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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
技術廃棄街への制圧を一時中止、監視に努める 行方不明者二名
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お客様のお帰り

「アマカワ」


 そう声をかけてきたのは、人的鎧(ヒューマノイド)がいなくなったと聞いてひょっこり地下から顔を出した精神科医だった。申し訳程度の白衣をまとい、頭には野球帽などを被っている。彼はいつも通りの警戒心の強い瞳で、だが確かな診察の結果を俺に提示する。


「一応終わった」

「そうですか。それはありがとうデス」


 彼からそのファイルを受け取る。それは彼女に対する診察の結果。

 無論、彼は外科でも内科でもないため、彼女の負傷した脊髄の治療は不可能だ。――というか、そんなことをすればおれが彼女からどのような報復を受けるか分からない。


 彼に頼んだのは、あの少女の一応の応急処置のようなものと、ちょっとしたカウンセリングである。それも旧世代式の、今では廃れてしまった精神構造分析。


 ――まあ、言うほど立派なものではなく、単に幾つか質問をし、向こうの返答によって、(ノー)準値(マル)に近いことを口にしたか、していないか、そしてその返答の内容がどちら向きであるのかを、既存のデータを元に判別するということでしかないのだが。


「あー、えっとドクター。俺、これ渡されても正常に見ることができないんだけど。専門用語の羅列を一般人に渡されても、ネエ?」

「結論を言えば」


 彼は、自分の後ろ、廃墟の建物の中で椅子に座っている彼女をちらりと見ながら発言する。


「彼女は、完全な異常者だ」


「ふーん、どうして?」

「理由は言語化では難しい。それはおまえが感じてもらうしかない」

「ふーん。でも頼んでおいて言っちゃなんだけど、あなたのカウンセリングは数十年前の、体制が崩される前の精神構造学なワケデショ? その裁定が遅れていて間違っている可能性はあるんじゃないノ?」


「…………。さあな。しかし俺は、あくまで今のキカクとかいうところの精神構造そのものが間違っていると思う。向こうじゃあの子は正常なんだろうが、こちらじゃ完全な異常者に違いはない。たぶん、向こうの人間はみんなこうだぞ」

「ソレって、元々向こうにいたドクターの意見?」


 ドクターは怒るでもなく、ただ嫌な顔をしたのみで、俺を睨みつけた。逆上ではなく、正常に物事を見ての判断はタイヘンよろしい。


「で、おまえはどうして、あんなんの世話なんてしてるんだよ。そもそも、あれは俺達を処理しに来た人間だぞ。早いとこどっかへやった方がいいんじゃないか?」


「そうだな、だからキカクへ行けと言ってるんだよ」


 ドクターがびくりと肩を震わせる。彼が後ろを向いた時、すでにそこには一つの拳が彼にめがけて放たれている。


 すんでのところで、彼は拳を受け止める。車輪の推進によって放たれた拳は、確実にドクターの腹へ突き出されていた。


「人のことを裏でこそこそ勝手に話しやがって。あのつまんねえ質問みてえなのはそのためのものかよ。くだらねえ」


 彼女は言って、車椅子を後退させる。

 その様子を視野に入れた後、ドクターは彼女から後ずさった。


「なあアマカワ、俺、この人苦手だ」


 彼は既に逃げ腰である。こういったところが彼の美点だ。何者にも冷静に判断し、スラムの人間でありながら暴力行為を極端に嫌う。いや、この技術廃棄街において、暴力によって幅を利かすといった人物は、いないのだが。


 なぜなら、そんな危険分子は即刻排除するのが、俺達の治安維持だからだ。


「なんか、以外だな。ここはもっとゴロツキみたいのが闊歩しているところだと聞いてた」


 彼女は自身の拳を見ながらそんなことを言う。それなんてウェスタン?


「ゴロツキは他でもないおねーさんの方だと思いマスヨ。それはそうと、ここからでもおねーさんのその車輪があればすぐにキカクに行くことは可能だ。どう、ここでおねーさん一人でキカクに行くっていうのは?」


 その瞬間、彼女の目つきがじろりと、こちらに確かな攻撃力をもって向けられる。


 俺とドクターの二人は、二人して蛇に睨まれたように硬直した。

 いや、マジ怖ぇえこのヒト。


「嘘でしたスイマセン。キカクまでお供させていただきマス。ま、つっても大したことじゃないヨ。俺も丁度、キカクに意向かしらって思ってたところだったし」

「あ? おまえが?」

「清潔にして、きょろきょろしなければ意外にスラムの人間だって気づかれないものヨ? 案外みんな他人のことに無関心だもん。まあ、これが時代なのかもしれないケド」


 彼女は、何かこちらを睨みつけながら椅子を動かし始めた。

「あ、ところで俺の報酬は?」


 ドクターが口を開く。彼は彼で隙がない人間だった。


「今俺の部屋にある、渋いコーヒー豆があげますよ。あと鎧狩りに成功したから、そのおこぼれ? そんなところかな」

「その人のカウンセリング、全部おまえが払うつもりかよ」

「真面目だねドクター。やっぱり、治療なら治療を受けた人間が、その治療費を払うベキダト?」


 そこで、先行していた彼女の車いすが動きを止める。そうして、少し大きめに回ってこちらに振り向き、俺とドクターの方へ向かってくる。


「報酬は、キスで十分か?」


 ドクターに近づいて、彼女はそんなことを呟いた。何か巨大な危機を察知したかのように、ドクターは反射的に、ほとんど本気で彼女から後ずさる。


「治療費は只でいいでーす。気持ちも何もいりません、早くキカクの方へ行ってちょうだい」


 はっ、と彼女は笑って、ドクターから元の道へ車輪を回して言った。


「恐ろしい人だよ、あれ」


ドクターが俺に言ってくる。流し目でそれを確認しながら、俺は彼女の後を追った。


「まあ、ヤバくなったら考えるヨ。じゃあねドクター。近いうちにまた人的鎧(ヒューマノイド)が来るらしいから、もう一度逃げておいた方がいいヨ」


 ああ、と彼は手を振った。


「ところでドクター」

 俺は、そんな彼に尋ねる。


「その帽子いつ買ったの?」


 彼が被っていた野球帽。それは今まで彼が被っていなかったものだ。


「あー、安かったから買った。俺、最近野球とか始めたから」

「ふーん。カッコイイじゃん」


 ドクターは黙って、自身の診療所――といっても一切の器具もない廃墟――に戻っていった。彼の住処はどうやら無事であったらしい。


「おい、早いとこ行こうぜ。もうじきやばいのが来るんだから」

「うーん、そのやばいのってさあ、おねーさん達の価値観的にはどれくらいなの? もしかして帰って来てみたら廃墟の街が瓦礫の街に成ってたとか笑えない」


 椅子越しに俺を見ると、彼女は同じようなもんだよ、と言った。

 マジデゴザイマスカ。


「私を潰したときみたいにはいかない。おまえが人的鎧(ヒューマノイド)を持っててもたぶんコテンパン」

「それも集団、かな?」

「なに、本気で撃退でも考えてる?」

「どうだろ。まあ、俺がやらなければ他のヒトがやるだけだから、あんまりカナ」


「他だ?」

「今は、それはいっかナ」


 言って、スラムの街の道を見据える。それは、向こうの白い角ばった建物に向けられて伸びている。スラムの方は茶色で、キカクの方は灰色。その境に入った時点で、俺達は恐らく向こうの住人から監視される。そうならないように手順のようなものがあるのだが、まあ、それを彼女に言ったところで納得を得られるだろうか。


 一応スラムを出る時点で、彼女に対して言ってみるか。


「ところで、あれ、どうしたんだよ」

「アレ? アレって?」

「鎧だよ鎧。殺人に使われた人的アーマーなんぞもってたらそれこそ拙いんじゃねーの?」

「あー……、アレねぇ。隠してきたよモチロン。じゃないとアブナイでしょ、俺が」


 その時、俺の方の通信端末が振動した。


 電話の訳はない。そもそも通話目的で所持しているわではないのだ。これは、単純に情報を集めるための媒体として所持しているにすぎないのだから。


 つまりこの端末が振動するということは、予め自分でセットした機能が作動した、ということに過ぎない。その知らせは、ほとんど俺自身に対してのみ、伝えられるべき事柄だ。


 今回、その端末にセットした事柄は――。


「あ、ちょっと拙いカナ」

 端末に移っている映像を見る単純にキカク地域に仕掛けたカメラの一つにすぎないが、ある特定のカメラはフォーカスからズームが出来る。


 そしてそのズームは、キカク地域の方へ向けられそしてその方向を捉えている。


 ズームを最大にして、そこに捉えたものは、白い企画の建設物の上に集結している、人的鎧(ヒューマノイド)の群だった。


 あれが、情報にあった「Processing」なのだろう。かなりの人数だ。グループ化された集団だという情報はあったが、あそこまでの人数とは考えていない。


 いや、というか、本当に拙くないか、アレ。


「こりゃー、俺達の危機かもネ」


 あの集団に一斉に攻め込まれたら、スラムの人間に残された手段は息を潜めて隠れるということでしかなくなる。彼らが何を目的としてスラムの点検なぞを始めたのかななてことは知ったことじゃないけれど、その余波が俺達にくるのはやめてほしい。


 スラムの住民の何割かは対抗もできるのだろうが、しかしこんな全面戦争みたいなことになったらどうにもならないのではないか。


「おい、ハンター」


彼女の声がする。


「おまえ、私を護れ」


「はい? 護る?」

「あいつらが来たんだろ? おまえの反応分かり易いんだよ。さっきも言ったけど、あいつらキカクの住民だろうと容赦ねえからな。もしものことがあったらよろしくって言ってんの」

「あーハイハイ」

「で、このままじゃキカクの住民全滅だが、これでいいのかよ?」

「よくはないな。俺の家もあるんだから。別に管理されているわけでもないんだから、こっちの生活を侵害しないでほしい。おねーさんはあれをどうやったら止められると思う?」


 彼女は、それには答えない。否。答えないのではなく、答えられないのだ、恐らく。


「まあ、おねーさんが思っているほどスラムの人間は簡単にやられたりしたりしないよ。彼らは彼らで結構タフなのデス。それより、俺達の心配をする方がいいんじゃないのかな? おねーさん、治療のためのお金とか持ってるの?」

「このナリでそう見えるか?」

「あー……」


 彼女の服装は以前のまま、完全な無一文であることには違いはない。


「え? じゃおねーさんの治療費ってのは一体誰が払うワケ」

「今更名指しが必要かよアマカワくん」


 こちらに初めて笑いかける少女。その刺々しいつぼみが、なんらかの気まぐれに咲いたかのように威力のある顔だった。ある意味では蠱惑的だ。正直に言って閉口するしかない。


「おまえ、新しい人工脊髄を作って、それで医者に任せるくらいの資金はもってるだろう? いや、持っていなかったとしても稼いでもらうぜ。私がこうなったのは、全部おまえの所為なんだから」

「あーはは。お皿洗いでもしましょうかネ」


 冗談のようにそういって、キカクの地域を見る。それは白い視覚が連なった世界。徒歩では数時間というところだろうが、さて、この少女を連れて歩けばどれくらいになるのか。


 端末に移った向こうの人的鎧(ヒューマノイド)の群は白い壁の上に乗ったまま、動く気配はない。


 なにかこちらの様子を、数十㎞も先から監視されているようでぞっとしないが、まあ、あそこから放射線状に爆弾が撃ち出されるわけでもなし。まだ警戒には値しないだろう。



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