断頭台の処女《おとめ》(その2)
「やあ、突然失礼」つば広の黒の帽子に黒の毛皮のコートといういでたちの竜宮寺大助は軽やかにニコヤカに云う。「この間いらして頂いた時は失礼致しました。ああいう見世物は、特に若いご婦人にはショックでしたね。私などは日ごろ見慣れてしまっているものですから、すっかり感覚がマヒしてしまっているのですよ。いや、実に大切なことを教えられました。つきましては、この間のお詫びと、今申し上げたことのお礼を兼ねて、ぜひトミ子さんを夕食にご招待したいのですがね」
一方的にまくし立てる竜宮寺大助に、トミ子も丸山牧師も困惑を隠せない。トミ子は助けを求めるように父親の方を見た。
「夕食って…」丸山牧師は娘に代わって云う。「これからですか」
「もちろんですよ」竜宮寺大助は大げさに両手を広げた。「もう夕方ですからね。少なくとも朝食の時間ではない」
そう云って竜宮寺大助は笑い、つられてトミ子も丸山牧師も困惑気味の笑いを浮かべる。しかし竜宮寺大助の背後に立つ女はニコリともしない。
「失礼ですが」笑いを納めると丸山牧師は訊いた。「そちらの方は奥様ですか」
すると竜宮寺大助の顔から一瞬笑顔が消え、ひどく無愛想に「いいえ秘書です」と答えると、またパッと笑顔に戻る。
「しかし急にそうおっしゃられても」丸山牧師はこの男女を中に入れたことをひどく後悔しつつ云う。「もう家内が夕食の準備を始めていますし…」
「さあ、それはどうですかな」竜宮寺大助は肩をすくめた。「もうその必要はないかも知れませんよ」
一瞬、何を云われたのか分からず困惑した丸山牧師の顔面がたちまち蒼白になり、トミ子を置いて礼拝堂から駆け出した。
「アッ、パパ…」
ビックリしてその後を追おうとしたトミ子は、たちまち和服の女に羽交い絞めにされ、口にハンケチを押し当てられた。当然ながらハンケチにはクロロフォルムが染み込ませてあり、トミ子はたちまち気を失った。そのトミ子を女は軽々と肩に担ぎ上げた。その時にチロチロと二股に分かれた舌を出す。
「アアッ…」
絶望的な叫びが、向こうから聞こえて来た。竜宮寺大助は、トミ子を担いだ女を従えて、叫びの聞こえて来た方へ悠然とした足取りで歩いて行く。礼拝堂の出入口の傍らに扉があって、そこを入ると丸山家の住居なのだ。扉を入るとすぐ玄関だが、竜宮寺大助は構わず土足で入って行き、ぐるりと見回す。隣の礼拝堂のおごそかな雰囲気と打って変わった、生活臭漂う、ごく当たり前の家庭の光景がそこにある。玄関のすぐ奥に台所があり、ささやかな食卓に皿が用意されてあり、鍋にはミソ汁がグツグツ煮えている。
「ふうん。牧師もミソ汁飲むのか」感心したように竜宮寺大助は云うと、その場にいた屈強かつ凶悪なツラの男二人に命じた。「ガソリンを撒いて、火を点けろ」
竜宮寺大助は台所の床にチラリと目をやると、いかにもつまらなそうにアクビを一つして、出て行った。トミ子を担いだままの女がそれに続いた。男たちは云われた通り台所中にガソリンをぶん撒く。
床には丸山牧師と、その妻、すなわちトミ子の母親が折り重なるように倒れていた。どちらも背中に短刀を突き立てて、目をカッと見開いたまま絶命している。男たちは彼らの上にも容赦なくガソリンを撒くと、火を放った。放たれた火は、やがて二人の遺体にも、燃え移っていった…。
やがて目覚めたトミ子は、しばらくの間…いや、しばらく経ってもなお、自分の置かれている状況が理解出来なかった。ただ嫌というほど良くわかるのは、自分がとても肉体的に理不尽な、ひどく辛い格好をさせられているということであり、そのうち、それがとてつもなく恥辱的な格好であることにも、気付かせられた。
ただし、声は出せない。口の中に丸い球が押し込められてあり、さらにはそれがマスクによって外へ押し出せないようにされているのだ。マスクを取ろうにも、両腕、両脚とも、動かない。両腕は大きく開いている。両手首がロープで縛られており、そのロープは部屋の両橋の金具に結え付けられている。両脚はと云えば、これまた大きく開かれて、両足首が革のベルトで縛られている。どうやら何か椅子のようなものに座らされているらしい。そんな格好であるだけでも恥ずかしいのに、さらには、トミ子は全裸にされていた。下着はもちろんのこと、靴下さえも脱がされた、完全な全裸だった。
「失敗したよ」背後から声がする。「君の真ん前に、鏡を置くのだった。そうすれば、君は己の恥ずかしい格好を、たっぷり観賞することが出来たのだからね」
そう云うと竜宮寺大助は、心の底から愉快そうに、けたたましく笑うのだった。
トミ子自身からは見えなかったが、彼女は床屋の椅子のようなものに座らされている。正しくはそれは産科で使う検査用の椅子を改造したものだった。まあそんなことは、トミ子にとってはどうでもいいことだったが…。
竜宮寺大助が、トミ子の眼前に姿を現した。黒いパンツ一丁の、裸であった。手に、奇妙な形をした銀色に鈍く輝くものを持っている。
「ああ、美しい眺めだ。トミ子君、実に美しいよ」竜宮寺大助は感に堪えかねたように言うと、手にした銀のものを振って見せ、うれしそうに云う。「これはね、通称「梨」と呼ばれる道具だ。ホラ、形が西洋梨に似ているだろう?」
竜宮寺大助は、その銀の奇妙な道具をトミ子の鼻っ先に突き付けた。トミ子は目をつむって顔を背けた。が、キリキリと音がするので、再び目を開いた。
その道具は、確かにどこか西洋梨を思わせる形をしている。その梨の部分と、取っ手の部分とに、全体は大きく分かれており、梨の部分と取っ手の間には、何やらねじのようならせん状の切れ込みが入っている。取っ手には、タツノオトシゴのような奇妙な生き物が装飾としてあしらわれており、梨の部分にはユウウツそうな髭面の男の顔が彫り込まれている。キリキリという音は竜宮寺大助がその梨の部分の根元を左手の親指と人差し指ではさみ、右手で取っ手を回している音なのだった。すると、梨の部分が先端から放射状に三つに分かれて、拡がって行くのだった…。
「トミ子君。これが何の道具かわかるかね」
竜宮寺大助が喜悦に満ちた声と表情で問いかける。トミ子は何が何だか分からないなれど、頭を左右に激しく振って、これを拒否する。
「ああ」竜宮寺大助はトミ子の広げられた両脚の中心をねっとりと潤んだまなざしで見据え、再び感に堪えかねた呻きを洩らす。「トミ子君。実に美しい眺めだよ。まるで何かを訴えるかのように、ぱくぱくして、ひくついているよ」
竜宮寺大助は、そこに四つん這いになった。そして鼻先を、今まで見据えていた所に押し付けた。竜宮寺大助は恍惚とした表情になり、喜悦の叫びを上げる。
「ああ、この芳香! 高級なブルーチーズを彷彿とさせるこの香り! 純潔な処女のみが持つ匂い! この不浄さ! 皮肉なものだね。もうすっかり男を知り尽くして爛れ切った娼婦のモノは、実に味気ないほど清潔なものなのに、汚れを知らぬ処女のモノは新鮮ではあるけれど、ことほど左様に臭く、そして汚いのだ。ホラ」そう云って竜宮寺大助はトミ子のそこの内を指で拭った。「見たまえ。こんなに汚れが溜まっているよ。トミ子君は風呂に入ってここまで洗い清めることをまだ知らないのだねえ」
竜宮寺大助は指先に白く付着したもののにおいを嗅いで顔をしかめると、その指先を口に含んで、舐め取るのだった。そしてまた喜悦の声を上げる。
「ああ、美味い! これぞ最高の夕食だよ! トミ子君、一目見た時から君は最高の味を蓄えているに違いないと、私は思っていたのだ。私の目に狂いはなかった」
そう云って立ち上がった竜宮寺大助が指を鳴らすと、例の和服姿の無表情な女…女装したヘビ吉がワインボトルとグラスを持って来た。竜宮寺大助はグラスを受け取り、ヘビ吉がワインを注ぐ。竜宮寺大助は優雅な仕草でそのワインを飲み干した。
「さてと」グラスをヘビ吉に渡すと、手の甲で口を拭って竜宮寺大助はニヤリと笑う。「ここからが本題だ。トミ子君。君に訊きたいことがある。それはもちろん、君の大事な杉戸雪華…いや、本当は花澄雪華というのだ、彼女は。君は知らんだろうが、彼女はマモノなのだ。マモノは知ってるだろう? 妙な魔力や妖術を持っていて、額に刻印をされて、世間から恐れられている連中だ。彼女もその一人なのだよ。額に刻印こそしていないがね。しかも彼女は手刀術と云ってね、腕でもってバッタバッタと人を斬り殺すことが出来るという、恐ろしい術の使い手なのだ。もうすでに何人も殺している、殺人犯なのだ」
トミ子のまなざしはすでに虚ろで、竜宮寺大助の話が聞こえているのかいないのか、虚脱の表情で時折ピクリと頬を引きつらせるばかりであったが、雪華の名前が出ると、目が急に大きく見開かれた。
「その雪華の行方を、君なら知っているんじゃないかと思ってね。何でもいいんだ。教えてくれないかね」
トミ子は激しく首を横に振る。そうでなくとも恐怖で引きつるその目が、さらに一段と大きく見開かれ、球とマスクで口が塞がれているにもかかわらず、トミ子の絶叫が洩れ聞こえて来るのであった。竜宮寺大助が「梨」をトミ子の中にグイッと押し込んだのだ。トミ子の目から涙が溢れ、首を半狂乱の態で激しく振るのだが、竜宮寺大助は一切構うことなく「梨」の取っ手をキリキリと回し始める。血がポタ、ポタと垂れ落ちる。トミ子の四肢が突っ張って、そして失神した…。
部屋の真ん中に鎮座しているのは、断頭台であった。
鋭い斜めの刃が、鈍い光を放っている。その刃の下に、トミ子が据えられている。トミ子は豪奢なロココ調のドレスに身を包んでいる。頭には、同じくロココ調の、かつてヴェルサイユ宮殿に集った貴婦人たちが被っていたであろうようなカツラを被っている。
しかし、普通、断頭台に据えられた罪人というのはうつ伏せにされて、すなわち、刃に対して背を向けて横たわるものなのだが、トミ子は仰向けに横たわっている。つまり、トミ子の目の上高くに鋭く刃が光っているのだった。
トミ子の口からは丸い球もマスクも取られている。もはやトミ子はまったくの虚脱状態であり、痴呆のようになってしまっている。口には薄っすら微笑みさえ漂い、その端からはよだれが垂れている。
竜宮寺大助も虚脱した表情で椅子に座り、グラスワインをグイッと引っ掛けている。竜宮寺大助は相変わらずの、黒いパンツを穿いただけの裸であった。しかしその虚脱の表情は、一仕事為し終えた充実感によるものであったのだ。
トミ子は雪華について知っていることを、洗いざらい喋った。竜宮寺製薬の誇る丸薬「法悦丸」の効き目であった。そして今、トミ子がすっかり大人しく断頭台の下にいるのも、「法悦丸」のおかげであった。竜宮寺大助は今更ながら、己の実家の製造している人気製品の効能に驚いていた。さすがお父様…。竜宮寺大助は改めて父親に対する敬愛の念を深くした。
するとそこに、一通の電報を載せた銀の盆をうやうやしく持って、ヘビ吉がやって来た。盆から電報を受け取り、目を通した竜宮寺大助の顔色が変わった。
「お父様が、開園式に来ない!」竜宮寺大助は金切り声を上げて立ち上がる。「これ以上、おまえの道楽には付き合えないって、どういうこと!? お父様ッ」
竜宮寺大助は電報を粉々に引き裂き、床に散ったその上で地団駄を踏んだ。そしてキッと、断頭台上のトミ子を見据えた。
「おまえのことは生かしておいて、雪華をおびき寄せる囮に使うつもりだったが、もうやめるッ」竜宮寺大助はそう叫びながら断頭台の方へ駆け寄る。「おまえは、マリー・アントワネットのようになりたいと云ったね。だったら、その希望通りにしてやるッ」
竜宮寺大助は、傍らに控えているヘビ吉から短刀を受け取ると、断頭台の刃を支えているロープを、一刀両断にした。たちまち刃は凄まじい勢いで落下して、虚脱した表情のままのトミ子の頭は、胴体から切断されて下の籠の中に落ちた。首の斬り口からおびただしい鮮血が噴き出る。頭を失った胴体がビクビクッと震えている。
竜宮寺大助はトミ子の首の髪を鷲掴みにすると、持ち上げた。そしてそれを、己の履いている黒いパンツの前に、グイッと押し当てた。
「ウ…ウウッ…」
竜宮寺大助は呻きつつ天を仰ぐ。やがて、その表情は恍惚と喜悦に満ちたものに、変化していった…。




