オリヒメとヒコボシ
「――で、来てやったぞ」
「どんな理由? ソレ」
いきなり目の前に現れた少女に対し、俺は苦言する。
キカクにいることを間接的に許されたわけだから、この地域のシステムをさんざ利用してから帰ろうとさっそく機材を見学しようとした時点で彼女が来た。
「システムだ? アホかおまえ。この病院の中じゃインターネットも何も、通信の機材は使えないだろうが」
「あ、そっか。んー、じゃショーガナイ。ちょっと図書まで出張って――」
「来てやったのに移動しようとするんじゃねえよ。そんなに不満か?」
不満も何も、最悪である。
というか、こんなヒトだったけなぁ、このヒト。
「おねーさんなんか変わったネ。心機一転?」
「こっちが元々だと思えよ。今までのが極限状態だったんだ」
そういうものか。
まあ、何か言い訳じみているという点は指摘すまい。
「――で、数々の事件は解決? きみ、この五日で色々やってたそうジャナイ」
「……誰からきいた」
「誰からも。この五日間、おねーさんが頑張ってたってサ。ここに入院している数々の知り合いからそんなお話しを聞いたのデス。ところで、おねーさん」
「なんだよ」
「きみが俺に対してその口調を使うのって、もしかして『彼女』が理由だったりするわけ?」
沈黙。
彼女はその発言に数秒を挟んだ後、答える。
「そうだよ。どうしようもねえ自分を変えるために、せめて口調だけでも替えようと思ったんだ」
「ふーん。やっぱりネ。じゃあ何かな。もう一度統括者に返り咲いたりしたら、その口調のまま人民の前に立ったりするの?」
彼女はそっぽを向く。そのことについてはまだ考えていないらしい。
というか、この少女にそんなことができるとも思えないけどね。
「本来の自分を抑制するのは、等しく無意味な行為だよ。オリガ・カナエさん」
口調を変える。
おこがましいが、いいだろう。無意味な忠告をしてやろう。
「人間は個を重視しなければならない。現在は個性の自由を約束しているんだ。他者に迎合したり、他者に合わせる世界ではなくなっているんだ。そのためにこの制度を、細菌なんていうものを用いて作ったのだからね。きみのような子供がそういった体制を受け入れてくれなければ、私はこの世界を作った意味がなくなる」
彼女は、ベッドに上にいる私に刺すような視線を送る。
「何が作っただ。本当に今を作ったのは、おまえじゃなくて、別の多くの人民だろうがよ。おまえは、ただきっかけを作っただけだ」
「ほう、考えかたが変わったね。オリガ・カナエ。では、今の方針に賛成か?」
「馬鹿言ってんじゃねえ。そんなもん認めてたまるか」
「人は一人は生きてはいけない?」
「違うのかよ」
「別に。だが定義の問題かな。
それは、
他者に迎合してしか生きられないのか。
他者を利用してしか生きられないのか。
他者という別個がいなければ自己を判別できないのか。
他者と言う労働がなければ生きられないのか。
他者という生贄がいなければ生きられないのか。
それほど人によって違いはある」
「だから?」
「別に現在が他者を必要としていないわけじゃないだろう。あくまで労働という面では他者の力を借りなければ、キカク地域だって動いてはいけない。機械にすべて任せる、というサイエンテフィックロマンは実現しない」
「ほんっとうに気に障る喋り方だよなおまえ。どっかの人を思い出してイライラする」
「だから言ったろ? 彼と私は同じ種類の人間だ。それは、きみのような子供には理解できないのかなぁオリガさん」
「人間に人間は理解できないんじゃなかったのかよ」
「総合的に、かな。どれだけその人間を知ろうとしても結果的に二割も知ることはできない、というのが、私の八十年の経験から導き出された結論だ」
「経験かよ。くだらねえ。歴史に学べや」
「だから、私が歴史そのものだ。今の日本には、最悪の細菌事件がもっとも身近な最悪だろうからね。未来は老人が作るものではないが、老人の経験則を馬鹿にするものではないよ」
「おまえは――」
そこで、彼女は口をつぐむ。
「どうした? 言いたいことがあるなら言いたまえ」
彼女は言い難そうに口を動かす。
「おまえは、その、老人ではないだろ」
「――は?」
彼女の言っていることが分からない。それは、どういうことだ?
「おまえはあくまでの、ヒコボシの情報を脳に植え付けられた人間でしかない。だったらおまえは、ただの十五歳だ」
「――は」
笑う。
「はは、ははははははは、はははっははははははっははは」
それはまだ、面白い考えをする人間がいたものだ。
「いいね。オリガ・カナエさん。ユニーク! そういった考えかたをする人に出会ったのは初めてだ」
ヒコボシという彼と、今ここにいるアマカワ・フタリという個人を分ける。
あくまで私はヒコボシという人間の脳情報を受け継いだだけの子供であり、厳密的には彼ではない。
確かに、そういった考えもできるだろう。
だがね、と反論する。
「きみもこの一件で知ったはずだ。クローンとは、オリジナルの代わりを果たす為に生まれてくる。あくまでその責務を果たすかどうかは本人しだいだけどね。けど目的は一つだ。オリジナルが成しえなかったことを、肉体的限界を超過して行いたい場合に生まれる。そしてクローンは、オリジナルが存在しなくなった時点でオリジナルだ。きみの主張は、〝俺〟には通用しない」
「――そうかよ」
彼女は呆れたように言って、それきり言葉を発しなくなった。
まあ、意味のない会話をしたことは確かだろう。




