私は一輪の花である。
これは作者が花壇を見た時に、ふと「こんなのも良いんじゃない?」と思い書いた息抜き小説でございます。なんと主人公は花!(ぇ
反省はしている、後悔はしていない…!!
私は一輪の花である、名前はまだない。
…いや、比喩とかそういうのじゃなくて、本当に花なのだ。
背丈はそんなに高くないが、無数の白い花びらがあり、根元近くには葉っぱが4枚大きく開いている。根はそんなに長くない。
このビジュアルを花と言わずして何と言うのか。周りに咲いている他の花とは種類が違うようだが。
何故人間のような自我があるのかは分からないが、この生活を存分に楽しむとしよう。
「うわぁ、きれいだなー、おまえ…」
いつものごとく日向ぼっこにいそしんでいると、5歳くらいの少年がこちらを覗きこんでいた。
ふふふ、綺麗と言われて悪い気はしない。存分に見ていくが良い。
「そうだ、おかあさんにみせよう!」
…待ちなさい、スコップ片手に何をしようとしている。ちょ、掘り返すつもり!?ややややめなさい、今すぐやめなさい、さもなければ痛い目にアッーー!!!
何やかんやあって、私を摘んだ少年…たしかタクムと言ったか。その少年に飼われる事になった。
「飼う」という表現は、植物に適さないとは思うが…私の成長は既に完了している。なので「育てる」の方が違和感を感じたのだ。飼うで良いだろう。
現在地は、我が主人のタクム少年の部屋の、日のよく当たる場所に置かれた鉢植えだ。
「おまえ、ほんとうにきれいなしろだよなー…よし、なまえは「シロ」だ!!」
シロ…花弁が白いからシロか。安直な名前だが悪い気はしない。むしろ花に名前を付けるこの子の将来が心配だ。
「よろしくなー、シロ!」
まぁ、私がいつまで生きていられるかは分からないが、それまではよろしくしておこう。
「ただいまー!まってろシロー、いま水あげるからなー!」
ここで暮らして1年が経過した。当時5歳だったらしいタクムは6歳となり、小学校に入学した。
まさか冬を越せるとは思わなかったが、そんなに苦ではなかった。自慢の4枚の葉も元気いっぱいで、今日も元気に光合成中だ。
「ふんふふ~ん♪」
あぁ、水がおいしい。ここでの生活も慣れてきた。
タクムの家は母と姉との3人家族らしい(父は亡くなったとのこと)。貧乏かと思ったがそうでもなく、母がバリバリの仕事人だからか、お金は間に合っているようだ。本来私は、頑張っている母へのプレゼントのつもりだったらしい。
当初はよく私への水やりを忘れて代わりに姉がやっていたりもしたが、最近は忘れる事なんて滅多になくなった。1年以上続けたので習慣化したらしい。
「にしてもシロ、お前はなんの花なんだろうなー?」
水やりを終えたタクムが話しかけてくる。無論返事なんて出来ないが、水やりだけでなく、話しかけるのまで習慣化してしまったらしい。
実は、前にタクムが花の図鑑を買ってもらい、私を探した事がある。くまなく探したが、どこにも無かったらしい。
どうやら私は図鑑にも乗ってない程マイナーなのか、新種なのかのどちらからしい。
「この…おしべ?がないもんなー…」
そう、私にはおしべがなく、めしべしか無いようなのだ。つまり私は女の子らしい…植物だからどうでも良いが。
子孫を残すのは絶望的だろう。興味が無いので別に構わないのだが。
「あ、遊ぶ約束してるんだった!またなシロ、行ってきまーす!!」
そう言ってタクムは慌ただしく出て行った。手なんて無いので、心の中で手を振って見送った。怪我するなよー。
「……ぐすん」
あれから更に2年、タクムは9歳だ。未だ私は元気に生きつづけている。葉も一度も落ちていないのだから、つくづく私は特殊なようだ。
そして、そんな私の前には泣きべそをかいたタクム少年がいる。いやいや、どうしたのさ…
「……友達とけんかした…ぐすっ」
どうやら仲が良かった友達と喧嘩したらしい。
うーん、困った。私は花だ、話すことが出来ないので、優しい声をかけてあげることも出来ない。
でも今までずっと飽きもせず育ててくれているこの子が泣いているのだ。何とかしてあげたい…そうだ!
「………?」
花びらが1枚、タクムの頭の上にひらりと乗る。実は、この無数の花びらを思うように離す事が出来るようになったのだ。思い通りの場所にひらりと置く訓練をしておいてよかった。
「…なぐさめてくれてる?」
そうそう、だから泣き止んでほしい。何年も共に過ごしてきた相棒が泣いていると、こちらも悲しくなってくる。
「…そうだよな、いつまでも泣いてちゃダメだよな!明日すぐにあやまって仲直りする!!」
そうだ、その意気だ。いつまでも泣いてるのはタクムらしくない。
「ありがとうな、シロ!」
ふふふ、どういたしまして。
「「ハッピバースデー、たっくん!!」」
「へへ、ありがとう!」
今日はタクムの12歳の誕生日だ。もうすぐ中学校に入学だというのだから、時が立つのは早いものだ。
ちなみに、私も家族の誕生日会に参加している。昔タクムが駄々をこねて同席させてもらってから、毎年恒例の光景になっている。
「ほらほらたっくん、火を消して消して!」
「急かさないでよ、お母さん…ふぅぅぅ!」
タクムが蝋燭の火を、息で消す…今だ、練習の成果を見せる時!
消した瞬間に、花びらをたくさん舞い上がらせる。もちろん食べ物や床には着地させず、全部テーブルの上に止まる。
3人から「おぉ~」と歓声が上がった。満足だ。
「シロお前、こんな事も出来るのか?やっぱすげぇよ!!」
ふふふ、もっと褒めるが良い!
しばらくして、ケーキを切り分け終わったので、3人とも食べ始めた。私は先ほど水を貰ったので満足だ。
「にしても、本当に不思議な花よねー…」
タクム姉が感心した目でこちらを見てそう言う。変わってる自覚はある。
「随分長く生きてるし、さっきの花びらもすごかったし…はっきり意思があるようだしね」
「ふふん、俺の自慢の相棒だぜ!」
タクムが胸を張って答える。お前が自慢げでどうするのさ。
にしても何やら母と姉まで私を家族とみなしている雰囲気がある。これはそうそう枯れる事が出来なくなったようだ…
タクムが中学生になった。本当に時が立つのは早い。
私も未だ元気…と言えればよかったのだが、最近、葉が1枚枯れて3枚になった。
再び生える様子はない。葉が全て無くなれば、光合成どころか呼吸も満足に出来なくなるので、残り3枚が枯れた時が私の最期だろう。
でもまだ今は大丈夫だ。残り3枚は未だ元気いっぱいなのだから。
「でさー、そいつ弁当だけじゃなくて財布も忘れてやんの!しょうがないから貸してやったけど、その時の必死な顔が面白くて面白くて…」
タクムの奴は、中学生になった今でも毎日私に話しかけてくる。こっちは返事しないってのに、飽きない奴だ。
「…にしてもお前、新しい葉が生えてこないよな」
一通り話し終えた後、タクムが心配そうにこっちを見てくる。まぁかれこれ7年近くここで生きているので、葉が一枚減るくらいの老衰はあってもおかしくないだろう。
「…お前、このまま枯れないよな?」
タクムの顔が更に心配そうになる。まったくこいつは…花びらをデコに一枚ぶつける。
「うわっ…な、なんだ?」
まったく、まだ3枚も残っている上に元気なのだ。7年も一緒に過ごした相棒をそう簡単に置いて逝けるもんか。
「ったく…まだ元気そうじゃないか。心配して損したよ、まったく…」
そう、心配するような時期じゃない。こいつの子供くらいは見て逝きたいと考えているんだ、まだ死んでも死にきれないよ。
「さーて、ゲームでもするかな…」
おい待て、まだ宿題をやっていない。警告するべく、花びらを一枚宿題の方にひらりと飛ばす。
「…シロ、お前は第二の母親か。わーったよ、くそう」
宿題は大事です。
タクムが高校生になった。
なんと、遠くの割とハイレベルな私立高校に特待で合格したらしい。こいつ、こんな頭良かったのか…
ただ、交通費が割と洒落にならない距離らしい。なので、少し早いが一人暮らしをすることになった。無論、私も連れていった。
家を出る時、母と姉に「シロちゃん…!」と涙目で、鉢植えごと軽く抱きしめられた。いや、家族として大事に思ってくれているのは嬉しいけど、それは是非タクムにやってあげてください。何か微妙な顔でこっち見てる。
運搬中に傷ついたりひっくり返ったりしないかと不安だったが、タクムが紳士的なまでに丁寧に運んでくれた。何だこいつ、やるじゃないか。
そして、新しい拠点、アパートの一室。タクムは日当りの良い場所に台を置き、そこに私を置いた。
「ここなら日が良く当たるだろ、お前の特等席だ」
よくわかってるではないか。これはかなり居心地の良い場所だ。
「ったく、露骨に喜びやがって…お前の考えてる事、何となくわかるようになったんだからな」
どうしよう、相棒が人間離れしてきているみたいだ。
葉が2枚になった。花びらも3分の1が落ちて、生えなくなった。
「でさ、その先生の授業はすっごい眠くてさ…クラスメイトの半分は寝てやんの!」
高校生になった今でも、タクムは私に話しかけてくる。小学生ならともかく、高校生がそれをやるとアウトな絵面なのだが…本人は気にしてないようだし、いいか。
「…なぁ、シロ」
急に真面目な顔になって話しかけてきた。む、どうしたのさ。
「お前…枯れちまうのか?」
…前もそんな事聞かれた気がする。考えは同じ、「まだ死ぬ気はない」だ。
「…俺さ、お前をかけがえのないパートナーと思ってるんだ」
花に向かってそんな事言うのはやはりアレだが、こっちも同じ気持ちなので何も言えない。
「かれこれ11年か…今や半身と言っても良い相棒が居なくなるのは、やっぱ耐えられないからさ」
タクムは立ち上がって、こっちに拳を向けてくる。
「…俺より先に枯れるんじゃねぇぞ」
これまた無理難題を出してきた。けど上等、その意気で行こうじゃない。返事に花びらを一枚拳に飛ばした。
「でさ、あいつ宿題も忘れてやんの!どんだけ忘れっぽいんだよってな!」
葉が残り一枚になった。その最後の葉も既に萎れている。花びらも残り3枚だ。
最近、思考に靄がかかるようにもなった。
「はははは……シロ?」
近くの椅子に座って話しかけて来るタクムがこっちを覗きこんだ。
「おい、シロ?シロ!」
むー、うるさい。こっちは眠いのだから、そっとしておいてほしい。
…そういえば、今まで眠いなんて事は無かった気がする。どうやら最期が近いようだ。
「おい、シロ…?ま、待てよ…まだ、まだだろ!」
タクムは必至な形相で鉢植えを掴んでくる。こら、そんなに揺らさない。貴重な花びらが落ちちゃう。
「い、嫌だ、今更お前を失うとか…シロ!!」
こっちだって嫌だよ。まだ相棒の生涯を見届けてないんだから。あと子供も見てみたかった。
でも、もうダメみたいだ。取れかけていた花びらを1枚、タクムの顔に飛ばす。
「っ………なぁ、教えてくれシロ」
若干落ち着きを取り戻したタクムが聞いてくる。何さ。
「お前は…子供の頃の俺に摘まれて、この鉢植えでの生活を強要されてさ…幸せだったか?」
何を聞いてくるかと思えば、今更そんな質問か。そんなの決まってる。残り2枚になった花びらの内、1枚を飛ばす。
そこにあるのは、タクムと母と姉、そして花が写っている写真。
「…そっか。俺も幸せだった…だって、こんなに手放したくないんだから」
そう言って、鉢植えごと軽く抱きしめて来る。うん、幸せだ。何より、あなたと一緒だったから。
そう心の中で自分なりの告白をして、最後の1枚の花びらが…
「ありがとう…本当に、ありがとう…!!」
ひらりと、落ちた。
「他の人が聞いたら、頭がおかしいと思われるだろうけどさ…」
「お前が聞いたら、隠しもせずドン引きするだろうけどさ…」
「今までずっと一緒に過ごしてきたお前が、こんなにも大切だったんだ…はは、もしかしたら初恋だったのかもしれないな」
「…………ちくしょう、やっぱ悔しいよ…もっと一緒に居たかった、もっと見届けてほしかったよ、シロ!!」
「…………?な、なんだ?何か光って…うわっ!?」
我が家の朝は早い。
「うわぁぁ、遅刻だぁぁぁ!?」
…早くないといけなかった。タクムが大急ぎで起き上がり、制服に着替える。
「ああもう何で起こしてくれなかったんだシロ!!あ、その顔わざとだな!?く、くそう!!」
適当に取り出したパンをくわえて飛び出そうとする。ああもう見てられない。
「…ん?あぁ鞄か、すまん助かった!」
鞄を持ったタクムは、改めて家を飛び出そうとする…前に、振り返る。
「じゃ、シロ、いってきまーす!!」
こうして我が家の一日は慌ただしく始まる。
「…いってらっしゃい」
私、シロ…白く綺麗な髪をした少女は、呆れながらも苦笑いを浮かべ、相棒を見送った。
これぞご都合主義…!!
何度も言うが、後悔はしていない…!!(ぇ
この先二人は何やかんやでラブラブに過ごすことでしょう。たぶん、きっと。