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私の名前は土屋流亜、18歳。
普通の両親から生まれ、普通の家庭で育った、いたって普通の女の子だ。
そんな私は今日、3年の学生生活を終え、高校を卒業した。
4月から県内の大学にも通うことが決まっている。
きっと楽しいキャンパスライフ、そして新しい出会い、素敵な彼氏が待っていることだろう。
……彼氏はできるかどうかわかんないけど……。
しかしそんな私の想いも人生も、このあと完膚なまでに叩きのめされ、粉々に打ち砕かれることになるとは、その時はまったく知らなかった。いや、想像なんてできなかった。
まさか自分の人生も世界も180度かわることになるなんて――
「おかえり、流亜。素敵な卒業式だったわね」
みんなとひとしきり挨拶を終え、家に帰ると一足先に帰っていたお母さんが出迎えてくれた。
「ただいま。そうかな? 普通の卒業式だったと思うけど」
そういって苦笑する。こっちとしては校長先生や来賓の方々の長い話を聞くのは結構退屈だったりする。
でも親としては自分の子が無事卒業したことに感慨深いものを感じるのだろう。
「お母さんにとっては素敵なのっ。あんなに小さかった流亜がこんなに大きくなって……しかも立派に卒業までして……うっ」
そう言って卒業式を思いだしたのかエプロンの裾をもって出てきた涙を拭いている。うちの母は涙もろい。
「ハハ……お母さんが良かったなら良かったよ……あ、そう言えばお父さんは?」
お父さんも今日は仕事をお休みして、お母さんと一緒に卒業式に来てくれていた。
そしてどこの家族よりも早く卒業式の会場にきて買ったばかりのビデオカメラを意気揚々とまわしていた。
……恥ずかしい。
「パパはリビングでさっきとった映像を観てるわよ」
「えっ、もう!!?」
「ふふ、流亜がちゃんと可愛く映ってるか気になったみたい。帰ってからすぐ確認してたわよ。流亜も荷物置いたら観てみたら? 可愛く映ってるか気になるでしょ」
微笑みながらお母さんはそういうと、リビングにいるお父さんの方にむかって歩いていった。自分も観るのだろう。
可愛く云々は置いといて、自分の姿をビデオで見るのは恥ずかしいものがある。
はぁ、と若干ズレた母親の言葉にため息をつきながらも、ビデオを観るため荷物を置きに自分の部屋へと階段を上がっていった。
「う……うぅ……ううう……うっうっうっ」
――前言修正。お母さんも涙もろいがお父さんはそれ以上に涙もろい。
荷物を置いてリビングへ向かうと私の卒業式の映像が流れていた。
私の席はちょうど通路側で、お父さんたちは対角線上に居たのだろう。しっかりと横顔が写っている。私は背が低い方(一応150はいってるっ!)……なので場所が悪かったら人に埋もれて、写すのも難しかっただろう。
映っている私は、黒く長い髪をサイドから後ろにひとつに纏めジッと校長先生の話を聞いている。
そしてそんな映像を見てお父さんが目から滝のような涙と鼻水を流し、ものすごい顔になってる……
お母さんがそれを見てさっとティッシュを渡す。さすが長年連れ添った夫婦だ。すばやい。
よくみるとすでに空になった箱が隅に転がっていた。
「あ、ありがとう、ママ……ずびぃいいいい、ずるるるるぅ」
お母さんからもらったティッシュで父は盛大に鼻をかんでごみ箱に捨てる。が、すでにティッシュの山となっているごみ箱には入りきらず、そのままぽてんと床に落ちる。
「も~、恥ずかしいな、ちょっと落ち着いて……」
リビングの入口でその光景を見ていた私はさすがに恥ずかしくなって、お父さんを落ちつけようと声をかけようとした。すると、ちょうど私が卒業式の答辞を読む場面になり、それを観たお父さんがさらにヒートアップする。
「お、おぉぉぉぉ! あんなに小さかった流亜がこんなに大きくなって……しかもこんなに立派に答辞まで読んで……う、、、うおぉぉぉぉ!! パパは……パパは……」
そういって、さっき鼻をかんだのもむなしく、また新しい鼻水と涙でぐっしゃになりながらテレビの私に頬ずりする。
ぞわわわわわわ
一気に悪寒が駆けあがる。実際、私にやられるよりは百倍マシだが、さすがの父の姿に軽く引く。
「ほらほら、パパ落ち着いて。流亜が帰ってきてるわよ。テレビより本人にしてあげたほうが流亜も喜ぶわよ。ねえ、流亜?」
お母さんがそういって暴走するお父さんをなだめながら私の方を振り返った。
いやいやいや、喜びませんからっ!! むしろ引いてましたから!!!
急に斜め上からのまったく見当違いなお母さんの言葉に驚きながらも必死で横に首を振って答える。
「流亜……?」
お父さんの顔がテレビからゆっくりと私の方へ振りかえる。その刹那……
「るぅううあああああああ!!!」
「いぃやああああああああ!!!」
バキィッッッ
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら突進してくる父に恐怖を感じた私は咄嗟に右手を突き出し、私の拳がお父さんの顔面にめりこんだ。
「……まったく、流亜ってば本当お転婆さんなんだから。いくらうれしいからって顔はダメよ~。パパはお顔が取り柄なんだから」
見当はずれなことをいいつつも、軽くひどいことを言ってのけるお母さんはニコニコしながら、そういってお父さんの顔を手当てする。
「ママ……それってどういう……」
対する父も母の微妙な言い回しに引っ掛かりを覚えつつもおとなしく手当てされている。
「ぜんっぜん嬉しくないからっ! むしろ怖かったんだから!! もうっ、お父さんも落ち着いてよねっ」
そういって腰に手を当てお父さんを軽く睨みつける。
「か……可愛い……」
そんな私をみてお父さんは目をキラキラさせている。
ダメだ。全然わかってない。こめかみがひきつるのを押さえつつ、できるだけ冷静に言った。
「たしかに高校は卒業したけど、来月から大学いくんだから。そんなに感動しなくっても……家から通うことになるんだし……」
そう言ってため息をつくと両親はなぜかポカーンとした顔になって二人は顔を見合わせる。
「「えっ?」」
「えっ?」
どうしてそんな顔になるのか、驚きと焦りにも似たような表情の両親の顔をみて私は得も知れぬ不安に駆られる。
不意にお母さんが口を開く。その顔はまだ驚きに固定されている。
「流亜……大学にいくの?」
母の出した言葉は全く予期せぬものだった――