厄介なお客人
これ以上を聞いても何も出てはこないだろう。後は、まあ、ネットの海にでも情報を探しに行くしかない。この人物が知っている情報なら、時間も十分に引いているだろう。
『情報検索』部屋に命じる。『キカク地域の、統括者の情報をチョーダイ』
その動作は彼女にもきこえているはずだが、彼女は何の反応もしなかった。おそらくはそれが、彼女にとっては珍しいものではないのだろう。部屋の中を一体のネットワークと接続し、人間の呼びかけ寄って自動検索を開始するシステムなど、珍しくもないと。
ま、いいケド。
『情報は五万六千七百二十八件です』
『多スギルヨー。一番信頼性の高いニュースサイトとかでいーから』
そうして、部屋の中に情報が提示される。モニタも反射物も使用しない情報の群は、空中に大量の文字を浮かび上がらせてその存在を誇張した。
情報の提供先はキカクの内部にある新聞社から。やっぱ稼いでんな大手は。
その情報が示していたのは、キカク地域最年少の統括者が、何者かに殺害されたという記事だった。死因は刺殺による失血多量。マーケットなどで購入できる刃物が死体に突き刺さっていたらしい。死体のDNA鑑定は済ませ、ほぼ百%本人であるとの結果が出たらしい。
これによって、統括者が一人死亡し、残り四人の統括者によって次の統括者が選定されると。
「ふーん。ナルホド」
女性に向き直る。
「つまるところ、きみはただのそっくりサンだったワケね」
呼びかけるも反応なし。まあ、分かっていたことデスガ。
「前に見たから覚えてたんだよ。統括者としてはアホみたいに美人の人が成ったなーって」
「…………」
彼女は無言だったが、その背中からは「死んだ人間に嫌味言うなよ」という空気が嫌というほど溢れ出ている。
「で、きみの処遇なんだけどね」
「なんだよ処遇ってテメエ」
あ、喋った。オモシロイヒトだなこのヒトも。
「きみのこの先だダヨ。まさか俺達の街にが爆薬やらグレネードやらで散々パーティしたのに、何の責任もないなんてことがあるわけないでショウ。ソレトモ? 俺達みたいな浮浪者は、人権なんてものはハナからないと?」
「テメエにそれを言われる筋合いはねえぞ。あとアーマー返せや」
「それは無理デス。大体、おねーさんが持ってたアーマーって、アレだよ」
指をさす。そこには、装甲をバラし内部の機材を個々に取り出しOSとコンピューターとカメラ、それぞれのセンサーを分解された残骸がそこにあった。
そう、残骸である。食い散らかされた死体のように。バラバラになった機材がそこにある。
それを見た時彼女は口を三秒開けた後、放心したように目を開き、そして枕に頭を預ける。
「――戻せ」
「ハイ?」
なんて言いやがったのかなことヒト。
「なんつった?」
「そのポニテ毟り取るぞ。戻せっつってんだよくそ野郎」
そういうことね、リバース。
といっても、バラすのは得意なのだが、それに比べると組み立てるのは結構苦手なのだが。バラすのに比べると三倍くらいの時間がかかる。
さて、しかしここでこのヒトにアーマーを渡してしまえば、それはすなわち俺の報酬が無になるということを現している。それはない。というかあり得ない。
まあ、適当に言い包めて諦めてもらうのが適切か。
「アレね。タイヘン申し訳ないんだけど、アレ、もう起動不可能――」
瞬間的に、こちらに何かが飛んでくる。反射的にそれを避けると、コンクリートの壁にそれは突き刺さった。
「言い訳なんざ聞く気はないの。さっさと治せよ。まだ可能なんだろ」
「――オイオイ」
壁に突き刺さったものを見て、口を開く。壁に突き刺さったものは、どこから持って来たのか、銀色の釘だった。
「アレでコンクリ貫くとかどういう腕してんノ?」
どこのディーラー? つか、普通にダーツ? 命中だったらシャレになってない。
「ダーツは得意分野だから。さっさと治せよ。それで帰――」
そこで、彼女の口が止まる。彼女の舌が動きを止めたのは、自身の上半身をベッドからゆっくりと起こそうとした瞬間に行ったようだった。
彼女の表情は固まっている。何を受容したのかは分からないが、その空気は硬直している。
彼女の目線は俺から自身の方向へシフトする。見ている方向は自身の両足だ。
――足? ――脚?
「おねーさん、もしかして」
心当たりから声を出す。それはもしかすると、俺にも関係のあることではないのか。
「――私の、脚。――、――。……動かない」
脊髄損傷。数時間前にこの人物を、アーマーを着ていたとはいえ数十m上から背中から地面に叩き付けたのは、他でもない俺だ。
骨折程度ダロウナー、と思っていたが、ここまで最悪の事態を招くとは。
「……おまえ、本当に最悪」
「いやいや、俺にだけ非があるワケじゃないデショ。そもそも、襲った時点で後遺症が残るくらいの傷を負うくらいは覚悟してよ。それにそれは、おねーさんが俺に撃退されるのが悪いんじゃないノ?」
それに、動かないのは脚ではなく下半身全体だろう。脊髄損傷による下半身不随。それが彼女の身体不能の正体だ。数十年前では、回復の見込みは難しいものだったが。
「でもま、キカクに行けば治るんじゃナイ? 脊髄そのものが役に立たなくても、その代わりを果たす身体機械くらいはあるデショ」
「それを――」
どうやって移動するんだよと、その声が語っている。移動手段は、その方法は、下半身の動かない女をどうやってそこまで運ぶのか。キカク地域から数㎞以上も離れた、このスラムのど真ん中で。
「……、チクショウ」
そう一言呟いて、彼女はこちらに向き直る。顔が怖い。あまりこちらを向かないでほしい。
「おまえ、私をキカクまで連れて行けよ」
「…………」
あー、やっぱそうなるのか。
「別にいいケド。おねーさん、でも俺に頼むより、いずれここに来るおねーさんのオナカマに頼んだ方が良くない?」
「…………」その言葉には彼女は反応しなかった。――いや、顔を思い切り歪ませて反応した。
つまり、今のこの状況を作り出したおまえ自身が、その責任を果たさんでどうする、とか?
「えー、マジスカ」
その発言は彼女の逆鱗に触れたようだ。テーブルに置いておいたコーヒーカップを掴み、それを自分の頭部にまで持ち上げた。
「あ、待って待って、それ投げられると部屋が汚れる。それと、それは結構オイシイやつだから、粗末にすると悪いよ」
「知らねえやつが淹れたもんなんか誰が飲むかよ」
――納得してしまった。なるほど、正論だ。
しかしこちらの言葉にも納得したのか、彼女は持ち上げたコーヒーカップをテーブルに戻す。
「おい坊ちゃん」
そこで、彼女から声が上がる。
「見たところ、おまえ私より一つか二つ下に見えるんだが、キカクまで私を運ぶ経済力はあるのかよ」
俺が彼女より一つか二つ――ということは、彼女は俺がいくつに見えているのか。
ちなみに、俺の憶測では目の前の少女は十六か十七に見える。
「まあ、動けないヒトをどう運ぶかが問題なだけで、それがクリアされれば割とカンタン」
じゃあなんとかしろよ、と言ってくる。無理難題をフツーに吹っかけてくるなこのヒト。
まあ、無理でもないんだけど。
「俺に車椅子みたいなモンを作れってことネ。でもま、部品がないんだけど」
「あるだろ、部品」
言って、彼女は向こうの瓦礫を指さす。
「たっぷりとさ」
使えってか。俺の報酬。元々は確かに彼女のものだが、それは元の話だ。
しかし、それも誤魔化せそうになかった。彼女の視線は以上に鋭くなってきている。
「ここは技術廃棄街だろここは、車椅子のごみくらいあんじゃねーの?」
技術廃棄街。いわば、それはキカク地域で溢れたごみがこちらへ流れてきているだけのこと。その中には大量の部品も無数に廃棄されている。そのため、車椅子の廃棄物くらいはあるだろう、というのが彼女の見解なのだろう。
まあ、そういった有用なごみが何でもかんでもこちらに流れてくるわけではないのだが。使える部品などはすべて違う部品に変換される。なので、こちらに流れて来るものなどというのは、本当に使い古された不要な産物でしかない。
「探して来いヤ、と」
彼女は、無言でそれを肯定した。
「時間かかりマスヨ。それまで待ってることになるケド?」
彼女はそれまで俺に言葉を向けることはなかった。つまりは、言う必要もなく行って来いということなのか。――これは、本当に色々と面倒になってきた。
「いいデスヨ。おねーさんのために車椅子を作りマスヨ。その状態じゃ、まあ、お手洗いにも行けないだろうしね」




