監禁だお!
八月二十二日
表紙に書いてある言葉は嘘じゃないよ。まさか、私が監禁……。人生何があるか分からないね。ビックリだよ。
折角だから日記でも書こうと思うの。彼に許可を求めたらあっさりと許可がおりた。何だか拍子抜けしちゃう。断られるかと思ったのに。拍子抜けしたけど、やる気は削がれてないので彼の目の前でペンを動かす。さぁ、私の生活を暴露しちゃおうじゃない。
えっと、今日は監禁三日目。
初日は彼は泣き叫んで「ゴメン、ゴメンな」って繰り返してた。それは二日目まで続いて。流石にちょっと、うるさかった。だからつい、謝られても困るんだけど。そう言っちゃったの。そうしたら、今度は何も喋ってくれない。話しかけても黙り。つまらない。つまらないつまらないつまらなーい!
どうせすぐに助けは来る。人が突然いなくなったのだ。不審に思った誰かがきっと探しだしてくれる。でもそれまでがつまらない。
うん、決めた! 私は黙り続ける彼と昔みたいに話したり笑ったりする関係になることをここに誓います!
八月二十三日
監禁四日目。
今日は彼について話すね。彼の名前は高槻啓吾さん。私の一つ上で、22歳の大学院生。私と同じ大学に通ってて、サークルで知り合った先輩なの。サークルで話しているうちに仲良くなって一年前から付き合ってるんだけど、未だにらぶらぶで友達に見てるだけで恥ずかしいって言われちゃった。彼はとても優しいし容姿端麗、おまけに成績も優秀でみんなの憧れ的な存在。非公式だけどファンクラブも存在しちゃうんだ。凄いよね。
そんな自慢の彼なのに、監禁……。
八月二十四日
監禁五日目。彼は今日も何も話してくれなかった。でもね、根気強く話しかけたら少しだけど進歩があったんだよ。話しかけたら首を振って意思表示だけはしてくれるようになったの。たったこれだけのことだけど、大きな進歩だと思わない?
「食べる?」という質問に首を縦に降る、という簡単なやりとりだったけど、嬉しかった!
早くお話ができるようになりたいなぁー。
八月三十一日
一週間もほったらかしにしててゴメンね。首を降るという意思表示からなかなか進歩しなくて。特に何もなかったの。
今日は監禁十二日目。今日も彼の声が聞けなかった。残念。無視されてる訳じゃないって分かっているんだけど、悲しいな……。
早くお話ができるように今日もたくさん話しかけるよ!
九月八日
九月になったよ。一週間と一日ぶりだね。そして、祝二十日目!
祝っていいことじゃないのは分かっているんだけどね。でもあまりネタもないし。
あ、今日も彼は話してくれなかったけど、今はある作戦を決行中なの。ある作戦って言うのはね、私も一切話さないっていうもの。押してダメなら引いてみろって言うでしょ?
これで効果が現れるといいんだけど、でも大丈夫だと思うんだ。だって、彼の顔が悲しそうなんだもん。きっと寂しいんだよね? 私も彼と話せなくて寂しい……。
九月十一日
聞いて聞いて聞いて! 彼が声を聞かせてくれたの!! やったあああ!!
「どうして何も喋らないの」だって! これって作戦を決行したお蔭だよね!!
彼に私の気持ちを伝えたら彼もわかってくれたみたいで、話してくれるようになったよ。でも、その最初の声以降は私が話しかけないと会話はない。だから今度の目標は彼から私に声をかけてもらえるようになること。話しかけてもらえるように、私はまた口をつぐむことにしたの。折角彼の声が聞けるようになったばかりなのに、また彼の声が聞けなくなるのは悲しいけど、この悲しさを乗り越えたらきっと私の目標達成が待っているんだよね! 私、頑張るっ!
九月十四日
彼から話しかけてもらえたよ!
嬉しくて満面の笑みで応えたら彼はピクッと体を固くしてたけど、そのあとぎこちなくだけど嬉しそうに笑ってくれたの。笑顔が見れたのもすっごく久しぶりだから、話しかけてもらえた時よりも、もっともっと嬉しくなっちゃった! それから、二回目だから彼もどうして私が黙りこんでいたのか、わかってくれたみたいで彼からも話しかけてもらえるようになったよ。後は彼の笑顔のぎこちなさがなくなるといいな! よし、あと少し頑張るぞぉ!
九月十九日
監禁も1ヶ月たったよ。今では普通にお喋りもするし笑顔も見せてくれる。何だか昔に戻ったみたい。ふふふっ、私、やったよ! 嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しいっ!!
私は自分がたてた誓いを果たした。だから、もうやることも終わっちゃった。
…………あとどれくらいこの生活は続くんだろう……?
十月一日
監禁一ヶ月と十二日目。
十月になった。少し肌寒い。いつまで続くの? こんな生活……。
十一月十九日
監禁三ヶ月目。
ごめん、なさい……。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。助けて。お願い、助けて。
十一月三十日
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。助けて、助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて。ごめんなさいごめんなさい。ごめん。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。助けて。助けてよ。助けて助けて助けて助けて助けて。誰でもいいから。助けて!
//////////
カリカリカリ。静かな室内に私のペンを動かす音だけが聞こえる。私が日記を書いているとき、彼は静かに私を見つめてくる。日記の中身を彼は見ない。そのため、私は正直に 気持ちを書き記すことができるのだ。
だから私は今日も同じ言葉を書き続ける。
早く助けて、と。
「――比奈子」
それなのに、無情にも彼は私の名前を呼ぶのだ。昔と変わらない、私の大好きな笑顔で。
「啓吾、さん……」
こうして、私は今日も彼に捕らわれる――
//////////
「比奈子」
「ごめん、ごめんなさい……」
「比奈子」
「自分が間違っていることくらい分かってる。でも、もう止められないの……!」
「……比奈子」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。どうして、私は貴方を好きになってしまったの……?」
比奈子は鎖で繋がれる啓吾に抱きつきながら、涙を流して彼に許しをこう。どうして私は彼を愛してしまったの? 私の愛は重すぎる。だから自分の愛の重さに気づいたときにさっさと別れるべきだったのだ。
――彼を監禁する、その前に。
いくら悔いても、比奈子は彼を監禁する自らの行動を止められない。
最初はまだ啓吾がいなくなったことに気づいた誰かが自分を止めてくれると思っていた。きっと誰かが突然姿を消した彼の所在を求めて自分のもとまでたどり着く。そう思っていたため心に幾分かは余裕があった。きっとすぐにこの生活も終わる。もう関わることもなくなるだろうから、楽しもうと思っていた。
でも、三ヶ月以上たった今でも誰も彼を助けに来ない。このままではずっと自分は彼を縛り付けたまま。自分ではもう自分を止められないのに。
比奈子はただ一つの大事な願いを日記に綴る。
早く助けて。
早く彼を助けて――