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統括者と製作者

 そこは一面の白だった。


 人間が生活する上での色ではない。故に人間がそこで生活することを規定していない。


 しかし、そんな場所にベッドが一つ。

 そこには、今も昏睡状態になっている一人の人間が見えた。


「…………」


 そして、その病室に入る権限を、私は持たない。

 面会は謝絶である。当然、喋ることのできない患者に合わせる義務は病院側にはない。


 今は安静。その一点だ。こちらからできることは、何一つなくなった。

 こちらは、人的鎧(ヒューマノイド)の対物グレネードでも破壊できない硝子を隔てた部屋から、その姿を見ることしかできない。


 向こうの機材に移る心拍は安定している。もし身体に異常があれば、その時点ですぐにナースコールが起動する仕組みになっている。


「――あ」


 そこで、私は一人の人間に出会った。

 髪の長い、電動の車椅子に乗った少女である。


「オリガ・カナエさん――だね」

「はい。無事でしたか、ミシゲ・ツクリさん」


 彼女、元キカクの統括者である少女は、こちらを見た後、硝子の向こうにいる人物に目を向けた。


「ノウスイさんはまだ昏睡が?」

「電気を脳に浴びたようなものだからね。そう簡単には目覚めないのだそうだ」

「あなたは大事ないんですか? 腹部を刺されたってききましたけど」

「応急手当は、あの統括者がしてくれたからね。異常に回復は早かった。今日日、腹に穴が開いた程度では、大怪我にもならないらしい」


 腹部に損傷を受け、そこから短時間で回復したことは異常であるとさえ言える。――というより、これは回復ではなく再生だ。現状の医学というものは、進化すれば進化するほど不気味に思える。


「あなたは? その足は動くのかね?」

「ああ、これは」


 そこで彼女は、なぜか照れたように自身の足を見下ろす。


「色々ドジったおかげで、回復するのが難しいだろうって」

「……なぜ笑える」

「ええ、まあ。回復できるらしいですから。一年からその後数か月で戻れるらしいっす」


 …………?


 何か違和感を覚える。なんというのか。


 この少女、前からこんな性格だったか?


「何か楽観的になったな。この一件を終えて何かかが変わったか?」

「ああ、かもしれません。私、今までの方が異常だったのかも」

「彼への高圧的な態度も?」


 それには、彼女は答えなかった。

 こちらから目を離して、オリガ・カナエは硝子に車輪を動かす。


「彼女、いつ目覚めるんでしょうね」

「さあ。しかし大した傷ではない。ただの昏睡だ。その内覚ますさ」

「もし――」


 そこで、彼女はこちらを見る。車椅子全体を回して。


「起きた人間が、ノウスイ・ソウフさんではなく、復元身体だったら、どうします?」

「…………」


 馬鹿な質問だ。

 そんな可能性の話を、この少女がするなど。


「さて、その時になってみなければ分からない」

「受け入れるんですか」

「だから、その時にならなければ分からない」

「――ごめんなさい」


 それ以上の追及はいい加減意地が悪すぎると思ったのか、彼女はあっさりと引いた。


「ところで、彼はどうした? もうスラムに戻ったのか」


 それを訊くと、彼女は一気に難しい顔になって、硝子に目を移した。


「どうでしょう。まだこの病院施設の中にいるはずですけど」

「モモタビ・マイリとはあれから?」

「……会っていません。そろそろ私に会いにきてもおかしくはないと思うんですけど。もしかしたら、このまま私を殺害しにくる、というのもおかしな話ではない」

「統括者には戻るつもりなのかね?」

「それは――」


 そこから先は、言葉が続かなかった。

 彼女としても、その点についてはまだ結論が出ていないと見える。


「…………。その時になったら考えます」


 挙句の果てに、こちらの口調を真似て来た。


「その時とはいつかな」

「自分の正体を隠しきれなくなった時、ですかね。少なくともキカク地域にいる限りは、この顔を晒せば分かってしまう」


 その言い方だと、統括者に復帰する見込みはあるらしい。

 まだ、そこに戻ることを懸念してはいるようだが。


「マスコミ関係はどうする? 一度死亡したと報道してしまった以上、きみの存在は虚実入り混じったことになると思うが」

「モモタビに責任を押し付ける――ことはできないけど、似たようなことはします。それに私はまだ、キカクの体制を変えることを諦めた訳ではありません」

「ほう、そうか」


 それ以上は言うこともない。


 元より、語ることばなどこの少女に対しては持ち合わせてはいないのだから。


「ところで、ミシゲさん。ノウスイさんがどうしてこうなっているか、知っていますよね」

「復元身体の自害だときいた。だがそれだけだ。それが」

「その、復元身体のことなんですけど」


 彼女の横へ行く。目線は硝子の向こうに眠っている彼女へ向けたまま。


「それが、なんだね」

「復元身体。彼があの場であのような行動に走ったのか」

「なんだ、そのことについて、きみに説明ができるのか」

「……まあ、何割かは憶測ですが」


 あれから、すでに五日が経った。


 彼女がそれまでに行っていたことは、ただぬくぬくと病院の施設で養護生活を送っていた訳ではないらしい。


「細部は、本人からの要望でお話しすることはできませんが、このキカク地域にはもう一度最悪の細菌が蔓延しました。電子媒体の中にいる復元身体はすべて死滅し、残された復元身体は人間の脳の中に入った個体だけになった。機械は利用できない。通信も期待できない。使用できるのは、特定の通信しかできない機材と、そもそもネットへの通信が不可能な機械だけ。すでに彼は、彼としての目的を達する上では絶望的な状態になっていた」

「ああ、そうだろうな」


 そんなことは、いわれなくても分かる。


「きみが五日をかけて調べ上げたのは、思考した結果は、そんなものか?」

「前座です。彼はヒコボシのコピーだった。そして結果的に、自身の目的を達せなくなって自害した。ノウスイさんの肉体を巻き込んで、という方法ですが。でも、それは、表面上です」

「表面?」

「言うなれば、ポーズのようなものです」


 彼女は、硝子の向こうに見えるノウスイ・ソウフに眼を向けながらそんなことを言う。


「私には、彼が本当に手がなくなったから命を絶ったとは思えないんです。彼は、やりかたは強引そのものでしたが、その行動原理は強いものでした。少なくとも、方法をすべて失っても、行動を辞めるような人間には見えなかった」

「では、なぜ自害を?」


 彼女は、そこでこちらに目を向ける。


 それは、すでに子供であることを放棄したかのような、強く真っ直ぐな瞳だった。


「こう考えてはいかがでしょう。あの行動自体が、あの状況で復元身体がとれる唯一の目標達成の方法だった――と」

「自身の存在を排除することで、目的を遂行する?」


 何か、分からない。


 そんなことをしたところで、そもそも復元身体という彼の行動は、すでに十分な意思表示をもっていた。今回の彼の行動そのものが、すべてにおいて他の人間にキカクというものへの不信感を抱かせる目的。


 Cleanの人的鎧(ヒューマノイド)に詩の数節を引用したのも、統括者の殺害も、キカク地域での暴動も、そのために行われたものだと。


「いいえ。彼は、すでに単一でキカク地域を崩壊させるだけの力は持っていました。例え彼が誰かにメッセージを送ることを行動に組み入れていたとしても、それはキカクの人間じゃないんです。別の世界の、キカクとはまったく関係のない別のフィールドにいる誰かへなんです。でも、あの行動は目の前にいる人間を対象にしていた」


 目の前にいる人間?


「私と、彼へです。ノウスイさんは――含まれていないでしょうね。彼女は、自分の中に存在する復元身体の存在を認知していなかったはずですから」

「多重人格的なもので、別の人格の記憶を共有できない?」

「はい。あ、でも復元身体のほうは、ノウスイさんの記憶を持っていたようですから、フェアではなかったようですけど」


 そう言うと、いったん空気を飲み込んだように黙って、オリガ・カナエは口にする。


「私は元統括者。そしてもう一人は――復元身体の最大の敵でもあった人です。その両者に自身の死を見せることによって、彼は、自身の目的を主張しようとしたのではないでしょうか。他でもない私たちに自分の意思を植え付ける為に」


 目の前での自害。


 それはすなわち、自身の存在を永久に他者に植え付ける行為に等しい。


 つまりは、彼は自身の存在を絶つことで、別の個人に疑似的に入り込んだ、と言えるのか。

「面白い論だな」

「――どうも」

「しかし、コンピューターでしかない彼がそんなことを考えるだろうか? それに、きみはともかくもう一人の方には通じないだろう。アレは、そういったことで動くような人間じゃない」


 動くとすれば、それは目の前に存在する、オリガ・カナエに他ならないのではないか。


 だがそうなると、彼はたった一人の女性にすべてを託して命を絶ったということだろうか?


 それはそれで、何か彼の思惑としては潔がよすぎる気もしないでもないが。


 そんな私を見かねたのか、彼女はこちらに笑いかける。


「――でも案外、そんなに気に留めることでもないのかもしれませんね。単純に潔く最期を迎えただけなのかもしれないし。すいません。変な話をして」


 そのまま、彼女は硝子の向こうに見える彼女を見た。


「いや、きみは間違ってない。オリガ・カナエ」

「――え?」

「復元身体。彼がどういった存在であったかを思考することは重要だろう。特に、その最期を見たというきみならば、その思考をやめてはならない。彼がきみに何かを伝えようとしたのかは分からないが、きみがそれを何らかの形で受け取ることはできるだろう」

「…………」


 こちらの顔をじっと見てきたので、こちらの彼女に目を向ける。


「なんだ?」

「いや、なんか以外だな、と思って。ミシゲさんって、そういうことには無関心な人だと思ってました」

「本来ならそうかもしれない。しかし、私も彼には会ったからね。関係がある以上、そういった思考をせずにはいられないだろう」


 彼女は何か納得がいったという風に頷いて、私から目を離した。


「すいません。、私、もう行きます」


 車椅子からこちらにぺこりと頭を下げてる。どうにもいちいつ丁重な子供だ。


「どこかに予定が?」

「ええ、まあ。ヤツに会いに行ってみようかと」


 ヤツ。この臆病で慎重な少女がそのような呼び方をする人間を、私は一人しかしらない。


「そうか。気を付けてな」

「それ、なにか間違ってません?」

「彼の正体を考えれば、そう口にするのも強ち間違いではないと思うがね」

 彼女は、それには笑わなかった。

「かもですね」


 ――と、そう言っただけだった。


「まあ、病院である以上は、彼にできることも限られるだろうが」

「ミシゲさんは? ここでノウスイさんが起きるのを?」


 彼女は、他意もなくそんなことを口にした。


 答えるまでもない。


 私は、硝子から数m離れた位置にある座席に腰を下ろして、彼女に手を振る。


「ではね、オリガ・カナエさん」

「失礼します。ミシゲ・ツクリさん。早く彼女が起きるといいですね」


 そんな、なにか他人行儀なことを言うと、彼女は早々にその場から去ってしまった。


 残ったものは、目の前の硝子と、その置くに見える光景のみ。





 彼女――ノウスイ・ソウフが目覚めたのはこれから更に五日後。


 その時の彼女は、様々なものを失った状態だったが、その時までミシ・ツクリはその場所にいたらしい。


 結果的に。


 彼女は自身の周囲を構成する思い出というものをすべて失っていたが、知っていたものが幾つかある。


 彼女は、『人的鎧(ヒューマノイド)』『復元身体』『ミシゲ・ツクリ』というワードにだけ関心を示した。


 そして、当の本人であるミシゲに最初に口にしたことばは、以下のものだった。




『あ、お久しぶりですセンセー! え? なんて顔してるんですか! ちゃんと起きたでしょ』


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