少年達の密談
『通信なんざしてないだぁ?』
『ああしてない。おまえ、それ誰からだったの?』
通信を受けて戻って来たラトという少年は、リーダーである針山の発言を聞いて愕然とする。
その姿を見て、他の人員は薄ら笑いを漏らした。
『――じゃなんだ。俺は幽霊でも見たってか?』
『幽霊? マジで? というか、普通に考えて人的鎧の通信システムを疑うのが普通じゃないか?』
一瞬、そんなことを考えることそのものが普通ではない、という空気が辺りに蔓延するが、本人は気が付いていない。
『その鎧、ちゃんと調べておかないとかもね。――ところで、ラトくん。その車に乗ってた人って、何人だったの?』
『二人。廃棄員のおっさんと車椅子にのった子供。おっさんの方はこっちの住民だった。正規の職員であることは鎧が確認した』
『ふーん。じゃあ、そのもう一人の方は?』
『さあなあ。顔は見えなかったし。なんか、レトロな帽子を深々と被ってた』
『――帽子?』
そこで、ハリヤマは反応する。
『そうか。で、性別はどういう人間かわかるか?』
『――たぶん女』
それだけ分かれば十分。それは、ハリヤマ自身が持っている情報と符合する。
『あー、ラトくん。それと諸君。作戦までの時間ちょっと付き合ってくれよ』
『――報酬は?』
一人から声が上がる。まあ、仕事の仲間として集まっている彼らには最優先事項だろう。
『この場にいたって報酬を貰ってるおまえらに報酬を求める権利なんてないの。――ま、それでも強いていうなら、おまえらのアイドルである、そのオリヒメちゃんのそっくりさんに会えるかもだぞ』
『あ?』
その場の全員が、目の前に呑気にy経っている男の発言の意味がわからなかった。
オリガ・カナエは死亡した。
それが、各人の悲痛なニュースとなって通過したのは、まだ近い話だ。
『どういうことだ、と。そうだな、これは説明しないつもりだったんだが』
思わせぶりに呟いて、黒いアーマーは向こうのスラムへ指を向ける。
『数時間前、おまえらよりも先に向こうにいったcleanの人員でな、ちょっとおかしい奴がいるんだな、これが。で、それがこれなんだけど、どうだ諸君。見覚えある?』
ハリヤマが空中に表示したのは、各人の眼から見て紛れもない、オリガ・カナエの顔だった。
『――なんの冗談だ?』
集団の一人から怒気の含まれた声が上がる。それを耳に入れて、ハリヤマは肩を竦めた。
『冗談じゃない。これは俺達の御同輩、何千人といるcleanの構成員の一人だよ。もっとも彼女はまだ新米で、この人を見たという人は少ないんだそうだが』
女性の画像撮影日は今から二週間ほど前になっている。それはまだオリヒメが殺害される前のことだ。
『まあ、おまえらも知っての通り、オリヒメは死んだ。でもな、この人物は今も生存している。オリヒメと全く同一の顔した人間が、近くにもう一人いる』
その事実を口にした時、集団の中から声が上がる。
『いや、それはオリヒメだろう? 今、顔認証を行ったが、オリヒメの顔と九割以上の適合率を示している』
『だーかーらーさ、別々の人間だと言ったろうが。この人物がcleanには言った時、オリガ・カナエはキカク地域の会議に出席していた。だから彼女がオリヒメということはあり得ない』
その言葉を聞いた時、各人に明確な失望の色が浮かんだことは言うまでもない。
『じゃあ、彼女はなんだ?』
『さあ。そこまでは知らない。まあ思いつくけどね。姉妹とか整形とか、あるいはそっくりさん? そんなもんじゃねえの?』
『――それを、俺達に伝えた理由は?』
『着眼がいいねハツカくん。まあこの人自身は、単なるオリヒメのそっくりさんでしかないわけ。でも、今は少し状況が悪い。これ、どういう意味が分かる?』
その場で、その意味を汲み取れないものはいなかった。
『オリヒメの復活?』
『順序を吹っ飛ばせばそうなる。今はオリヒメが死んで、もう一人の統括者を立てようと躍起になっている。しかし連中は、妙な人間が統括者になるより、いない状況のほうが好ましいんじゃにゃーの? オリヒメって、今までさんざキカクの在り方に反発してきたわけだし。とかの統括者も今度は同じ轍は踏まない。ならどうするか。オリヒメとよく似た顔の人物をそこに置き、自分達のいうことを聞かせるのがいいんじゃないか』
すべてはそういった判断だ。
オリヒメの死亡は既に報道されてしまったが、そんなものはクローンとでも発表すれば説明が付く。そもそも人間のコピーを作ることは珍しい事ではないのだ。DNAが適合したのもその理由で、その後で、本物のオリヒメが生存していたという事実を告げればいい。
これで、自分達には逆らうことのない、偽のオリヒメが出来上がる。
『おまえらもオリヒメちゃんのおかげでキカクの問題には目を向けていただろう? まあ、そのPRをしてたのは他でもない彼女なわけだし。それで、どれだけあのお嬢さんが他の統括者に鬱陶しく思われていたか、知らないわけでもないだろう』
『――おい、それって』
殺害のことを口にしているのか。
であれば、オリガ・カナエという少女を殺害したのは。
『ま、これ以上は自分の雇い主たちへの反逆になっちゃうかもしれんので、深くはいいません。あとは各人勝手に推測するように。集団のパフォーマンスを落とされたくないから、してほしくはないけどね』
最悪のタイミングで話しを切ってくれるリーダーに対し、その場にいたメンバーは沈黙する。
いや、言うなら最後まで言えよ、という空気が辺りに充満する。
その様子を視野に入れて、黒い人的鎧を着た人物は、他者から見ても明確に分かるほどに肩を落とした。本心から呆れたように、。あーこいつら理解力ねえなと蔑むように。
『あのさ、そのために、作戦の直前までそいつらを捜索しようといってるんだろ。一応おまえらの意見――というか要望? は取ってはずだぜ。ここに待機しているのは五人くらいで充分だろ。それまで、まあ、片方はアーマーを脱いで建物へ、片方はアーマーのまま待機すりゃいい。作戦までまだ十時間くらいあるんだ。それくらいは可能だろ』
『そりゃ、オーバーワークっていうんだ。少しくらいは休ませろよ』
『休ませるよ。過度な労働が美談なんて言われてたのは過去の話だ。そんなんじゃないって。まあ、いうなれば、オリヒメのそっくりさんに会えるかもしれない唯一のチャンスと受け取ったらどうよ? おまえら大喜びだろ』
『おまえ、俺達をなんだと思ってんだ?』
その声には若干の憤りと、大方の呆れが含まれている。
まあ、この様子であればハリヤマの言う通りになるだろう。彼らは彼らで自らの望むところの意図が見えていない。
つまりは受け入れられていないのだ、彼らは。
自身が崇拝する人物が死亡した。その事実は彼らの精神に著しく影響を与えている。それは彼らが、他でもないキカクの治安を任される立場であることからも明白だろう。その立場にいながら、彼女を救うことが出来なかった。そんな甘い妄言を考えているのかもしれない。
そんなことで仕事がおろそかになってしまっても困る。――いや、ハリヤマとしても精神的な問題には理解がないわけではないし、その部分を見抜く洞察も持っている。だからこそ、ここで立ち止まらせているよりも、何かしらの行動が必要だと考えた。
今回は、そのいい機会になったと言えるだろう。
『で、どう? 私情が含まれているから、さながらストーカーとも取れる行動だけど、やる?』
ハリヤマの質問が飛んでくる。その場にいる二十名近くの少年たちは、白い科学的な鎧の中で、何を考え、どのような表情をしているのか。それはハリヤマには分からない。
だがそこから出る空気感は、三者三様なものを持ちながら、その目的意識だけは一致していた。
ただ一つ。オリヒメという存在に対して、他意のない会合の感情。
彼らが一様に言葉を紡ぐのに、そう時間はかからなかった。
『やる。十時間でいいんだな』




