遭遇は突然に
「この病院から出たらどこへ行くんだよ」
――と、後ろのおねーさんが言ってくる。どこへ、と言われてもなあ。
「いや知らない。俺キカクのこと知らないし。おねーさんこそ。どこか安全な場所を知ってんじゃないかと?」
そう言うと、少女は口を閉ざしてしまった。まあ、これは完全に当てがない、ということで間違いはないらしい。まあ、どこかに行けばどこかには行けるのだし、そこまで考えることでもないだろう。最悪はこの人を見捨てる選択肢も、まだ残ってはいるのだ。
『フタリ、ストーップ』
自身の手に持っていたトランシーバーから声が漏れる。それは先ほど出会った一人の人物の声だった。そうして、その人物達を発見する。
「あ、ちょっと待っておねーさん。ストップ」
彼女の椅子を引き寄せる。そうして、エレベータから離れ、病院の出口から離れた位置にある柱の陰に移動した。とりあえずはこれでオーケイ。彼らからは俺達を視認できない。
彼女自身は、俺のことを訝しむような目で見た後、なんだよと言ってきた。
「急に引き寄せやがって」
「あー、ごめん。でもほら、あそこの人たちに見つかるとマズいデスヨ」
出口付近には、先ほどの青年と同じように入ってきたと思われる少年が二人。今しがた上の階から降りてきたようで、辺りを見回している。
なぜその人物達が彼の仲間ということが分かったかと言えば、先ほどの通信を受けつけたからである。このタイミングで病院を出て行く人物は、さっきの通信を受け取った人物と言うことになる。まあ、トランシーバーの向こうにいる人物に助言をもらわなければ、半分以上は完全なる勘なわけだが。
向こうの少年二人が病院の出口から外へ出て行ったことを確認して、柱から身を乗り出す。
「ま、都合よく出て行ってくれたところで、ひとまずは病院から出れそうだネ。で、どうする? このままチャンス、さっさと逃げ出そうぜって具合に行く?」
彼女は未だに病院の出口を注意深く見続けている。まあ、それ以前に彼女が医師に掛かった時点で受付を通らなければならないのは自明なのだが。
「とりあえず受付け済ませて来るからサ、ちょっと待っててくれる? お金とか払ってくるカラ。別にどこへ行ってもいいけど、後ろからテーザー銃で撃ったりしないでね」
「…………」
なぜかまた呆れたような表情をする。何なのだろうか。また何かキカクの常識を知らない発言をしたのだろうか。
金額の精算を済ませた後も、彼女はその柱の陰に隠れていた。
その場所まで行き、若干寒くなった財布を片手に彼女の語りかける。
「なんでそんなビビってんの? なんかよくない気配でもするワケデスカ?」
「なんだよ気配って」
言って、彼女は柱の陰から出てくる。その動作はやはり、何かから恐れているような、然りを受けた子供が、明確な恐怖対象から逃げているような動作だった。
『言ったでしょ、その子はそう見えて寂しがり屋なの。フタリが戻ってくるまで、不安でしょうがなかったんだ』
トランシーバからそんな声があがるが、それは恐らく間違っている。今の彼女の顔をみれば誰でも分かるはずだ。現在の彼女の表情は、いわれもない侮辱を受けたときのような、そんな憤怒の表情に彩られている。
とばっちりがこちらに来ないことを祈るばかりだ。
「ま、それはとにかくありがとうマイリ。で、ここから先はきみの手は届かないと」
『そうだね。でも通話だけはできる、何か困ったことがあったら電話してくれ。この通話は、キカクの人間には傍受されないようになっているから、長電話もオケ。それと、そこにいるチープに変わってくれないか?』
言われたとおりに、俺はトランシーバを彼女に渡す。彼女は、一瞬その機器を取ることを躊躇った後、それを取って耳に当てた。
「なんですか?」俺の時とは異なる口調で、少女は言う。
『上手く逃げてね。それと、その人にはいつもの口調を使ってあげた方がいいんじゃない?』
そう言って通話は切られた。
「いつもの口調とかあるんだ、おねーさん」
「聞いてんじゃねえよ。うぜえな。まあ、そりゃ裏表のない人間じゃねえからな。あるだろそれくらい」
まあ、そんなもんか。
そしてこのヒトは未だ俺にその口調で接する必要性を感じていないらしい。
「で、どうする?」
「どーするもこーするもあるかよ。あんなのがいるところにいつまでも居たくねえ」
あー、なるほど。
今理解した。この少女が自身のことを苦手としていること知っているからこそ、モモタビ・マイリはこの施設にやって来たのだ。
――否、彼の肉体のことを考えれば、待ち伏せ、というニュアンスが多少違うか。
「ねえおねーさん、マイリってどういうヒトなの?」
「そんなことを今訊くんじゃねえよ。――あと、それは何を指しての発言だ?」
「あのヒトがどういう人間なのかってことカナ。オーガニックニューマノイド?」
「…………」
そこで、彼女は俺が何を言いたいのかを察したようだ。
「あれはな、人間じゃねえの。おまえだって分かってんだろ。あれはただの人形だよ。元々が違う。人間から人形になったんじゃなく、最初から人形だったものだ」
彼女の説明は分かり難い。理解に時間がかかりそうだったので、その件は保留にするとして、結論から先に入った方がよさそうだ。
「じゃあ、あのヒトもしかして、キカク地域すべての病院に自分の身体を用意して、俺達が足を踏み入れた場所に現れるようにしてたってこと?」
肉体のない存在であれば、その受け皿を各地に作ってしまえば、その人物は地球の裏側にすら一瞬で移動できることになる。データの移動と同じだ。物理的に存在しないものならば、どれだけの速さでどこかの場所に現れても不思議ではない。
「知るかよ」
彼女は何か気分を害したように言って、自分だけさっさと病院の外に出て行ってしまった。
まあいいですケド。
病院の入り口を潜り、真っ白い、地上二十m以上の長方形の建設物が並ぶ道に出る。普通、キカク地域では建設物と建設物が地下で直結しており、地下に巨大な道路やメトロ腺があるため、地上に出るなどというもの好きは、この病院にでも来ない限りは存在しないからだ。
「しかし、まあ」
これは、かなり拙くないか。
こんな真っ白い地点にいる俺達というのは、完全に浮き放題である。特に、人的アーマーというトンデモ機械に見つかった場合が特に拙い。
少女は俺よりも既に五mほど前で車椅子を操作しており、どこか手軽な建設物の中に入ろうとしている。
その瞬間、
「わっ――」
横から、強い突風が押し寄せて来た。
一昔まえのビル風というものだ。風の流れが圧縮され、束になった風圧が建設物の近くにいる人間に襲い掛かる。
ここ、キカクの建設事情は待機の流れを完全に一つの道に集約しているため、その突風は尋常なものではない。モンローが飛ばされかねない。
危うく操作舵である帽子を飛ばされそうになっている彼女へ近づく。
そうして車椅子についている人力操作の部分に手を置き、車の動向を風から引き止める。
突風が止んだ後、こちらに後頭部を向けていた少女は、ゆっくりとこちらに顔を向け、その不機嫌な表情をのぞかせた。
「なーにその貌。ほら、どこへ行きたいんスカ? 面倒事は御免なんで、さっさとどっか隠れましょうヨ」
「…………」
少女がこちらをしばらく睨みつけた後、口を開く。
しかしその口から言葉が出てくることはなかった。
彼女は馬鹿みたいに口を開いたまま、ある一点を見つめていた。
俺もそこに目を向ける。
そこには、
白く、有機的な外見をした、一体の人的鎧が今しがたどこかから飛び降りて来た後だった。
四本の四肢を使い、器用に着地の態勢をとって、その人型は音もなく地面に着地する。




