事件の後に
さて、後日談だ。
結果として、キカクを覆った数々の事件は、復元身体というコンピューターの反乱という形で方がついた。後日報道された放送には、明確にコンピューターの反乱という表現がなされた。
キカクの人民に死亡者はなし。
メトロ腺の中に、人間と思われる、スラム街の男性の死体が一つ見つかったのみで、彼らが対象にしていた統括者はオリガ・カナエを除いて死亡者はいないとのことだった。
そして、そのニュースと閉口されて示唆されたのが「最悪の細菌事件」の繰り返しである。
まず、キカクの中に最悪の細菌というコンピューターウィルスが流れたことにより、一時的にキカク地域の電子機器は制御不能となった。簡易的なEMPが起きた状態と同じことが起きたわけである。
このことからキカクという、元日本東京都の惰弱性が指摘され、それを改善していくと統括者は述べた。
まあ、いっちまえばなんでもかんでも機械に依存しやがるからそういうことになるのだ――という、ある意味では現状に不満を持つ者のしたり顔が見えた結果となる。
俺達はあの後、オリガ・カナエがcleanに連絡を入れたことにより、無事に保護され、現在、最初にキカク地域に来たときに立ち寄ったあの病院に搬送されることとなった。
――で、更に現在。
「やっほい、起きたね。フタリ」
こちらが体を預けているベッドの上に乗っているモモタビ・マイリと直面している。
「――ん? どうしたのかな? その不服そうな顔は」
「いやーさぁ、なーんか俺だけ個室だったから怪しぃーなと思ってたケド、ナルホド、どういうコトですか」
まあ要は、その部分も含めてモモタビ・マイリの配慮だったこととなる。
「今回、きみがやりたかったことは果たされたワケ?」
「んー、微妙かな。ま、うまくいけば現在の統括者すべてを殺してもよかったんだけど、彼がああいう状態になっちゃったからね。夢は夢のまま終わりましたよ」
こちらの胴体の上に乗りながら、ひとりでに動く人形は騒いでやがる。
マジやめてくれないかなぁ。こっち怪我人なんだけど。
「あ、そうだ、吹き飛んだ指は再生したんだっけ? リビング?」
「ん、まーね。この体を作った時のデータは残していないケド、ま、細胞の状態から指くらい作ることはできる。んで、いま引っ付けてる最中」
言って、シーツの中から包帯に包まった末端部分を見せる。
そして、瞬間的に万人を魅する笑顔を作る人形。
「触っていい?」
「きみSっぽいからイヤデス。てか、繋がってる途中って聞いた瞬間に笑うなよ。絶対繋ぎ目からひっぺかす気デショウ」
「ちぇー」
彼は残念そうに言って、こちらに昇ってくる。さながら蜘蛛みたいに。
やっべえな、下手すると喰われるんじゃねえの、俺。
「マイリ、きみがここにきた理由は、俺に話を聞くためかな」
こちらに這い上がってくる人形を手で制しながらそう質問する。
「そーだね。どうだろう、ここからはお互い、本来の自分で話をするというのは」
本来の自分。
それはすなわち、俺達が隠している自身のことだ。
「不毛になるかもしれないヨ?」
「別にいいよ。楽しければそれで」
快楽主義者め。無機物から生まれた癖に妙な性格をしている。
「では、キカクの統括者さん。きみは私に何を問う?」
「まずは、結論からだ。ヒコボシさん。あなたは今回の一件で自身の行動の結果を知った筈だ。そのことについてどうお考えかな?」
どうでもいいことを聞く。まあ、先ずは前座ということか。
「どうも。そもそも彼は私の計画にとって、すでに廃棄された存在だ。その彼が、ひとりでに行動を起こしたと言うことは興味の対象にしてもいいが、結果を問うのは間違いだ。最初から、ヒコボシの意思を継ぐ者はここにあるのだから」
「なるほど、彼は。最初からあなたの目論見には入っていなかったのか」
「他に訊きたいことは?」
「なぜキカクではなく、スラムにいたかです。あなたの目的を考えれば、それはあなた自身が作った世界であるキカク地域にいることが必然なのでは?」
「中心にいては多面的な判断が難しいだろう? 何事も、その状況を把握するのは一歩引いた人間だ。物事の中心にいたのでは、その全体像を掴むことは難しい」
「そんな理由で、スラムにいたのですか?」
「時間はできたものでね。ああいった場所に身をおくことで自己の変革をしてみたかった。電子媒体はどこにいても手に入るわけだしね」
それを気に、モモタビはこちらに質問をなげてくることはなかった。
まあ、彼としては私に訊くことなどもうないだろう。
「では、こちらからいいかな」
「御髄に」
「きみは彼女――オリガ・カナエが本物であることを知っていた。彼女をcleanに所属させ、
スラムに向かわせたのは、私に彼女を合わせる為だったのかな」
「なぜ、そう思う?」
「きみならば私がスラムにいることくらいは突きとめているのではないかと思ったからだ。そして、今回のことを起こすなら、復元身体という危険人物を排除するための保険として、そして何より復元身体の行動を操作するために、私をスラムから連れ出した――と考えることもできる」
「考えすぎですよ。僕はそんなこと、一度も考えた覚えはない」
「そうかな。じゃあ別の質問だ」
私は、ベッドの上に乗っている彼を睨む。
「きみはオリガ・カナエが入れ替わったことを知っていた。ところで、じゃあ、本来ただのクローンである彼女が、なぜそんな行動を取ったのか、知っているのではないかね?」
ふう、と。そこで彼は表情を変える。
何か冷めたような、つまらない話題を聞いた時のような、そんな表情だ。
「自分が作った失敗作のことを、とやかく分析するつもいはないんだけどね。ただのコピーでしかないはずの彼女――まあオリガ・カナエのコピーが、どうして主人を助け、かつ、復元身体にまで影響を与えられたのか、だろ?」
彼は、静かに口にする。
「答えは、分からない、だ」
「ほう」
「結局、彼女が自身のオリジナルと出会ったのは、彼女が誕生し、そして自我を持った二日後だ。そんな状態で、彼女は個を持ち得る機会など与えていない。そんな彼女が自らの意思だけで、自身のオリジナルを助けた――という道理には、どの理由を与えても当てはまらない」
「説明不可能、ということかな、きみにも」
「あくまで僕達にできるのは推測だ。原因を知ることはできない。ただ、彼女がどういった人間で会ったのかは、分かるかもしれないだろう」
「どういった人間か」
自己犠牲を行い。自身の存在を潰してまで他者を気遣い。
そんな馬鹿みたいな。他者がひたすらに望むような非人間的な聖女。
私には、そんな感想しか持つことはできな――。
「いや、まさか」
「いやその通りだよ。彼女は、おそらくは人から作られた存在だからこそ、人のための命であることを決めたんだ」
クローンの矜持。
コピーの誇り。
オリジナルには到底知りえない、その価値観。
それが、彼女、オリガ・カナエのコピーである存在だったと。
「そも、コピーとは、オリジナルを望む誰かに作られるものだ。本人かもしれない。はたまた、その人物を必要とした誰かかもしれない。でも結局は、人から望まれたものだ。、要は道具にすぎない。だから彼女は、最初からその価値観を受け入れて、それを屈辱的と思うことなく、自身の誇りにした。元々は道具だからとね。彼女は、そういった特殊な価値観を持つ人間だった、とは言えないかな。すべては自分ではなく、自分の周囲に存在する、人の為に。まるで、どこかの経典にでも出てくる、人を救うカミサマみたいな話だけど」
「――それで、オリジナルがまだ死ぬ気はなさそうだったから、入れ替わったと?」
「そう考えている。まあ、いずれにしても僕への裏切り行為に他ならないんだけどね。この論はやっぱり廃止かな」
言って、彼は白いベッドの上で皮肉気に笑って見せる。
「まあ、でもその案ははずれていないと思うがね」
「ほう、どうして?」
「私の子供が、死の直前に納得したような顔をしたからね。同じクローンである彼が彼女に同調できたとすれば、そういった理由しかない」
「それも、憶測だろ?」
そこで、言葉は途切れた。
お互いに訊きたいことは山ほどあったはずだが、そのどれ一つとして口に出されなかった。




