一先ずの安堵
服の中から端末を取り出す。感度はよくないが、まあ仕方ない。設備の整っていない地域での通信に贅沢は言っていられない。
人的鎧の頭部には通信機を取り付けたコンピューターが、メインとは別のものとして設置されている。
例えアーマー人的鎧全体が破損し、起動条件であるバッテリーが完全に壊れたとしても起動できるものが、右胸の部分に内蔵されている。彼女が乗って来た人的鎧を分解した時に仕組みは理解した。あとは、その波長の検索方法を短時間でどれだけ模索できるか。
『あー、ちょっと、帽子を取っていただいでもよろしいですか?』
思ったよりも行動が早い。まずはこの車の運転手の身分確認が先だろうに。もしくは、人的鎧にはすでにキカクの住人の画像を自動検索し、当人がキカク地域の人間かどうかを調べるシステムでも作り上げたのだろうか。
まあ、そんなものなどなくても、彼女の顔には見覚えがあるのだろうけど。
通信システムへの侵入は初めてだが、まあ、実物がそこにある以上、もっとも近い波長を検索、操作すればいい。
人的鎧は常に自身の位置をどこかに送っている。例を挙げれば衛星のシステムが近いだろう。こちらが持っている端末は旧式だが、彼女の鎧にあった通信システムは取得している。
あとは、彼の鎧の波長を汲み取るまで。
――検索は完了。
方法は未然。
しかし、計算のシステムであれば、その波長は受信可能。
半径十m以内の通信機を検索。
反応は五つ。その中からさらに絞り込む。
――見つけた。
『――?』
車の向こうで、白い鎧が自身に何らかの通信が入ったことを確認する。
釣れた。針にかかった獲物は目当てのものだ。あとは、それが逃げられるよう、そこから誘導するのみ。
端末のボイスチェンジャー機能を使う。だが、ただ声を変えただけでは不信感を持たれるだけだ。それは彼に不正な通信が入ったということを伝えることになってしまう。
通信システムから鎧の記録へアクセスする。そこまで詳細な設定はいらない。要は、この人物が前に通信を行った人物の声色を真似ればいい。その機能は、この端末にならあるはずだ。
こちらの端末から、彼の鎧の内部に声を発する。
『あー、悪い。至急そこから戻ってくれないか?』
発信元は俺なのだが、通信端末の変換によってその声は向こうには別のものに聞こえている。誤魔化しが訊かないのは、その人物の口調だけなのだが。
声を発してから一秒。言いようのない緊張が俺を包む。動かしたはずの舌が痺れたようになるすべては、向こうの人間が気付くか、気付かないかにかかっている。
『――え? なんすか? 何か用が?』
こちらも成功。アレは俺の不正アクセスに気が付いていない。ラッキー。
『ちょっと問題があってね。悪いけど戻ってきてくれないか』
『いいけど。でもいいのかよ。そっちには人員も十分にいるだろ。それに、この車を見てこいと言ったのはアンタの命令だ。リーダー』
リーダー。そんなものがいるのか。まあ、俺は彼らのリーダーではないし、その文句は受付にないとして、やはり向こうにはそれなりの人数がいると見える。
『だから問題が起こったの。確かに言ったのは俺だけど、どれより重大なことが起こった。がから帰って来てよ。そいつらは検問の人たちに任せりゃいいでしょ』
向こうは長らく黙った後、小さく舌を打って一言「了解」と言った。
行儀が悪いようで物分かりがいい。
『あー、すいません。こちらの仕事がはいってしまったようで。手数ですが、キカクの検問を通って貰えます?』
「はい、始めからそのつもりです」
その一言を聞くと、人的鎧は「では」と言ってキカク地域の方へ走って行った。こちらからキカクへは五百mという位置にまで来ているが、人的鎧はその距離をわずか二十秒ほどで走り抜けていった。
その姿を確認した後、我々ワゴン車にいた人間が大きく息を吐きもらす。
「なんだったんだありゃ」
運転席の男が言う。彼にしてみても、人的鎧が来るとは予想していなかったらしい。彼の人的鎧に対する対処は、あくまで推測に基づいて行われたものだったか。
「やー、あーぶなかったね」
などと言いながら、図々しく車内に乗り込む。その様子を確認した二人は、こちらを非常に白い目線で出迎えてくれた。
「おまえ。来た途端に一人で逃げやがって」
「えー、だって怖かったしぃ。それにあんなんに睨まれたらヒトタマリもありませんワ」
「おまえ、車から弾き落としてやろうか」
「――それは、私も賛成する」車の中から少女すら口を開く。
なぜか二対一だった。
誰も味方をしてくれないワ。
「おい、おまえ――」
けど行ってくれたよかったぁ、と胸を撫で下ろしていると、ワゴン車の中からこちらを物凄い形相で睨んでいるお嬢さんが一人。
「――一体、何した?」
「別に。たまたま通信がきたんデショ。いやヨカッタねおねーさん。これでおねーさんの治療を邪魔もなく行えることになりマシタ」
「…………」
向こうは何か納得できないという顔をして、こちらから目を離した。
まあ、アレは完全な守秘義務なので、簡単に教えるワケにはいきません。
「じゃあ、俺達はこのままキカクへ行くってことで問題はないのか?」
「その質問がくるってことは、あなた的には今キカクへ行くのはご不満?」
「不満っつうか、行かない方がいいだろ今は。何か向こう、必要以上に警戒を高めてる。自分達に近づくやつら全部を検問してるみたいだったぞ」
「でも、ここで引き返したところで、スラムは今日中にキカクの攻撃を受ける」
言った瞬間、運転手と車椅子に座った少女はそれぞれ嫌な顔をした。
「もしかしたら、キカクにいた方が安全かもヨ。ほら行った行った。俺達の道に後ろは存在しかないのデス」
運転手の男は渋々といった感じにアクセルを踏んだ。まあ、彼的にも今はスラムよりもキカク地域に潜んでいた方が安全と踏んだのかもしれない。沈没寸前の船同士が攻撃を始めて、どちらにいた方が生き残れるかを選んでいるようなものだが。
なだらかな坂道を車輪は進んでいく。
ふと、後ろを見ると、車椅子に乗っている少女の手が、車内の振動とは関係がないほどに不自然に震えていたが、見ないことにした。
人の感情に踏み入ると、昔からロクなことがないからだ。
その範囲――その瞬間にだけ、彼女は俺と出会った人物ではないような気がしたが、まあそれも気のせいだったと思おう。そうしておいた方が楽だ。




