イケメンに告白されたけどメイドをやることになった
イケメン告白シリーズ二作目
思春期の子供という存在は、非常にナイーブでデリケートな存在だ。
ちょっとした事でこの世の終わりであるかのように落ち込み、些細なきっかけでいじめが発生し、くだらないことで喧嘩が始まる。
さて、そんな中で「女装趣味」という爆弾を抱え、「校内一のイケメンと美人生徒会長に同時にロックオン」された俺。もう薄氷の上を全力ダッシュというか、地雷原でタップダンス状態である。一度爆発(破滅)したらもう後は恐くない的な意味で。
女子はまあ……いくらなんでも男に嫉妬は……するのか?
正直憧れの先輩がホモだった場合の女子生徒の反応が分からない。というか何処を探せばこの高校以外にそんなトチ狂ったシチュエーションが存在するのか。
男子は分かりやすい。
上手くやりやがってこの野郎と、うらやまけしからんとばかりに嫉妬するだけだ。
まあ殴られるくらいはあるかもしれないが、本気で喧嘩売ってくるような奴はアオイ先輩に言えばお仕置きされて終了だ。ああ見えてアオイ先輩かなりの武闘派だったりする。
知ってる? 大和撫子って文武に通じた逞しい女性のことなんだよ?
結局の所。俺がこの先平穏に高校生活を過ごしたいならば、情けない事にアオイ先輩の庇護下に入るのが手っ取り早いのだろう。
彩月先輩? 頼ったら男の矜持以上に大切な何かを失うわ。
「そういえばもうすぐ生徒会選挙だね」
「……だよねー」
一限目が終わったばかりの休み時間。近くの席で話していた女子生徒数人が、こちらをチラチラと見ながらそんな話題を展開する。
分かりやすい気遣いありがとうございます。でも正直泣きそうだから普通に接してくれないかな。
……俺が反対の立場でも無理だね。うん。
「よう古雅! 次の生徒会選挙どうすんだ? 生徒会長は引退だけど、おまえ気に入られてから生徒会に誘われてたんだろ?」
そんな奇妙な緊張状態を突破して話しかけてきたのは、クラスのムードメーカー兼トラブルメーカーな男子生徒、竹之内キョウジ。
うん、態度から「俺は噂なんて気にしてないぜ」というオーラがバリバリ出てるけど、逆にそれが気遣ってるの丸分かりで辛い。もうみんな俺を腫れ物のように扱ってる。
「……この状態で立候補しても落選するだろ」
とりあえず確かな事実を言っておく。
むしろこの風評被害の最中で俺が当選したら、この学校の生徒の脳みそを疑うよ。
「へー……」
そして反論の余地も無いのか。何も言えず間抜けな声を漏らす竹之内。
……せめて話題の展開を用意してから話しかけてくれ。
「あ、そ、そういえば生徒会選挙が終わったら文化祭だな」
「うん、そうだね」
「……」
「……」
会話終了。
クラスのムードメーカーを撃沈させるという偉業を成し遂げ、俺はまた一歩孤独の道へと進んだ。
……泣いてない。俺はまだ泣いてない。
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「えー文化祭までまだ日がありますが、先立ってクラスで何をしたいかアンケートをとります」
あっという間に時は過ぎ、午後のHRになる。
昼休みは教室でパンダのように観察されながら過ごした。思わず便所飯を決行しようかと思うほど居心地が悪かった。
兎が寂しくて死ぬのは嘘らしいが、俺はこのままでは教室で孤独死するかもしれない。
「はい! メイド喫茶が良いと思います!」
居るよねー。反対されると分かってて、こういう提案する男子。
下心満載過ぎて女子もドン引き……
「はい! 私もメイド喫茶が良いと思います!」
してねえ!?
「私もメイド喫茶良いと思う」
「私も!」
え、何? 何でそんなノリノリでメイド喫茶推してるの?
まさかメイド服着たいの? そりゃあびっくりだ。
「えー、じゃあ過半数が賛成みたいなので、うちのだしものはメイド喫茶で……」
黒板の前で仕切っていた委員長も困惑気味だ。しかし何故に困惑しつつ俺を何度も見ているのか。
よくよく見てみれば、クラス全員が俺をチラ見している。朝からそれとなく見られてはいたが、何故このタイミングで……?
「じゃあメイド役は女子のみんなと……古雅くんに任せようか」
「なんでやねん!?」
つっこんだ。もう関西人もその美しさに見とれるほど綺麗につっこんだ。
どうした委員長。おまえは常識人なはずだろ委員長。間違ってもクラスメイトを見世物にする女では無いだろ委員長。
「さすが委員長!」
「分かってるぅ!」
「なんでやねん!?」
再びつっこんだ。もう何このクラスのノリ。女装趣味な俺を排斥すると見せかけて、まさかの全面肯定。
まさか過ぎて予想つきません。何でおまえらそんなに俺の女装が見たいんだよ。
「え、だって彩月先輩も九重先輩も可愛いって言ってたし」
「あの二人が太鼓判押すなら本当に可愛いんだろうなって」
朝から近くの席で俺をチラ見していた女子たちが、何故か頬をそめながら教えてくれた。
結局あの二人のせいか!? 俺の平穏を返せ!?
「話は聞かせてもらったわ!」
「どっからわいた!?」
突然教室の扉をピシャアンと開け放って現れたアオイ先輩に、思わず敬語を忘れてつっこんだ。
いや、本当に何で居るんですか。自分のクラスのHRはどうしたんですか。
「話は聞かせてもらっ……」
「おまえは帰れ!?」
「ちょっ!? ここ二階!?」
遅れてなるものかと窓から現れた彩月先輩を、容赦なく蹴り落とす。
死んだらどうするって? 大丈夫。彩月先輩は主人公補正とか乙女ゲーのヒーロー補正とか現実世界に持ち込んじゃってる異物だから、イベントじゃないと死なない。
「いやー愛が痛いなあ」
案の定彩月先輩は平気な顔して教室の後ろの扉から入ってきた。
先ほどの蹴りには欠片も愛は籠もってないので、その痛みはきっと気のせいだ。
「さて、メイド喫茶をやるらしいけど、メイド服のあてはあるのかな?」
「アオイ先輩。メイド服準備できますか?」
「……ふふ。放置プレイか」
何だかやたらキラキラしてる彩月先輩を無視して、何か策があるらしいアオイ先輩に話をふる。
背後で彩月先輩がくねくねと蠢きながら恍惚としているのは、あくまで無視だ。存在を認めたら俺の何かが終わる。
「ええ。私の家は何人かメイドを雇っているの」
「スタッフー!? おかしい!? 世界観とか設定とかおかしい!?」
彩月先輩の存在もおかしかったが、アオイ先輩の家もおかしかった。
現代日本で何故にメイドを雇っている家があるのか。いや、海外だと普通にメイド居るし、日本でも居る所には居るのかもしれないけど。
「メイドなんて呼ぶから違和感があるのよ。家政婦さんなら一般家庭でも雇うでしょう?」
「ああなるほ……じゃあメイド服は着てないんですか?」
「着てるわよ?」
何を言ってるのとばかりに首を傾げるアオイ先輩。
え、俺がおかしいの? 話の流れ的におかしいのアオイ先輩じゃない?
「えー、じゃあメイド服を何着かお借りしても?」
「ええ。使い古しでも良いなら、クラスの人数分は用意できると思うわ」
「よっしゃー!」
アオイ先輩の言葉に喜びの雄叫びをあげる男子数人。こいつらは純粋に女子のメイド姿が見たいんだろう。
しかし注意して聞いて欲しい。アオイ先輩は「クラスの人数分用意できる」と言ったのだ。
俺以外の分もメイド服調達出来るよやったね。当日間際で気付いて焦るがいい、このボンクラども。
「じゃあ今度の休日にでも受け取りに窺いますね。……古雅くんが」
「俺かよ!?」
当然のように言う委員長。さっきからどうした委員長。普段のおまえはもっと常識人だろ委員長。
「承ったわ。ついでにうちのメイドにメイド教育をしてもらおうかしら」
「それが狙いか!?」
むしろそこに持ってくために、わざわざ下級生の教室に現れたのか。
いかん。このままではアオイ先輩宅で、メイド教育という名の羞恥プレイを強硬する羽目に……!?
「まったくアオイは酷い女だね。大丈夫だよリョウちゃん。僕の家に来れば只でメイド服をあげるから」
いつの間にか復帰していた彩月先輩が俺の肩を抱きながら言う。
一見紳士的だが、見えてる地雷にも程がある。あとリョウちゃんと言うな。
「……チィッ!」
「はぁはぁ」
そして俺と彩月先輩を見て舌打ちする女子生徒と、息が荒くなる女子生徒。
どっちも恐い。このクラスにまともな女子は居ないのか。
「あらあら。駄目よ古雅くん。こんな奴の家に行ったら、ぱくりと食べられちゃうわよ」
「何を!?」
滑らかな動きで俺を彩月先輩から引き離し、そのまま抱きしめて言うアオイ先輩。
彩月先輩は正面から来るけど、アオイ先輩は後ろから抱き着くのがお気に入りらしい。
「……クソッ!」
「……萌えぇ!」
そして俺とアオイ先輩を見て悪態をつく男子生徒と、何故かヘブン状態な男子生徒。
このクラスにまともな人間は居ないのか。
「おやおや。人聞きが悪いねアオイ。そんな発想が出るのは、君が同じ事をやるつもりだからじゃないかい?」
「否定はしないわ」
しないの!?
え、せいぜいメイド服着せてちょっと過剰なスキンシップだけだと思ってたのに、食べる気満々だったのアオイ先輩。
どうやら俺にはまだ危機感が足りなかったらしい。男が女の家に行って食われる心配するのがそもそもおかしい気がするが、アオイ先輩もおかしいので何もおかしくない。
「古雅くん。どっちに食べられても良いけど、メイド服はちゃんと借りてきてね」
あっさり見捨てる委員長。おまえはだけはまともだと思ってたのに委員長。もしかして名前を覚えてないのを怒ってるのか委員長。
「へえ……もう二学期なのに、まだ私の名前覚えてないんだ」
藪蛇だった。委員長から黒いオーラ噴出。マーカーは完全に赤(敵)です。
「……どうしてこうなった」
本日二度目の呟きは、教室の喧騒に飲まれて消えた。