に使い、態勢も整えられないまま、ハツカはただ落ちる体を、軌道を修正し、反対側に位置する建設物へぶつける。


 短い衝突音。ハツカはその壁に腕を突くことで自身の肉体を腕一本で押し上げる。生身ではとても不可能なことだが、彼は壁の平面に手を置き自身の体重を重力から逆らう形で押し上げた。


 それを目視していた真っ白い獅子は、すぐに別の曲がり角に走って行く。

 別の建設物の上に腕一本で上ったハツカは、彼が何をしているのかをこの時ようやく悟った。


 あれは、馬鹿馬鹿しく見えるが、その実理論的に張り巡らされた、相手を仕留める為のトラップなのだ。そして一度糸に足を引っ掛ければ、倒れた身体を建物に張り巡らされた糸が仕留めるように計算されている。


 そして何より、あの鋼鉄製の糸の強度は異常である。人的鎧(ヒューマノイド)の筋力を持ってしても糸を切断できない。脚を糸が覆っても、糸自体は絶団されずにアーマーを転ばせる。それだけではなく、糸を張り巡らせることによって、満足な走行を阻害し、追いつくことを防衛している。


 確かに、例えランカーであったとしても、その規則性に気が付かなければ、糸に身体の自由を奪われて行動不能になるだけだろう。


 そして、そこに高出力の電流などを流されれば幾ら人的鎧(ヒューマノイド)とはいえ、技術の結晶。電力で動いていることには変わりがないため、簡単にショートする。そうすれば、身をつつむ人的鎧(ヒューマノイド)など、むしろ自身の身を拘束する、本当にただ身を護るだけの鎧に成り下がる。


『おにーさん。できればもう追ってこないで欲しいんダケド。あのおねーさんはおにーさんに任せるからさ、こっちは見逃してくれないかなぁ』


 そんな、寝惚けたようなことを言う。しかしあれはあれで十分に冷静だ。冷静にこちらの不可能ことと、弱点を知っていて、そのような行動を取っている。


『…………』


 おそらく、建物の上からハツカが追ってくることも想定内。そしてその追跡をしている限り、ハツカにはあの人物を永久に捉えることはできない。


 ならば、仕方がない。


 ハツカは、その場から下の、糸が張り巡らされた道へ落下する。すべての糸を視認しての、安全な落下地点を機械ではなく自身の脳内で算出しての行為だった。


『――へえ』


 向こうの人物が感嘆の声を上げる。その反応は、甚だ意外だった、と言わんばかりのものだ。逆に言えば、彼にはそれも想定内だったのだろう。


 相手の鎧はパノラマセンサーではない。頭部の全面に二つ、人間の眼球の位置に二つのセンサーがある。故にその視界は人間と変わらない。白い獅子の視界はハツカの見ている視界よりも遥かに狭い。


『今度はこうやって追わせてもらう』


 瞬間、ハツカのformalが走る。センサーに確認しただけでもその場に張り付けられたワイヤーは三十七本。人的鎧(ヒューマノイド)の速度と精密動作で、生身で行えばその何十倍もかかるであろう動作をやつは短縮している。


 人的鎧(ヒューマノイド)の 扱いでは自分はハツカには敵わないと革新しているためだ。――いや、そうでなくとも、ハツカの目の前にいる人物はその手段を取らざるを得なかった。


 情報がただしければ、彼はおそらくキカクの人間ではない。であれば、それは他県にも存在しない、この国の住民として正式には認められていないスラム街の人間だ。技術廃棄街。人間の英知を体よく利用し、そして消耗しすることで、自然に出来た「放棄」という名のゴミ処理場。


 そこにこの国に認められない人間が住み着き、今では何十万という人間が住み着くまでになった、異質地区。その住人なのだとすれば、彼は生身で人的鎧(ヒューマノイド)を制する必要があった。


 ならばそれは正面からの妥当ではなく、何重にも罠を張っての仕留め方になるのは必然だ。


 ハツカは目の前の人物に向かって、その何重もの罠が張られた道を走行する。

 そして、難なくそれを躱して見せた。


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