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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
技術廃棄街への制圧を一時中止、監視に努める 行方不明者二名
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いつもの手

 視界が開ける。目前に車椅子にしがみついている少女と、自身が広げたアタッシュケース。そして、向こうから聞こえる異常な速度によって引きずられる大気圧。


 もうその車椅子は使えない。ならば、この場ででる行動は――。

 片手にアタッシュケースを、もう他方の手に、少女の胴体を抱きかかえる。


「あっ、おい」

『悪いけどこれで逃げるしかありまセン。車椅子はしょうがない』


 少女がこちらを視認する。それ、彼女は大方の事情を汲み取ったようだ。


「おまえ、やっぱり持ってきてたのかよ」

『アハハ』


 笑って誤魔化す。現状を把握されたら酷い目に遭いそうだ。

 俺が現在纏っていたのは、あの廃墟で見つけた人的鎧(ヒューマノイド)だった。

 OSやソフトは彼女の人的鎧(ヒューマノイド)の機能を流用したものだが。


『ちょっと壁伝いに逃げる。おねーさん、目を閉じてて』


 言って、跳躍の態勢を取る。向こうの人的鎧(ヒューマノイド)がどれだけの速度で迫ってきているかは測定できない――が、とりあえずは上に逃げるかと決め、体をバネにし、足を離す。


 瞬間、俺の肉体は五mほど上に持ち上がった。ふわりと浮き、体重を感じさせない程浮遊感。彼女を抱えている為、限界速度など出せるはずもないので手加減する。


『――うおおお?』


 だがここで予想外なことが起きる。壁に向かって飛んだ筈の身体は、その壁に脚をついて更に次の跳躍をしなければならないのだが、まずその脚が出ない。壁に向かって直進した躰はそのまま直進するばかりで足すらつけない。


 少女を壁に叩き付けないようにしつつ、空中で何とか回転し、自身の背と壁が衝突する。


 当然、そのまま落下するばかりである。


『――うっ、そ』


 やっぱり俺ランカーとかじゃないから無理っすね。


「おいヘタクソ」


 落下する最中に彼女の声が聞こえる。


「落下していい。そのまま直線状に走れ。この位置なら壁に衝突することもないだろうから」


 アーマーを纏っている俺より彼女の方が冷静である。生身であり、この場でもっとも危険な状態にいる彼女は彼女なりに、冷静に自身の助かる方法を模索しているらしい。


 言われたとおり、地上数メートル上から着地。アーマーの性能なのだろうが、両足から着地するというお粗末な着地をしたにも関わらず衝撃もなく着地する。


 そうして、一瞬向こうから起動音が聞こえた為、そことは反対方向の煙幕につつまれた道を走り出す。速度は抱えている少女に危害がない程度に、その道を直進する。


「煙幕地帯から出たら十字路を曲がり続けろ。巻くことは考えるな。隠れる場所を探せ」


 あいあい。


 煙幕から脱出する。灰色の気流が、しばらくまとわりついていたがそれも剥がれる。


 後ろを見ると、視界の端にある人的鎧(ヒューマノイド)が建物と建物の間を飛び回りながらこちらにせっきんしていることが分かる。


『あのさ、もしかしてだけど、あっちの方が早いんじゃない?』

「当然だろ」


 あれは人的鎧(ヒューマノイド)にとって最も高速に移動できる走法らしい。それに対して俺が行っているのは人間が走る際に用いる走法である。これでは話にならない。


 十字路に差し掛かり、体を傾け、減速しつ足を引きずって垂直な角を曲がる。完全な人体ドリフトである。四つの車輪なら効果は言うまでもないが、さて、二つの足ならばどうなのか。


 後ろを向く、先ほどよりも距離を詰められている。効果は言うまでもないよねこれは。


『ちょ、追いつかれるっぽいですよ?』

「当たり前だろ。向こうの方が早いに決まってる。人的鎧(ヒューマノイド)の扱いに慣れてるからな。人的鎧(ヒューマノイド)に即した走法くらい、トップランカーなら心得てるんじゃねえの?」


 それも、前に追って来た人物よりも遥かに速い。最小で最速の動作。それを、自らが纏った人的鎧(ヒューマノイド)の性能を如何なく発揮している。


「角を曲がるのはあっちにも予測できない。幾ら人的鎧(ヒューマノイド)でも、不意の行動は運動を停滞させるんだ。さっさと行け」


 角を左へ。――いや、いったどうなっているんだこの地域。行けども行けども白い建造物ばかりで、しかも入り口がないんですけど?


「上!」


 少女から声が上がる。言われたとおりに上空をみると、異常な高度に飛び上がった人的鎧(ヒューマノイド)が、こちらに飛び降りてくるところだった。


 すんでのところでその体躯を躱す。我々は避ける為の加速を行い、バランスを崩して地面を転がった。少女は少女で上半身のみで俺を下敷きにし、地面との接触を防いだ。当然、俺自身は地面を引きずられる形となる。研磨されるみたいに。


 アタッシュケースはどこかにふっとんだ。さすがにそれまでを手に持ってはいられない。


 俺が下で彼女が上。奇妙な格好の二人の前に、あの人的鎧(ヒューマノイド)が着地する。相当な速度で追ってきたにも関わらず、その停止の動作はしなやかで静かである。人的鎧(ヒューマノイド)という、優れた鎧の性能か。


『やっと止まってくださいましたね』


 鎧くんから声が上がる。それは規律正しいものを含みながら、その実強制力のある口調だった。警察さんに停車を言い渡された時みたいな。


『あなたが何者なのか――それは後々確認するとしましょう。――今は』


 言って、鎧くんはこちらに顔を向ける。


『その鎧のことが最優先だ。それは、一月前にこちらの展覧会で襲撃に使われたものだ』


 あー、ナルホド。ここでこの人的アーマーを出したのは失敗だったか。


『その鎧の持ち主、ということは、あんたは復元身体か?』


 質問というよりかは脅迫に近いその発言に、俺は背中の上に乗っている少女を地面に降ろし、その場に立ち上がる。


『いや、違うヨ。俺はただこのアーマーを拾っただけだ。勘違いはやめてほしい』


 そう言うも、警戒の態勢は崩さない。手元は人的鎧(ヒューマノイド)に搭載された、一本の剣を握っている。俺の話などを訊く気は一切なし。


 あれは少し前に見た、人的鎧(ヒューマノイド)の装甲を切断するために作成されたものだ。赤熱化したサーベルは堅牢である走行を破るのではなく溶解し、その肉体を切断する。完全に生かすための鎮圧ではなく、キカクにとって害となる人間が、もし人的鎧(ヒューマノイド)に搭乗した場合、迅速に殺害することを目的として作成された溶接機。


『それは脅しカナ? それとも殺害実行?』

『抵抗する場合は脚を跳ねる。失血死の心配はしなくてもいい、切った瞬間に傷口は焼き塞がるから、一滴の血液も流さない』


 それは死亡に直結するものでしょうが。腕の神経そのものまで焼切るのだから、ショック死の可能性だって十分にあり得るのだ。


 まあ、それを見越して、相手が降伏することを考えての、脅しなのだろうケド。


しゃーないなぁ。


『降参、降参しまーす』


 観念して手を挙げる。後ろにいる少女がどのような顔をしているのかは分からないが、まあ、見ない方が俺の為だろう。


『腕とか切られたくないし。それにホラ、キカクの方は暴力的な解決はしないんだろう?』


 その発言を受けて、向こうは沈黙する。まあしないワケがないだろう。俺だって拘束されれば、その後に何が待っているかなんていうのは悪い方の想像しか働かない。秘密裁判なんてその最たるものである。


『拘束を選んだか。なら――』


 もちろん、そんなもんを選んだ憶えはない。俺はただ「降参」と言っただけだ。


 そして、この場合の降参という言葉は、状況的なものでも、目の前にいる鎧くんに向けたものでもない。単純に、腕を切り落とされたら、という推測に元図いて口にしただけにすぎない。


 なので、やることにした。



『Starry sky backfire field Ⅲ、Ⅳ』



 機能そのものを知っている者としては、嫌すぎる単語が目の前に浮かぶ――が、この地点からの逃走は、それを用いない限りは不可能だろう。最低限の動作として、衝撃緩和の態勢だけは取る。仮にもそれで顔面を地面にこすり付けることになってもご愛嬌だ。


 瞬間、


 小規模の爆発が、俺の背後で行われる。何者かの爆撃ではない。この獅子を模した白いアーマーの内部から、さながら推進剤としての爆発が起きている。


 ――爆音。


 その場から、俺の体は火を噴いて前進する。少女に爆風はかかっていないと思うが、まあ、後で酷い目には遭うことぐらいは覚悟しておこう。

 視界が消える。突然の超加速に人的鎧(ヒューマノイド)のOSが反応できないのだ。


「がっ、――と」


 次いで、衝撃。アーマーの内部から発された爆発は、予想以上の衝撃でこちらの肉体を殴りつけた。箇所は後ろの腰あたり。その部分の爆発をもって、俺の肉体は飛び上がる。


 持ち上げられた身体は放射線状に落下する。初動は少し上がり、加速から加速終わりまでは地面に向けて落下する。正確な距離は分からないが、俺は定まらない視界を安定させつつ、なんとか白い平面の地面に足をついた。


『う、わわ』


 明確な停滞はできず、脚の裏が地面を引きずる。


 衝撃緩和のついた脚の装備を持ってしても、その加速は殺し切れない。そこから十数mを移動して、ようやくこちらの飛行は停止した。


 後ろを振り向く、そこには、うつぶせになった髪の長い少女と、その傍に未だ立ち続けている鎧くんが、ぽかんと口を開けていた。その距離実に五十m。時間間隔が麻痺する。機能を使ってからこの位置まで移動するのに、二秒もかかっていないのだ。


『あっ――痛ぇー』


 しかし背中の衝撃が尋常ではない、着地した瞬間その場に倒れそうになる。例えるなら十m先から仰向けに落ちたような感覚。常人の人間が耐えきれる衝撃じゃないのだ。今度こそ、人体のパーツに損傷を負わせたのではなかろうか。


 向こうの人物達はこちらを見て未だ唖然としている。そのうちに、俺は白い建物の十字路を曲がった。これだけの距離があれば、あの鎧くんも簡単には追って来れまい。


 あとは、準備と方法の問題だ。



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