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英雄カメラマンのホロサイト

幕間:ケガをした君の隣に。

作者: 霜月美由梨

ご無沙汰しております。

校正が終わり次第、五章を上げます。

 あたしに連絡が来たのは午後五時過ぎ。

 長澤のおじさんに直接携帯で栄吉が負傷したと言われたのだった。

 丁度、定時で上がろうと準備をしているころで、すぐにバイクにまたがって直接病院に急いだ。

「美緒!」

 表の玄関から入って救急の場所に急ぐ。廊下の先から駆け寄ってきたのは一人の女性軍人が駆け寄ってきた。同級生の里美で、栄吉と同僚で部下だ。

「里美?」

「栄ちゃんが」

「知ってる。大佐から連絡が来たの」

 その言葉に里美は憔悴しきった顔をしていた。それほどひどいのか。

「容体は?」

 聞くと、里美はあたしを見て、唇をかみしめた。嫌な予感が募る。

「右腕切断、接合済みに、左手の腱を切断。ほとんど、腕を動かせない状態」

「事故ったんじゃないよね?」

 事故ならば、腕だけでは収まらない。軽くて腕の骨折で、切断が起こるぐらいひどいのであれば、どこかしら内臓の損傷が起こってもおかしくない。

 あと、四肢を狙う攻撃は拷問だが、拷問であれば、まずアキレス腱を切って逃げられないようにするのが普通だ。

 ならば、考えるに、これは無力化。戦闘力をそぐために意図的に腕の腱を切った。

 実力は、我らが出世頭、栄吉が出し抜かれるぐらいだ。かなりの腕前、もしくは特務出身の誰か。

 ふとよぎった面影に、まさかと思いながらも答えを待つ。

「政治犯に……、いや、勇介にやられたって!」

 怒りに震えた瞳でこちらを見る。

 この子はすごく仲間思いだ。だから、許せないのだろう。栄吉に、親友の勇介がこんなひどいことをしたのを。

 にしても、あれがここまでやったのかと感心しながら、すぐにでも勇介を探しに行きそうな里美をなだめながらベンチに座らせる。

 病院は面会時間を終えて不気味な静けさが辺りを包んでいる。

 ここは救急病棟と一般病棟を結ぶ廊下のちょっと開けた場所。めったに人は通らないが、ベンチと自販機はある。

「栄ちゃん、あいつに何か吹っ切らせることしたんでしょ」

「でも、私たちは……」

「あいつらだって捕まりたくないから逃げるの。こちらが銃を持てば、奴らだってそうする。そうやって代々作り出された紛争にたまたま勇介と栄ちゃんが巻き込まれただけでしょ? 勇介だって軍にいたんだ、感情殺して殺るなんて、これに関しては、栄ちゃんより優秀だよ」

「……」

「それに、感情に押されて飛び出そうとしているあんたより、勇介の方がずっといい軍人ね。冷静になりなさい、里美」

 こんなふうに言えるあたしは腐っても軍人というわけだ。

「でも、でもあいつは!」

「里美……」

「いい加減にしろ、里美」

 抑えた声にはっと顔を上げると真っ白い顔をした栄吉が点滴台を手の甲で押して歩いてきた。

「栄ちゃ……。抜け出したの?」

「ああ。……腹減ってな」

 気まずそうにそっぽを向く彼に、なんとなくほっとしながら里美をなだめる役を交代して、売店で助六寿司とストローで吸える紙パックのお茶を買って箸とフォークをもらって帰る。

 もう、里美は消えていた。

「助六だけどいい?」

「ああ。食えりゃ何でもいい」

 ふたを開けて、しょうゆをかけてフォークを差し出した。

「いや、犬食いする」

「そんなにひどいの?」

「左手も指が動かない。親指ぐらいだな」

 痛くなさそうな顔をしながら動かすのは痛いらしい。

 あたしはため息交じりにそのフォークで細巻きを刺して口元に差し出した。

「はい、あーん」

 ちょっとからかってやろうと笑いながら言うと、彼が鋭くにらんできた。気にしない気にしない。

「誰に食べさせてもらってもいいでしょ。なに? お母さん呼んであげようか」

「いや、やめっ」

 口を開いた瞬間を狙って細巻きを突っ込む。これでもう何とも言えないはず。

 黙り込んでもごもごさせた彼に私は笑いかけて次の細巻きを刺す。

 物欲しそうにそれを見る彼にとりあえず、落ち着くまで食べさせてやる。そして、大体食べ終わったところで、満足したようにふうとため息をついた。

「昼から食べてなかったの?」

「ああ。午前は表をせめて、昼は散らばったバカどもをおっ立てて……」

「忙しいねえ」

 自分は今日なにしたっけと首を傾げる。大したことしてないかも。

「この忙しくなる時期に俺は休職するわけだ」

 自嘲するように言った彼にあたしはため息をついた。ということは、レジスタンスの解体作業をこれから始めるのだろう。

「栄ちゃんさ、なんか、勇介に吹っ切らせることしたでしょ」

「……」

 黙り込む彼に、あたしは目を伏せて、買ってきた紙パックのお茶にストローを刺して口元に差し出す。一気に吸う彼に、そういえば、麻酔切れた直後でこんなに食べていいのだろうかと思ったが、それは医療現場の人に任せよう。ゲロってもしーらない。

「栄ちゃん、撃ったんだね」

 半ば確信してそういうと、彼は、詰めていた息を吐き出したようだった。

「任務だった」

「その任務がこの結果を生んだ」

 出てきたのは静かな声だった。あたしは、いなりずしをちぎって一口、栄吉に差し出す。

「栄ちゃん」

「なんだ?」

 いなりずしを食べながらなんともないような声で首を傾げる彼は、なんとも思っていないようだった。

「ここには誰もいないよ」

「それがどうした?」

 首を傾げたままあたしを見る彼に、あたしはまっすぐ彼の瞳を見た。

「愚痴ってもいいんだよ。栄ちゃん」

 おじさんがあたしをここに呼んだのはそういうことなんだろう。

「……」

 彼は貝のように口を閉ざした。こいつはいつもそうだ。愚痴は長い時間待たなきゃ出ない。ならば、ナくまで待とう。

「はい、最後」

 いなりずしを口元に持っていくととりあえず食べてくれた。これは食べてくれるのね。

 そして、お茶を飲み終えて、ごみを捨てて、近くにあった車いすを借りる。もってきて栄吉の目の前で広げて首を傾げた。

「帰ろ?」

「いや、一人で帰る」

 立ち上がるのもやっとの癖によく言うよ。

「だーめ。なんかあったら大佐に言われるのあたしなんだからね?」

 うっと黙った彼にあたしは彼を支えながら車いすに座らせて点滴台とハンドルを握る。

「そこまで病人じゃねえよ」

「その顔でよく言うよ」

 そういって押し出す。

「しばらく、あんたの世話するから」

 栄吉の家族は地方にいる。一人でこっちでで稼いでいる状態で、だからこそ出世頭にもなれたのだ。

「仕事はどうするんだ?」

「別にいいでしょ」

 廊下の先には慌ててだれかを探している看護師たちがいる。間違いなくこいつだろう。

 あと、ちょっとだけ、目をつぶっててもらおう。

 身を隠せる階段の踊り場に入って、振り返ろうとする彼が動く前に後ろから抱きしめた。

「そばに居させて」

 正直、栄ちゃんを一人にしておくのが怖かった。それは大佐も同じなんだろう。

 でも、こんな時だからこそ、彼を支えたいと助けになりたいと、思った。――つまりはそういうことなのだろう。

「美緒?」

 戸惑う彼の声がかすれている。

 自分でもかなり大胆なことをしていると自覚している。

 でも、こうでもしないと彼はそばに置いてくれない。本当に自分に関することは後回しにする人だから。

 前に回した腕から伝わる彼の胸の鼓動は、早い。気絶しないよね、これぐらいで。

「……」

 黙り込んだ彼に、あたしはやりすぎたかな、と後悔した。離れようとすると、ふわりと暖かいものが触れた。

「……」

 指は動かないと言っていた左手だった。力の抜けた手を持ち上げて、あたしの手をさすっている。

「すまん……」

 小さなつぶやきは踊り場によく響いた。ほっとしながら、あたしは彼の髪に頬を寄せた。

 寄り添っているところが温かい。

 しばらく、互いの息遣いを感じ、足音が近づいてくるのを聞いて身を離した。

「行こうか」

「ああ」

 ハンドルを引いて戻って、病棟に帰った――。

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