職質って不快だね
「おい、あれ人的鎧じゃねえの?」
車に乗っていた少女から声が上がる。そんなものは既に見えている。わざわざ隣の席にいる彼女に言われるまでもないのだが。
「そーだね。このままだと確実に見つかる。ま、難航なのは知ってのことだし、対処はできると思うケド」
そう言ったが、運転手と隣の少女は警戒を継続している。まあ、それが正しい反応だ。
スラムの人間がキカク地域に行くための方法は幾つかあるが、そのなかでもある程度有効なのが、一週間に一度だけくるキカク地域の廃棄物を運んでくる外装者。それに模した車をキカクまで走らせ、自分たちはその従業員として成りすますことである。
さすがにキカクまでの道を徒歩で移動するわけにはいかないので、普通は車での移動となる。数十年前からリリースを続けている、極めてオールドなタイプの乗用車だ。もちろんビンテージものではなく、ジャンク品をかき集めての模造品である。
スラムの人間には何人かこういった模造品を作り、キカク地域へ侵入を行う者がいる。キカク地域の製品は、スラムでは高騰するからだ。無論受容によるが、その稼ぎは現在スラムで暮らしている者の中ではかなり有益な部類に入る。
スラムの人間をすべて換算すれば、最大人口は二十万人。顧客がそれだけいれば、キカク地域の中に入って物資を大量に購入し、スラムで売る行為は、さながら輸入と輸出の原理に近い。まあ、キカク地域には無断で入っているので、どう考えても犯罪行為にすぎないが。
車には少女の座っている椅子がそのまま乗っており、その高さによって彼女は車の揺れで何度か頭をぶつけている。キカク地域に着いた後の方が俺には恐怖対象だが、まあ、キカクに着けば頭部の良い治療法くらいは存在するだろう。
「スイマセン、人的アーマーが来た場合はどうやってやり過ごすんです?」
運転手に尋ねる彼は強くハンドルを握った後に、こちらに高速で接近している人物を視野に入れながら、ゆっくりと発言した。
「向こうに知ってるやつがいなければどうにかなる。従業員の正規データを求められたらキカクに着いた時点でエスケープする。そんなところだ。ああ、ついでに俺は正規職員だから心配するな。きみ達がヤバくなっても一人で素知らぬふりをするだけだ」
「ナルホド、スバラシイ」
つまるところは、人的鎧の人物一人をやり過ごせばいいだけなのか。
難易度が低いの高いのか。まあ、高いんだろうなたぶん。
そこで、ワゴン車の後ろ側にいり少女に目を向ける。彼女は自身の頭部を両手で覆い、時々ぶつける胴部をそれで守っていた。病人に対してこの仕打ちは酷過ぎるような気もするが、まあ、椅子から降りないと言ったのはそもそも彼女なので文句は言うまい。
「知ってるヒトはアブナイんだって。拙くない? おねーさん。おねーさんの顔、キカクの人間ならご存知かもヨ? それとも、正直に有名人のパチモンだって言って納得してもらう?」
「…………」
彼女は答えない。何かむすっとしているような表情をしたまま、同時に何か不安に満ちた表情をしている。まあ、これは多分にご機嫌ナナメなんだろうなぁ、というのは言わないでも分かる。
「一応、ワゴンの中に変装道具は容易してるが?」
「いやー、通用しないデショそんなん。人的鎧である以上、体格と顔のバランスを算出するシステムくらいは内蔵してるんじゃない? 一応インターネットへのアクセスもできるんだから、個人の記憶になくても自動検索がかかるかもヨ?」
それに、そんな小細工が彼らに通用するとも思えない。
まあ、彼らとしてもキカク地域からくる車があるから寄って来ただけなのだろうし、警戒心はまあ、マックス百だとして二十五くらいだろう。
向こうの人影がキカク地域から道路の上に到達する。人的鎧との距離は目算五百mほど。ずいぶんゆっくり走っているな、と思ったが、それはあちらがこちらを警戒しているための走行なのだろうか。
人影が走ってくる。――三秒、すでにその人的鎧はこちらを上回る速度で走ってきている。
あちらの手足が明確に視認できる距離まで到達すると、向こうの人物は何か身をかがめる姿勢を取る。その態勢には見覚えがある。より厳密に言えば今から数時間前くらい。
「ストップ!」
「止まれ!」
俺の声と後ろの少女の声が響いたのはほぼ同時だった。瞬間、車のすぐ横の地面、道路ではない土の地面が大きく消し飛んだ。
爆薬でも投下されたかのように、砲弾でも飛んできたかのように、すぐ隣の地面が勢いをもって抉られた。土が数メートル上まで巻き上げられる。
危険を察知したからか、その運転手はその瞬間アクセルを踏み、そこから二十mほど離れたところでブレーキを踏んだ。すべては突然な動作で、故に準備をしていなかった俺と少女は、車の振動に身体を揺らされることになった。次いでブレーキで心臓が衝撃を受ける。
「――げぇ」
シートベルトに締め付けられてそんな声を発しながら、俺は停車した車内から砲撃のような衝撃を受けた地面の方向に目を向ける。
そこには、少し前にみたことのある、一つの白い人の形をした兵器が、巻き上げられた土を被りながら立っていた。
数時間前、つまり後ろに乗っている少女の乗っていた人的鎧とは違うところは、興味な文字のペイントなどがないところ。そしてその所作一つ一つが、人間の動作とは異なる、まるで人的鎧を扱う為に慣らされた動作であるように感じたことだ。
トップランカー。
人的鎧という、人体が装備可能な兵器としては最強のモノを扱う仕事に選んだ、その道のプロ。
それが、土の地面を大きく陥没させながらそこに立っている。
白い、幾何学的な体躯に、首から上はパノラマセンサ。顔の場所が判別できるようにと一部だけ斜面のようになっている部分は、その全体の視界をもってこちらに向けられる。
車内の状況と人数は把握されただろう。内部の人間の顔までは視認されたかどうかは分からないが、向こうが知りたい情報は必ずそこにある。
そして、人的鎧に顔を確認されたならば、その映像は保存されキカク地域全域に浸透することになる。いや、下手をすれば地球上に蔓延する。それがネットワークというものだ。
向こうの人型がゆっくりとこちらに歩いて来る。その時にはすでに俺は車内から降り、車の陰に潜んでいる。
といっても、向こうには熱源センサーがある。半径五十mを範囲に入れるセンサー。例え車の陰に隠れたところで、どうにもならないほどの精度をもって場所を特定される。
しかし所詮はセンサーである。一昔前のレーダーと何も変わらない。その昔上空をレーダーい映らないステルス機という爆撃機があったことから、その通過方法はすでに技術として成りたっているのだ。
レーダーとは光による物体の索敵である。レーダーとセンサーの技術は、その光や入力による結果を、画面に出力しているだけにすぎない。つまり、有機的な接触によってコンピューターの計算を行っているのである。
では、その光そのものを吸収する物質であったならば? 接触した光はレーダーには帰って行かず、その存在を画面には映せない。要は電磁のもんだいなのだが――まあ詳しいことは俺にも良くは分からないので省くとして、要するに、あの人的鎧のセンサーは生身でも十分に誤魔化せるということだ。
センサーを阻害するためのステルスウェアは既に身に纏っている。これによって、俺はまずあの人的鎧に見つかることはない。
鎧が車に接触する。運転席の窓を叩き、その遮蔽物を取り除くように命令する。
『あ、えっとすみません。突然ですが、よろしいですか?』
以外にもかなり律儀な口調でそのランカーは運転手に尋ねた。
運転手の彼は、偽造した職員の帽子をいじりながら、はあ、などととぼけている。
『乗ってるのは二名だけですか?』
「いいえ、もう三人いるんですが、そちらはスラムでまだ仕事があるようで。私は後ろに乗っている方をキカクに届ける義務を負っています」
『あー。……えっと、失礼ですが、そちらの方はどういう』
言って、人的鎧はワゴンの中の車いすの人物に目を向ける。
――拙いな。
彼女の顔をキカクの人間に見られるのはよくない事態だ。本物ではないとはいえ、彼女の顔はキカク住民からしてみればそれこそ警戒の対象になりかねない。
人的鎧の視界に入らない、遮蔽物がある地点で車内を覗く。
少女は与えた帽子を目深にかぶりながら、自身の長髪をすべてその帽子の中に入れ、顔をしたに下げていた。
そうして、目があった。
彼女の表情は緊張で強張っている。その理由が分からない。彼女は元々はキカクの人間なのだ。ならば事情を話せばあっさりと迎え入れられるかもしれないのに、どうしてそんな顔をしているのか。
目の前にいる人的鎧の人物は、そこまで好戦的な人物には見えない。かなり柔軟な判断ができる人間だろうアレは。
彼女と目が合って数秒。その表情を確認する。
彼女の表情は強張り、怯えと焦燥が綯い交ぜになったようになりながら、どこかに助けを求めていた。
「…………」
――おまえ、私を護れ。
そういった彼女の言葉が脳内で反芻する。おかしなものだ。本来ならそれを求めるのは目の前にキカクという枠組みにいる人間だろうに。
仕方ないですね。
護るの定義はよく分からないが、今回の場合は、目の前の対象を排斥するということが、実質「護る」の定義に入るらしい。
といっても、暴力による解決はよろしくないだろう。
ここは穏便に平和的に、こんな荒野の大地に主張してまでお仕事を真面目に頑張っている彼自身には、ちょっとした詐欺に騙されてもらうこととしよう。




