着ました付けました纏いました
「あー、マジですか」
比較的落ち着いた声が出た。というか、ホントにストーカーですかこいつら!
しつこく追ってきてくれたその白い鎧の人は、こちらにその全方位センサーの顔を向けると、不自然な動作で直立した。ゆっくりとしたその動作は、いつかの侵略者を思い出す。
「あ、やあ。どもども」
緊張感もなく、そんな挨拶をしてみる。まあ人間、最初のディスカッションが大切ですし。
しかし彼はそんなものには興味はなかったらしく、さらっと流して車椅子の人へその視線を向ける、ま、全方位を見渡せるヒトに視線もクソもありませんが。
『…………。…………。…………。…………。――あなた、本当に?』
かなり長い時間黙った挙句に、彼はそんなことを言ってくれた。嫌だなぁこのヒト、完全に彼女が何者なのかを勘違いしていないか?
『つまらないことを聞くようだが、あなたは、オリヒメなのですか?』
そんな質問が、目の前の鎧から発される。しかもストーカーくんの癖に口調が礼儀正しい。
しかしその洞察力は、あまり欲しくはなかったものだ。彼女の容姿の全体を見なくても、そのカタチを看破できるというのは。これでは、最悪の場合彼女のことで面倒なことになる。
「…………」
当の少女は、その白い人物を見て黙っている。睨んではいない。どちらかと言えば追い詰められた得物に近い。そしてそこには何か。それだけではないモノが混ざっているように見えるのだが――気のせいか?
ま、とにかく目の前に鎧さんが来ちゃったことは確かなのだ。あの通信に不信感を持つ人物がいたということだろう、そしてこの病院の前で依然として待機していた。周りに仲間が何人いるのかは分からないが、それでも生身で逃げ切ることはできるか?
結論は無理。
残念ながら、こんな隠れるところも逃げるところも存在しないフィールドで、どうやったって数人単位のアーマーを相手取れるわけがないのである。
「あー、えっと、お話し中申し訳ない」
空気が読めないことを知りつつも会話に介入する。
「あなたは、彼女のことを何かご存じなんですかね?」
その瞬間、その車椅子に座っていた少女が物凄い勢いをもってこちらを目を見開いて見て、そしてその後に睨みつけた。
企みがさっそく彼女に気付かれたらしい。そう、俺は彼女とは他人のフリをしようと考えたのである。この連中に俺のことは認識されていない。キカクに来る車の中に乗っていたのは、彼女と、もう一人の男だけだ。
故に、この人物が俺のことを知っているはずがないのであり、その部分に至っては、このまま知らぬフリをしていれば、運が良ければ俺は解放されるかもしれない、という淡い期待だった。
その、黒いセンサーを頭部に持つヒ人型は、白い体躯をこちらに向けて呟く。
『――あんた、誰だ?』
そんなことを言ってくれた。
『あんた、ここの住人じゃないだろう。その顔に登録はない。一体、誰なんだ』
「…………」
あー、ヤベーヤベー。これ、地雷踏んだポイ。
『あんた、もしかして、スラムの住人なんじゃ――』
「まさかぁ、冗談デショ? ちゃんと確認してください。僕はここの人間です」
苦し紛れで見え見えの嘘を吐く。目の前の人的鎧は、しかし余程彼女のことに違和感を感じているのか、見るからに怪しいであろう不審者から目を離しで彼女へ向き直る。
そしてこの人物、女尊男卑でタイヘンヨロシイ。少女には「あなた」で俺には「あんた」ときた。口調も身振りも態度もすべてがその基準である。
『もう一度訊きます。あなたは、何ですか?』
本人も同様しているのか、その声には戸惑いの色が見える。しかし平静さは保たれていたままだった。間違ってもその態度からは暴力的な態度は読み取れなかったし、何か気味の悪い雰囲気も感じない。どちらかと言えば、清く正しーい立場から質問をしているタチの悪さを感じる。
「…………。わたしは――何でもない、です」
長く沈黙を保ち続けていた少女が次に口にしたのは、そのような言葉だった。これは彼女のミスだろう。本当に何を言っていいのか分からなかったに違いない。なんだろうその、誤魔化そうとして怪しさ倍増の間抜けな返答。
その返答に戸惑ったのは俺だけではないようで、人的鎧の中にいる少年自身もひどく戸惑ったようだ。その証拠に、両者には気まずーい沈黙が流れている。
ま、ひとまずは目の前にいるおにーさんが、どこかのランカーのように「見つけたら即時排除」という類の人物でなくてよかった。まあ、キカク地域にいる以上、そういった確認が必要なのかもしれないが。
「あなたは、Processing――なの?」
『そうなら、どうするんですか?』
「――逆に訊くけど、私がオリヒメ以外の何かなら、どうするの?」
『…………』
彼は沈黙する。そこで分かった。彼は少年だ。こんな質問で沈黙しているようでは年齢がたかが知れる。
『あなたが彼女ではないのなら、ある人物と特定し、こちらで身柄を拘束させてもらいます。その後で、こちらが探している人物なのであれば、処分をすることになる』
――処分。それは何を指しての発言か。まあ、訊く限りでは良い物ではないことは確かだ。
さあ、どうします? おねーさん。
彼女は椅子をこちらに寄せ、俺に耳打ちする。
「悪い、逃げさせてくれ」
なんとも情けねー台詞である。まあ、現在の彼女には、そう言うしか手段がなかったのも事実か。車椅子で、向こうは人的鎧。最初から競うまでもない性能差なのだ。
「――了解」
硬いアタッシュケースを地面に置く。その音で、向こうの人物は十分な警戒態勢に対ったようだ。こちらはその中から一つの缶を取り出し、ピンを抜いて彼の足元に落下させる。
瞬間、白い壁と壁の細長い通路に、一瞬で視界を包むほどの煙幕が形成される。
人的鎧がサーモグラフィーでこちらの位置情報を取得することを見越しての、銀幕を入れ電磁妨害をプラスした煙幕である。これによって、アーマーの視界は約数分間は役に立たない。
「あっ、わ」
声は少女のもの。目の前の人的鎧を避ける為に彼女の車椅子は思い切り後ろに引っ張ったのだ。彼女は態勢を崩し、椅子にしがみつく。
「おねーさん、できれば息を小さく」
小声で忠告をしつつ、自身が置いたアタッシュケースの中からソレを取り出す。
あとは子供の工作である。そんなもの、作るというよりはキットに近い。ただ手順通りにその人型を組み立てて行けばいい。ケースの中身の手触りと、その位置さえ分かれば、見なくたって完成はできる。もっとも、問題は――。
そこから異質な音が聞こえる。なんらかの機械の起動音が、こちらに向けて走ってきている。
「おおっ」
瞬間、起動音が通り過ぎ、それと伴って周囲の大気が煙と共に巻き上げられる。
向こうにいる――と認識した時にはすでに横を通り過ぎているだけの走行能力。
生身の身体で、それこそ下半身が動かない人間が同行できる相手ではない。事実煙幕を張ったとしても効果は薄い。
ならば、もう逃げる手段はただ一つ。餅は餅屋ということだ。
視界が変わる。目視からモニターへ。肉体はうすら硬く、柔いものに包まれる。
電力は三十七%。よしよし頼みますよ。
『Starry sky set up』




