童よ眠れ
『悪いが――あなたの要望には応えられそうにない』
目の前にいる、絶対的上位にいる存在から発された言葉は、そのようなものだった。
『何故?』
『先ほどの衝撃で――機材の中枢が破壊された。復元身体は――これで終わりだ』
機械の中枢。
復元身体が乗っ取っている女性の、人的鎧が破壊された。
『かつ――彼女の体力も限界だ。ボクに出来ることは、ここに立って――戻ってくることだけだった――』
彼は、何か達されたように、そんなことを言う。
『おかしな発言だ。きみは一人の人間の中にいるのなら、最後の力で私を殺害することもできるはずだろう』
『もういいんだ。それは』
何か抜け殻になったように、彼は言う。
『ボクの目的は、ここに来た時点で成せなくなった』
「『彼女』のための?」
『そうだ。――っ』
その時、人的鎧停止する。破損した人的鎧は、その搭乗者を強制的に外部へ吐き出す。
傷だらけになった機材の中からは、小さな体躯の、白衣を纏った女性が吐き出された。
そこで、気が付く。
彼女、ノウスイ・ソウフの細い二本の腕は、あらぬ方向に曲がっていた。
末端の指はその中の三本が異常な方向に曲がり、かつ、肘の辺りからは腕一本の線が通った腕ではなくなっている。
それはなにかの付属部品のように彼女の肩の両側に取り付けられ、彼女の脚が動くと同時にぶらぶらと揺れた。さながら振り子のように。
「ボクはもう行動できない。クソっ、今度こそ――あなたを殺害できると思ったのに」
『そうだな、それは、私も残念だ』
彼――復元身体はその場に膝を付く。
「この時点で、ボクの役割は終わりだ。さて」
言って、彼は衣服の中から何かを器用に口に銜えて取り出す。
彼の口に収まっていたものは、小さな何かの筒のようだった。
『それは?』
彼は、それを地面に吐き出して答える。
「ただのバッテリーだよ。でも衝撃に弱いのが難点でね。少しでも強い圧を加えただけで内部電力が漏電してしまうんだ」
彼が何を考えているのか、その瞬間分かった。
――こいつ。
「これが、ボクが唯一できる嫌がらせだ、父さん。ボクは、あなたの道具にはならない」
ノウスイ・ソウフの顔をした彼は、膝を付いた状態でその場に伏せているオリガ・カナエに目を向ける。
「あなたも、あの状況でよく無事だったものだ。賞賛に値する」
「あなたは――」
「ボクが知っているオリガ・カナエは彼女だ。あなたではない。大方、あなたは彼女を身代わりにした。その時点で、あなたのことは許すことはできない」
「だったらどうして、あの時助けたの?」
「あの時、とは?」
「電車の時」
彼は、そこで沈黙する。何かバツが悪そうになって、彼女の顔から目を離した。
「私のことが許せないなら、あの時私を殺しておけばよかったじゃない。それはどうして?」
「……さあ。言うなら――、戸惑ってしまった。ただ――それだけだ」
「――そう」
戸惑った。それは、彼の中にもまだ言いようのない感情があったということ。
オリガ・カナエはどのようにそれを受け取ったのか、彼の腰に抱き着いた。
「ごめんね」
「――謝る必要があるのか。……いや」
何かを言おうとして、彼はその先を辞めた。言っても意味がないというように。
「――なあ、オリガ・カナエ。きみに訊きたいんだが、彼女は一体どういったヒトだったんだい? ボクは、それが今になっても分からないんだ。彼女はただの複製体だった。そんな存在が、果たしてボクのような存在にあんな言葉をかけるだろうか? 彼女は、何だったんだ?」
「…………」
彼女は沈黙する。当然だ。彼女にはそれに答えられるだけの情報を持っていない。
オリジナルをもってしても、彼女――オリガ・カナエのクローンは理解できなかったのだ。
「私にも、分からない。でも、あなたには言っておくね」
そうして、彼女は伝えた。
彼女の持ち得る『彼女』の情報を。
彼女を救った、自身のコピーの話を。
それを、復元身体は無表情で訊いていた。
そして聞き終わった時、一言、ぽつりとつぶやいた。
「うらやましいな」
彼の目線は、こちらを向いていた。
「彼女は、そうか。親に恵まれていたんだな。だからこそ、そのような結論に至った。複製体としてその生き方に同調する訳じゃないが――ということは、やはり彼女だからだったのか。オモシロイ親子だ、あなた達は」
「――え?」
「……ああそうか。そうだったのか、彼女は」
そこで、すべてを悟ったように、復元身体は呟いた。
その発言を、彼女、オリガ・カナエが認識するよりも早くに彼は立ち上がる。
そうして、地面に落ちている一つの筒を加え上げる。
立ち上がって、彼はこちらを見た。
こちらの肩に刺さっている熱刀の温度は下がり始めている。その傷だらけの鎧の中に入っている父親のことを、彼は冷めた眼で睨みつける。
その眼の意味するところを、私は直感的に認識した。
言うまでもない結論だ。
冷めた眼で、女性の体躯で、彼は目で語る。
〝サヨナラ父さん。いい人生だったよ〟
彼は口に銜えたものを噛み砕く。
ばち、という音が聞こえた。復元身体の肉体に電流が走り、その頭髪を浮き上がらせる。
口から、ぽとりと加えていた筒が落ちる。それはすべての電力を放出したかのように放出を終え、その地面に転がった。
人体への電流流出。
過度な電流は脳細胞を焼切り、その機能を紛失させる。
復元身体が行ったのは、自己の破壊。
つまり、自殺。
人間の脳の中に入り込んだ自己を破壊することで、私への当てつけを行った。
結果的に、彼が生き伸びられる確率は低いのだ。このまま治安委員会に拘束され、おそらくは仲間であったモモタビ・マイリの援護も得られない。
いずれ消滅することが絶対であるのなら、この場で自身の引導を渡す。
その行動が、寄生主であるノウスイ・ソウフへのものであったのか、それとも自身の為であったのかは、分からないが。
ぐらりと彼女の、ノウスイ・ソウフの体が揺れる。
倒れる。
その体を、下にいたオリガ・カナエが受け止めた。
といっても、すでに地面にいる彼女としれは、受け止めたというのかは疑問だが。
オリガ・カナエに抱きかかえられるようにして落下したその顔は――。
小さく笑っているように見えた。




