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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
技術廃棄街への制圧を一時中止、監視に努める 行方不明者二名
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病院ってなんだっけ

「あー、え? なんだ?」


 馬鹿らしく声まで挙げる始末だ。始末に負えない。

 車椅子の人物はハリヤマの近くまで来ると、その車輪の動作を停止させた。その手足は何故か小刻みに震えている。緊張からか、それとも恐怖からか、帽子の影になっている形のいい顎の上についている紅の口元は強い力を持って閉じられているように見えた。


「あー、えっとすいません。あんた――」


 そこで、椅子に座っていた人物がハリヤマに手の平を突きつける。文字通り、それは握手などを求めたものではなく、単純に〝ここから先は来るな〟という意思表示だった。


「はあ。文句は言わねえけどさ。ところで、あんたは一体」


 だ、とそこで背後からの足音に気が付く。それはハリヤマのすぐ後ろで踏み込まれたものだ。力強い踏込は、どう想定したところでハリヤマにして何らかの攻撃行為をしようという意図に基づいて行われている。


 空気を切るは何者かの腕。


 その先に握られているものにこそ、意味があるのか。


 しかし反応するまでもない。そんなものは足音を聞いた時点で済ませている。

 ハリヤマの背中に向けて突き出される腕。しかしハリヤマにとってそれは、見るにも値しない。いちいち踏込みが必要な動作であるのなら、そして相手に数メートルの距離から実行されたものなら、その足音と、その音から歩幅を計測し、避けることは容易である――。


 結果的には、

 ハリヤマ・ネズは後ろから突き出された腕を躱し、突き出された腕を自身の脇に挟みこんだ。


「…………!」

「マジかよ、おい」


 後ろの人物が驚愕したのが分かる。同時に、ハリヤマ自身もその手に握られているものに驚愕した。


 その手に収まっていたものは、どうみても自作とみられる小型のスタンガンだった。


 完全に他者の行動不能を想定して作られた危険品。電流の出力も、そこらの奥様が購入できるレベルをはるかに超えていることだろう。


 すこしでも当てられれば拙い。なので、ハリヤマはその腕を必要以上に拘束した。

 そのままの態勢であれば、腕を折ることも可能な態勢。


 大丈夫大丈夫ここ病院だし。そもそも骨折なんてお医者さんの言うことを聞いて処方を受ければ三か月くらいで治りますよー、とそのような言いわけをハリヤマが思考した時で、ことは起きた。


 ハリヤマの動作を瞬時に理解したのか、後ろの人物は腕を折られ行動不能になる前に、残った四肢のうち、両足を使いハリヤマの足首を思い切り蹴りつけた。完全な足払い。態勢を崩されたハリヤマはそのまま地面に倒れ込む。


「――チ」


 舌を打つ。しかしこの状態でも十分に腕を折ることは可能だ。そう考えていたハリヤマの眼に飛び込んできた物は、後ろの人物が未だに手に持っていたスタンガンだった。


「な――」


 そりゃ拙いだろう、と瞬時にその腕を離し、その場から立ち退く。

 地面に倒れ込んだハリヤマが態勢を立て直し、そして後ろに下がるまでわずか二秒。そうしてようやく、自身に向かってきた人物の姿を視野に入れた。


子供(ガキ)だぁ?」


 あまりの馬鹿馬鹿しさに目を疑い、ついでに少しキレかかる。


 ハリヤマの背後からスタンガンを当てようとした人物は、ハリヤマが見る限りでは十四から十五ほどの少年だった。


 髪は金髪に近い光沢を放ち、長めに伸ばされたそれを一つに束ねている。服装は今しがた調達してきたような安物で、しかしみすぼらしさはない。それは今もスタンガンを手に掴むと、ゆっくりと体を起こした。


「凄いネ、にーさん」


 意外なことに、向こうの人物は平静を保っている。口調がすこしふざけていたが、それま今のハリヤマには特に重要視することではない。


「後ろから行ったのにフツーに避けるんだもんダ。少しダケ驚キマシタ」

「おまえ、その子の保護者?」


 そんな、答えが分かり切っていることを聞く。保護者としても、別の男に話しかけられてい

るだけでその人物を昏倒させようとするのはいくらなんでも過保護(バカ)が過ぎる。


「違うヨ。俺はただこの子の付添人? ミタイナ? まあそんあもんかな」

「はーん、そう。ちなみに、オレに襲いかかって来た理由とかってある?」

「もちろん。そりゃ誰彼構わず襲うような通り魔じゃないんだだからサ。理由くらいはあるデショ。人間なんだしそれくらいの節度は弁えないとネ」

「じゃあ、今のはその必要があったからやったと?」

「それ以外にはありまセン。そんなワケだからさ、ここで他の方に迷惑をかけないよう、道を開けてくれマセンカネ? ほら、過度な暴力はここじゃタブーデショ」


 最初にスタンガンなどを持ち出してくれた人間に言われたくはない。


「――ハリヤマ・ネズ」


 そこで、車椅子の人物が初めて口を開いた。聞き覚えのある声だ、どこかは忘れたが、その声をハリヤマは依然にどこかに聞いたことがあった。


「ハリヤマ? あ、このヒトの名前?」


 緊張感のない声で、少年が車椅子の少女に訊く。少女はそれには答えず、その顔をハリヤマの方に向けた。


「――っ、あんた」


 驚愕する。


 その、上げられた貌は、正しくキカクの統括者、一月前に死亡したオリガ・カナエそのものだった。


 そうだ、声に聞き覚えがあったのは彼女のものだ。実際に会って話をした彼には分かる。

 しかし、オリガは一月前に死亡したはずだ。ならば目の前にいるこの少女は一体なんなのか。


「まさかな」


 馬鹿馬鹿しさも極まれり。状況がふざけ過ぎていて笑いが漏れる。

 この状況、統括者狩りなどというものが起こっている時に、この時点で、唯一のスラムへの攻撃反対派であった彼女の死亡した時に、そのオリガ・カナエとまったく同一の顔を持つ人物が現れるなど、都合が良いを通り越して異質である。


「あんた、一体誰だ?」


 思わず口に出る。帽子を被った美しくも脆そうなそれは、一度ハリヤマから目を離した後、もう一度ハリヤマに視線を戻した。


 「悪いけど――」


 そこで、目の前の少年から声が発せられる。「彼女を今、にーさん達に渡すワケにはいかないんですヨ。まあ、俺はどうでもいいんだけど。それをすると色々人に恨まれそうなんで、今はこのおねーさんを逃がすことにするよ」


 少年の言っていることは分からない。ただ一つ確実なのは、目の前に見える少年が、恐らくはキカクの中に入り込んだ異物だということだ。


 ならば行うことは一つだ。キカクの中の不穏分子を排除する――さながら白血球となるのがハリヤマであり、Processingである。


 対人戦闘へ態勢を切り替える。自己防衛にとどまらず、相手の即時鎮圧を目的とした技術。例えアーマーがなくとも、武器を持った人物を鎮圧することを可能にした対人攻略。


 ハリヤマ・ネズという青年の技量を持って、鎮圧武術を使用した場合の鎮圧可能範囲は半径五m。その中に入っている人物であれば、例え多人数であったとしても五秒以内に全員の意識を落とせる。


 目の前の少年の身体能力もそれなりだが、それでも態勢に入ったハリヤマへは太刀打ちできない。そもそもとして、十五歳の少年の肉体と、二十歳の青年の肉体では話にならない。肉体の成長率が違い過ぎる。


 その瞬間、ハリヤマの身体に、何か電撃のようなものは走り抜けた。


 手足が痺れ、視界が歪む。軽い感電のような感覚だろうか。上手く手と足が動かせない。


「あ」


 そこで発見する。


 車椅子に座った少女が、自身に向けたワイヤーのついた針を撃っていることに。


 電力の出力を自由に調節できる、針を撃ち込むタイプのスタンガン。

 テーザー銃。

 それも、キカクの治安委員会がcleanなどの構成員に持たせているものだ。


 ハリヤマの衣服の中に収納されたものも同様である。もっとも、敵は目の前の少年一人と考えた彼は、病院のロックシステムを考え、武術の方が確実性があると考えてしまったため、使用を控えたものだったが。


 ハリヤマの身体が病院の床に倒れる。その様子を、撃った当人と、それを唖然としてみていた少年の二人が眼で追った。


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