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「え……いくの? っていくよ。だって試験も受けたし、合格もしたし……どうしてそんなこと聞くの?」
私はお母さんの言っている意味がよくわからなかった。だって大学を受けたいっていったときは二つ返事でオッケーしてくれたのに。
「どうしてって……だってパパ……ねぇ」
「うむぅ……ママ、もしかしたら私たちは勘違いしてたのかもしれないな」
勘違い? 何を勘違いすることがあるのだろうか。二人は何かを考えるように「う~ん」と唸っている。それを見て私はどんどん不安になっていく。
「勘違いってどういうこと? 私、大学いっちゃいけなかったの?」
あまりの不安に最後は声が小さくなっていき若干涙ぐむ。両親が勘違いしていたのは確かなようだが、もしかしたら私も何か勘違いしていたのかもしれない。
でも大学合格したときは二人して喜んでいたのに……考えれば考えるほど分からなくなる。
私が不安で目を潤ませているとお父さんはあわてて私の元に駆け寄り、床に膝をついて私の手を握りしめた。
「すまない流亜、違うんだ。いや、厳密には違わなくはないんだが……」
父の話す言葉の矛盾に頭の中でクエスチョンがつく。
「違わなくはない……? それって大学……いっちゃいけないってこと?」
か細い声でお父さんがいった言葉を反芻し、そこから先ほどの質問に対する答えを見つける。
「流亜、いっちゃいけないんじゃなくて、いけないのよ」
「え? いけない……」
お母さんの答えに愕然とする。いっちゃいけないんじゃなくて「いけない」。
それはどういう意味なんだろうか。うちは裕福とまではいかないけどそれなりに普通の家庭だと思っていたけど、実は家計が厳しくって私の大学に行くお金が足りないのだろうか……?
「お金が足りないなら私バイトするよ! 奨学金制度とかもあるし……。でも生活が厳しかったなら言ってくれれば私、就職したのに……」
色々、疑問が残るところもあるが、自分もできる範囲で家族の負担を軽減したい。大学もしたいことがあって行くわけではなく、高卒で就職できるところが少なかった為、大学でスキルを磨こうと思っていたのだ。
「いや、流亜、そういうことじゃない。大学にしろ就職にしろどっちもできないんだ。私たちは、ずっと前からそれを知っていたし、お前にも小さいころ話したことがあるから大丈夫だと思っていたんだが……」
大学も就職もできない? それじゃ私は何をすればいいのだろうか。さらに疑問がわく。お父さんが言葉を続けようと口を開くのを見て、とりあえず最後まで聞こうと耳を傾ける。するとお母さんが両手をポンっと叩いてニッコリとこう言った。
「あっ、でも就職といえば就職よねっ!! 永久就職の方だけど♪」
…………
……………………
…………………………はいぃぃぃいいいい!?
びっくりすることが聞こえた。
『永久就職』
私が知っている意味とお母さんが言っている言葉の意味が一緒なら、それはすなわち
『結婚』
ということだ。
だれが、だれとっ!!!???
「ど、どういう事? 永久就職ってアレだよね、世間一般でいうケッコンってことだよね!?」
お母さんの突然の物言いに口をぱくぱくさせながらも尋ねる。
「ええ、そうよ」
微笑みながらキッパリとハッキリと肯定した。
一瞬視界が真っ暗になる。しかし、その返事に今までの疑問が一気に溢れ出る。
「誰が、誰と!? っていうか、お父さんが言ったずっと前から知っていたって……どうして教えてくれなかったの? それに大学いけないならなんで受けてもいいって言ったの!?」
たくさんの疑問に脳が処理に追いつかず、混乱しながら半泣き状態で二人に叫んだ。
「あー、大学の事は悪かった。それについてはパパもママも誤解していてな。その、受けたいだけかと思ったんだ。試験を」
「行きたいとは別だと思っていたのよねぇ」
父は困ったように頭をかき、母は悪いとも思ってないような口ぶりで朗らかに言う。
行きたいから受けるのであって、行けないのに試験だけ受けたい人はいるのだろうか。
明らかに普通はしない間違いを二人はしていた。前から両親はどこかズレていると思っていたが、今回のことで分かった。どこかじゃない。全部がズレている。
「それじゃお父さんが言っていたずっと知ってたことと、結婚ってどういうこと? 詳しく教えてくれない?」
もう二人が勘違いしないようにキッチリ細部まで聞こう。もしかしたらこれも勘違いかもしれない。
「そうだな、お前の婚約が決まったのは3歳頃だったかな。もともと、その方の近くに住んでいたのだが、訳あって離れないといけないことになってね。その時に流亜が高校を卒業したらその方の元へ行くよう約束していたんだ」
要は婚約したが引っ越ししないといけないことになって、一時は離れたが、私が高校卒業したらその人の元にいくと。で、私はめでたく今日、卒業したのでその人の元へ行かないといけないと……
ぜ、全然めでたくな~~~~~~~い!
「そう約束したのよ。あなたの結婚する人と」
「私が結婚……する人?」
「ああ、そうだ」
「ええ、そうよ」
二人は同時に答え、頷いた。そして、私の結婚相手だという人の名前を言った。
「名はヴィスラヌ様という」
「魔界を統べる、一番偉い方。魔王様よ」
それは私にとって、とても信じられる話しではなかった――
……というか、名前からいって日本人じゃない。それどころか職業は魔王ときたもんだ。
ありえない。そんな妄想癖のある人と結婚なんてしたくない。
むしろうちの両親もそんな得体の知らない人と約束なんて交していただきたくない。
「魔界とか魔王とかそれってゲームとか漫画とかの世界でしょ? そんな会ったこともない危ない人と結婚なんてしたくないし……私、了承した覚えないんだけど」
さらっと魔界とか魔王とか言っちゃってるうちの両親も相当危ない気もするけど……
それは黙って胸のうちに秘めておく。
「うーん、そう言われても決まった事だし、私たちにはどうする事もできないのよねぇ。それに、流亜も小さい頃に魔王様にお会いしてるわよ?」
「えっ!? ウソッ!!」
「本当よ。最後に会ったのは3歳の頃だったかしら、ちょうど婚約が決まった時ねぇ。そのあとすぐ遠くに行かないといけなくなったのよ」
「ああ、そのくらいだな。あの頃からすでに魔王様は流亜にメロメロだったなぁ。まぁ、流亜の愛らしさといったら……みんなを虜にするからなあ~」
「ふふっ、流亜ってば魔性の女ね。魔王様の妻になるに相応しいわっ」
と、冗談が本気かもつかないような二人の会話を聞きながら、私の脳裏に一つの言葉が通り過ぎる。
『魔王様はロリコン』
「というか……もしかして、その頃の私にこの人と結婚するとか云々とか言ったの?」
肩を落としてため息をつきながら尋ねる。いや、尋ねるまでもない。
絶対そうだという確信があった。心なしか目も据わってくる。
「おお! そうだ、そうそう!! よくわかったな。思い出したか?」
ガクッ
やっぱし……。そんな事だろうと思った。想像通りの答えに体から力が抜けていく。
「3歳の頃とか記憶ないし……覚えてるわけないでしょ」
はぁぁぁ、と深いため息をつく。
ダメだ。うちの両親と話していても埒があかない。
それにさっき母は「自分たちではどうする事もできない」と言った。それなら自分がその人に直接話すしかない。それにしても……
「ねえ、私が3歳の時に約束したってことは、今その人は何歳なの?」
お父さんと同じくらいの歳の人だったらどうしようと思った。
でもまだ結婚するって決まったわけじゃないし、……両親の中では決まってるみたいだけど。
案外、落ち着きある大人な人の方が、話し合いがしやすいかもしれない。そう思っているとお父さんが首をひねりながら答えた。
「詳しい歳はよくわからんが、見た感じ25,6だな」
「まあ、会って話してみたら解るわよ。相手を知らないで行った方が色々聞けていいじゃない」
ねっ、と言いながら母がウィンクする。色々聞けてって……そんな仲良くなるつもりもないんだけど……
とりあえず今日はもう夜になるし、明日の朝その人の所に向かってみよう。
でも年齢的にも社会人だし、急に行っても仕事で会えないかもしれない。まさか本当に職業:魔王ってことはないだろうし。
相手の都合もあるし、連絡先を聞いてから電話して確認とってみよう。
幼くて覚えてないとはいえ、会って約束した手前、電話で一方的に断る真似はしたくない。
「私、明日その人の所にいってちゃんと話し合ってくるね。時間の都合がつくか聞きたいからその人の連絡先教えてくれる? えーっと、そのヴィスラヌさん? って人の――」
私がそういうと、日が傾いて暗くなり始めた部屋が急に明るくなり、フローリングの床が白く発光した。
「はっ!? えっ? 何!?」
私は急に明るく光りだした部屋に戸惑いながらあたりを見渡す。
すると頭の中に聞き覚えのあるような無いような、なんだか懐かしいような声が響きわたる。
――ようやく私の名を呼んでくれたな。ルア……ずっと待っていた――