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チャイルズ・ワールド  作者: サイタマメーカ
技術廃棄街――制圧視察
1/110

起床は荒々しく

 起きると、キカク地域の真っ白い、真四角な建物が眼に入った。

 日差しは良好。こちらの灰色の建物の窓から入り、そのコンクリの地面を黄色く染めている。


 寝起きから目覚める。俺が身を預けていたのは薄い、毛布などないベッドの上だった。

 習慣から、三秒程ほどぼうっとした後に起き上がり、コーヒーメーカーとドリップ、そして挽くための豆を探す。一人分のそれを淹れることは珍しくないが、それでもこの地域では、飲料用の水を確保することも貴重である。


 ごりごりと豆を潰しながら、飲料可能な水の量を確認する。その量は四リットル。絶望的な数字を叩き出してくれたその装置を睨みつつ、俺は息を吐きだした。


「死活問題だネ。こりゃ。まあ、ここのところ雨とか降ってなかったしなあ」


 自然状況が人間の生活基準にこうも影響する。

 結果的には、技術がどれだけ進歩しようと、その根幹は自然だというものは握っていることに他ならないのである。


「四リットルじゃ体も洗えねーわネ」


 そうなると、もうこれは水を買うしかない。自身の懐にはいくらあったか。

 そういったもろもろの計算をしていると、より向こうのキカク地域が眼に映った。


 並列化された巨大な建築物。

 個の集団があの中にぎっしりと詰め込まれている光景が、頭の中に広がる。

 あの建築物は従来の建築を、より集団が住み込めるようにしたものだ。

 真四角の白い箱は、その中に何千という人間の居住区となって存在している。

 そして、その中に見えるひときわ大きな建物などが、学校などの教育機関となる。


「あっちまで行って買ってくる、っていうのは突飛かしらね」


 そも、キカクの中では健全な濾過水などというものは少ない賃金で手に入る。昔のように、蛇口をひねれば出てくるという類のものなのだ。しかも現在は、もっと人体への影響の少ない薬品を扱ったものになっている。

 どこにいても手に入るようなものを、わざわざ出向いて手に入れようとするのは、俺達のような者達だけだ。


 挽いた豆を紙のドリップに入れ、そこに沸かした熱湯を入れる。紙の中の黒い粉は辺りに香りをまき散らしながら、粉と粉の狭い隙間を通過する水に色を付け始める。


 一粒一粒を容器の中に露していくその様子に目を向けながら、俺は一人でに呟く。


『方法検索』


 その声は特殊な音響を持って、その灰色のコンクリートの部屋に拡散していく。


『キレイなお水を手に入れる方法はなーんだ』

『sorry。検索情報は表示できませんでした』

「イエス」


 どこからともない声に耳を澄ませて、口に出す。

「自分で見つけろってことね。んじゃー、そこら辺で調達して、濾過装置にでも入れるか」

 いって、紙のドリップを外してその黒い液体に口をつける。

「あ、にっげえ」

 どこからともなく貰っただけの豆だったが、それは想像以上の威力だった。


 カップを持ちながら、コンクリートの壁を刳り貫いただけの窓に向かう。

 そこから見えるものは、いつも通りの、腐敗と汚れにまみれた、ただの街並みだった。

 

目前に見える「キカク」と呼ばれる、先鋭化した都市の東京都の入り口はここから約一㎞。ここは、そこから離れた位置にある、そこに入れなかった者達の、あるいは、そこに入ることを拒否した者達の街だった。


 カップを窓の縁に置き、室内のテーブルに置かれていた前世代型のコンピュータを起動する。暗黒に染まっていた真っ暗なモニタは、五秒の起動演算を終えて使用者を出迎えた。


 サイトは共有のニュースサイト。

会社ではなく個人間のネットワークを介して行われる情報共有システムであり、発表などを避けられる情報をその時間に入手できるというもの。ガセや完全な嘘なども多く散見できるが、その場合には、他者の意思が介在するため、そこから真実を割り出すことは可能だ。


 最新は四つ。どこの誰ともわからない人間が書き込んだであろうそれらに、俺は目を通していく。一つは一月前に行った技術説明会での暴動行為。もう一つはその首謀者と思われる人物がキカクの治安委員会に捕縛されたが、なおも抵抗を見せたため、あえなく殺害。

 この二つは既に数週間前に最新された情報だ。大して乗せる情報もなかったから、現在こんな古い情報を載せているのだろう。

 三つ目は、キカク地域の新たな方針。


「――げ」そこで、現在のコンピュータではなくなってしまったキーボードを操作して、その記事を読み上げていく。


「東京都の市長は後日、キカクの近隣に存在するスラム街、俗にいう技術廃棄街の徹底的な検問を開始すると発表した。開始時刻は報道から二日後、十月二十日、十一時四十七分。この時刻をもって、キカクの治安委員会の下部組織であるcleanを配属することに決定。不穏な人物がいれば、検問、検査、及び徹底的な身分調査を行う方針である――って、なんだこれ」


 つまりは公的機関による、非公的世界の蹂躙、ということだろうか。


 むこうの警察が、こちらのルールも弁解も聞かずに、あちらだけの価値観でその処遇を決定する。人権など無視。いや、人権というものは市民として認められた、一部の人間のみにあたえられるものであるという、これは暗示だろうか。


 まあ、どちらにしても、ロクなもんじゃない。


「いつ決まったのよこんなの。昨日までサイトにはなかったじゃないのよ」


 これは困ったことになった。技術廃棄街と呼ばれる、廃墟にまみれた浮遊者の王国は、まさにここ、俺がいま居座っているこの地域のことを指しているからだ。


「cleanは初動の調査として、約数名の人的鎧(ヒューマノイド)の導入を決定。そのためのランカーも配置する予定である――と。あれ、でもこのランカーってなんだ?」


 新たな若者言葉だろうか。それともキカク地域だけの用いられる専門用語だろうか。

 いずれにしても――。


「あんまり良い状況じゃないな」


 これでは俺の平穏な暮らしが脅かされてしまう。

 人的鎧(ヒューマノイド)。そのネーミングがされていないようなワードが出て来た時点で、あまり良い状況とは言えないだろう。


 窓に置いたコーヒーをテーブルにまで持ってくると、それを飲みほし、簡易な服装から外に出る服装に身支度を整える。最後に部屋に掛けられている上着を強引に身に纏うと、その灰色の吹き抜けになった一室を後にした。


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