ある医師とのトーク
「脊髄? あー、はいはい。人工脊髄ね。まあ、作るのはいいんだけど。まず、そこのお嬢さんのレントゲンを撮らないとどうにもね。え? 保険証がない? うーん、じゃあ一回家に取り返った方がいいんじゃない? 嘘みたいに高いよ、医療って。きみたちみたいな子供からそんなもの取るわけにいかないし。え? でも時間がない? うーん、そう言われてもねぇ」
キカク地域に到着した後、運搬人の男とは別れ、俺は少女と建設物地下三回になるメトロメディカルという病院に向かった。前に訪れた時にみつけたものだ。
なんでも地震などの天災の問題を考え、電力供給が常に行われ、かつ安全な場所という目的で、病院そのものを地下に建設すると言うなんとも荒唐無稽なことをする施設があると聞いていたのでそこへ向かった。
少女自身は何か不満そうだったが、彼女自身はキカクの医者にかかればいいと言っていたので、文句は言わなかった。彼女があくまで心配していたのは、公的な施設に対する自身の存在表明と、俺の手持ちだけのようだった。
――で、その地下の医院に着き、そこのまだ若いような、老けたような、その中間にいるような、要は初老入りたてというような医師に彼女のことを説明している最中である。
「それに、人工脊髄って、本人に合せるまでにすごく時間がかかるんだよ」
「あ、そうなんですか? ヤッパリ」
「当たり前でしょ。人の脊髄そのものを引っこ抜くの? あれは人の脊髄そのものをベースに、壊れた機能、つまり正しいパルスの道を機械に代用させることしかできないんだよ。それに機械だから永久じゃない。劣化もするし、定期的な取り換えが必要だ。彼女の人生全部を含めると――本当はこんな話ししたくないんだけど――これくらいかな」
その資料を手渡される。先頭に三の数字が付き、後ろにゼロの数字はいちにいさん――九個。人生総計で三億円。
アレ? ドコノ資産家デスカソレハ。
「ね、無理でしょ?」
空気を読まずに言ってくる。このドクター、人はいいのだろうがデリカシーななさ過ぎである。なにしろその患者を目の前にしてそんなことを言ってくれるのだ。これなら彼女が殴りかかって行っても不思議じゃない。
ふと、彼女の顔を流し目で確信すると、意外なことに、彼女は平坦な表情だった。こちらにむける威圧的な雰囲気も何もない。本当にただの、体の弱いお嬢さんのようだ。
「うーん、確かに高いですネ。特にその金銭的な問題面で。あー、えっと、じゃあ他に方法法とかはないんですか? その、なんていうか、ブリキの人形みたいな方法じゃないヤツ」
医師は首を傾げた。意外な。このヒトあの有名な童話を知らんのデスカ。
「そうだね。まあ、脊髄損傷に一番効果があるっていったら、オーガニックヒューマノイドかなぁ。まあ、お嬢さんみたいな歳の人には進めたくないけど」
オーガニックヒューマノイド。それは個人の肉体を、全くの無機物で代用する。つまりは個人の肉体を機会によって作成するということだ。
脳と神経系だけを残す全身系と、体の不能部分だけを取り換える部分的なものがある。前者は大脳辺縁系そのものを残して後は捨て、人形をと脳を接続するような行為なので論外として、後者は成長、変質する肉体に合わせてそのサイズを調整し、適度に新しいものを作っては付け直す必要がある。
どちらもあまりいい治療法とは言えない。
「じゃ、万能細胞で骨を作ることは?」
「できるよ。カンタン。でも不可能。カタチを作ることはできるけど、それを彼女の肉体に入れて、全神経とつなげるとなると、これはもう医療界かつてないほどの人道に反する行いなわけ。彼女の身体に負荷があっかるどころか、肉体そのものが耐えられないからね」
彼女は、その言葉を一字一句聞き漏らさずに受け止めていた。
その様子は、今までの彼女とは違う。
――いや、誰だ? このヒト。
「あ、でもいい治療法なら知ってる。でもまあ、これはお嬢さん自身が頑張ってもらわないとだけど」
「どんなものですか?」
彼女の声が上がる。それはかつての暴言を吐いていた口とは思えないほど澄んでいる。
「んー、完全な自己治癒だよ。ほら、知ってる? 数十年前にあった酸素カプセルって。人体の自己治癒を極限まで高めて、普通ならその何倍もかかる治療期間を格段に短縮するやつ。それがちょこっと進化してさ。今だと、大した薬品も使わずに、普通なら自己治癒をしない傷とかも治すようになってる。オキシジェンメディックって言うんだけど」
人体に送られる酸素循環を極限までに良質化し、人体の傷を、人体の代謝能力そのものが治癒してしまう薬を用いない治療方法。たしか、強い薬品に耐えられない老人などが行う治療だ。
「薬とかじゃ、ないんですね」
「同じだよう。薬品っていうのは、あくまで人体の回復促進を促すものがほとんどだから」
そう、薬はその効力を持って病を治すのではない。あくまで人体をその病に対抗するように促しているにすぎない。だから人体に治せない病は、等しく薬にも直せない。
「まあ、おじいさんとかだと体が弱ってるから、その効果も少しだけ落ちるんだけど。お嬢さんみたいな年齢なら新陳代謝も十分だから問題なし。ただし、脚の筋肉とか、パルスとかの流はお嬢さん自身でどうにかしてもらわなくちゃならない。要はリハビリだね。僕らはあくまでその手伝いをするだけ。実際にお嬢さんを治療するのは、お嬢さん自身の肉体と、お嬢さん自身のメンタルなわけ。
――といってもまあ、一回レントゲンとか撮ったほうがいいかもね。薬はあくまで人体に作用するものだけど。メスを入れることで、治らないものが治る場合もある。特にお嬢さんみたいな、外部からの負傷が原因な場合は」
あくまで、彼女の負傷は『感電』ということになっている。間違ってはいないのだろうが、そのあとの衝撃に至っては隠し切れないので、感電からの落下ということにした。まあ、うん。嘘は吐いていないので誰にも怒られないだろう。
「じゃあ、それでお願いできますか?」
彼女は細い声で医師に言う。だから誰なんだアナタ。
「あ、いいの? だから保険証持ってきなさいって。ん? 本当にいいの? んぅ。あんまりう気乗りはしないけどなぁ。じゃあ、今日はレントゲンだけ撮ってよ。料金は分割払いってことにしておくから」




