Report.6 アフター・オール
1999年3月25日。学校、教室。
「早川」
「はい」
教壇にたどりつくと、先生は私を見据えている。
「……ぎりぎりだが進級おめでとう」
そして私に通知表を渡してくれた。
「……来年は出席日数をどうにかしてくれよ」
「はい……ごほごほ」
あう~。私は一礼して自分の席に戻る。
座る前に開いて確認する。出席日数は確かにぎりぎりだった。あと1日欠席があれば
私は留年するところ。風邪を引きずったまま1週間むりやり登校したかいがあったわ。
そして私は椅子を引き……
「えりな、やっと気がついたみいね」
目の前に真希。見覚えのある天井……ああ私の部屋だ。
「さっきまで学校にいたようなきが……」
「訂正が必要ね。三日前よ」
「……あの、私三日間もなにしてたの」
「意識不明でずっと寝てたのよ」
「そうだったんだ」
「通知表を受け取ってそこで倒れたのよ。びっくりしたわよ」
「そうだったんだ……」
「というわけで私とマリアはえりなをタクシーに乗せて帰ってきたってわけ。普通なら
病院に行くところだけど、えりなって地球の医者にみせられないしね」
「ありがとう」
私はベッドに起き上がって頭を下げた。
「もう少し健康管理に今後注意してね、えりな」
「はぁい」
ベッドの横に薬の入った袋が置いてあった。
「ドクター・バーゼル呼んだわけ」
「呼んだわよ、メリーさんが。風邪が悪化して疲労も重なってるからしばらく休ませろ
っていってたわ」
やっぱしそういわれたか。わかってはいるけどねえ……
「そういうわけでもう1日くらい寝てなさい。無事進級できたんだし」
「はぁい」
「えりなは成績はいいのに休みが多いんだからあ」
「私は勤労学生なんだからしょうがないじゃない」
「仕事が忙しいのもわかるけど、倒れるのは問題よ」
「はあい。でもね、宇宙船の維持とかすっごくお金かかるんだからしょうがないのよ」
「やっぱりいろいろと大変なんだね」
「まあね。特に地球の通貨は宇宙じゃ使えないし、逆もそうだしね」
「……そっか。両方いるのよね、えりなの場合」
「うん。連盟のクレジットベースだと結構私ってお金持ちなんだけどねえ」
「そうなんだ」
「……というか貧乏すぎるとそもそも宇宙船なんか維持できません」
「そっか。宇宙船て金食い虫なのねえ」
「真希、お茶入れてくれるかしら」
「了解。なんにするの」
「ホット・アールグレイ」
真希はうなずいて部屋を出ていった。
2000年3月29日。ブラック・ヴァレー。
「結婚おめでとう、真希」
「ありがと」
「きれいだったわよ」
「そりゃどうも」
「高校出てすぐ結婚するとはねえ……意外だったわ」
「もう少しつきあうと思ってたの」
「うん……まあね」
「……さて次はえりなね。もっとも普通の男じゃえりなには合わないかな」
「どういう意味よ~」
ここはアメリカ、カリフォルニア、ブラック・ヴァレー。
今日はテッド・スタインバーグと松川真希の結婚式。
テッドはトランス・イースタン・ギャラクシー銀行地球支店長。異星人とアメリカ人
のハーフ。
真希は私の親友。高校を卒業したばかり。この結婚で真希も汎銀河連盟の市民権を持
つことになる。
「やあ」
「やあじゃないでしょ。なにこそこそ隠れてんのよ」
今日の主役、テッドが柱の影に隠れていた。
「いや、落ち着かなくて。それにこんなにあっさり結婚できるとは思わなかったし」
「そうよね。プロポーズしたらあっさりOKしてもらったんですもんね、この果報者っ」
「ははははは」
「ちゃんと幸せにしてやってよ。いいわね」
「……ああもちろんさ」
「真希はこれまで宇宙に出たことがないんだから心細くて、頼りになるのはあなただけ
なんだから、気をつけてやってね」
「わかってるって」
……真希はこれからニューヨークでテッドと一緒に生活することになる。
しばらくは勉強に専念して、汎銀河連盟中央歴史大学を目指すという。
新婚生活と受験勉強が両立するかどうかはなんともいえないけど、真希は結構要領の
いいところもあるし、気分の切り替えも早いからなんとかなるかもね。
真希は両親と妹に結婚相手の正体についてちゃんと説明していた。
反対はなかったそうだ。真希の両親も真希に似てかなり変わった人たちだったようで
ある。それどころか、あっさり結婚できてよかったとおもっているみたいだった。
2004年3月22日。ブラック・ヴァレー
「結婚おめでとう、えりな」
とマキ・スタインバーグ(旧姓・松川)が言った。
「ありがとう、マキ」
「えりなのことだから、どんな変わった人かと思ったのに……普通に見えるわね」
「あのねえ。なにヘンな期待してたのよ」
「普通の日本人だって聞いてびっくりしたわよ。天かけるトレーダーとはつりあ
いがとれてないんじゃない」
「孝司《たかし》は、普通なんだからそれでいいのよ」
「……えりな。あいにく僕はそれほど普通じゃないつもりだけどね」
高森孝司がやってきた。
「えっ、そうだったの」
「普通の結婚がしたかったら他の人にしたよ」
「あ……あのねえ」
「そもそも僕はサラリーマンじゃなくて作家なんだから普通じゃなくてちょうどいいん
だ」
あああ言っちゃった。
「……えりな、あんた人にさんざんのろけ聞かせといてそういうことは言わなかった
わね」
「……出会ったときは作家じゃなかったもん」
私と付き合いはじめたのは私は桜台学園大学1年。彼が同じ大学の2年の時だった。
その後彼は3年の時に「スターライト・ポーター」で小説プラネット新人賞を受賞し
てデヴューした。
それからしばらくして、私は宇宙人とのハーフだということを彼に打ち明けた。
彼はしばらくあぜんとしていたけど……結局私を受け入れてくれたのだった。
そして、ブラック・ヴァレーの教会で結婚式は行われた。
外へ出て、ヴァージンロードを歩く、私と孝司。
そして、私はブーケを空高く投げた……
「……はい、これでおしまい」
と私はいった。ここはフロンティア99の役所。
「ちょっとみしてくれ……なんてかいてあるのかようわからんなあ」
と孝司は困っている。
「そのうちわかるようになるわよ」
これって第7銀河標準語でかいたからねえ。
「しかし……こんなにあわてるこたなかったんじゃ……」
「地球の結婚日と連盟の結婚日を一緒にするにはあわてるしかないもの。片道8時間も
かかるんだし」
「……ううむ」
「そもそも地球は連盟外だもん」
「そりゃそうだけど」
「地球が連盟に早く入ればいいのにねえ」
そして私は窓口で婚姻届を手渡した。しばらくじっとみつめてチェックして、
「……はい。結構です。おめでとうございます」
「ありがと」
……思い返せば、結婚式はずいぶん慌ただしかったような気がするわね。
結婚式の前に、私はフロンティア99の支店長代行になっていた。
会社の規則上、支店長は長期契約正式社員でないといけないのだが、上の方でいろい
ろあったようで、気がつくとうちの支店はほとんどが短期契約社員やアルバイトやパー
トということになっていた。
というわけでやむなく暫定的に私が支店長代行になった。そのうち正式な支店長が来
るだろうと思っていたのだが……とうとうこなかった。まあフロンティア99は重要
な支店じゃないので人事的にも後回しにされがちだしね。
結婚後、そんなわけで私はフロンティア99でお仕事をして、時々地球に戻るという
いわば単身赴任モードになってしまったわけだ。
幸い、孝司はサラリーマンじゃないので、時々こっちにしばらくいてもらうとかして
もらったんだけどね。
孝司にいわせると、「ここまでは地球の編集者も追ってこないから安心だよ」
なんだかなあ。
2005年に私は正式に支店長になった。
人事部の知り合いのマコーラに聞いてみたら、みんな田舎に行くのがいやで支店長を
おしつけあいしていたらしい。やれやれ。
その頃になると、孝司もすっかり第7銀河標準語をマスターしていた。
そして、地球の作家だと知ると、田舎の出版社からエッセイを書いてみないかともち
かけられ……
その後はどうなったかというと、フロンティア99にいる時には連盟の出版社の編集
さんに追いかけられる日々がやってきたのだった。
今では、フロンティア99にいることのほうが多く、時々地球へ出かけるという状態
のようである。
孝司が2007年に出した小説「ブラックキャット・トレーダー」は一躍連盟内で話
題をさらい、リルボール賞というのを受賞した。
リルボール賞というのは、連盟銀河系空想物語大会という銀河系最大規模のSF大会の
参加者で決める賞で、銀河系のSFとしてもっとも栄誉のある賞だという……けど私に
はちょっとピンとこない。
マキにこのことをいったら「ああ、要するにヒューゴー賞の銀河系版でしょ」
と一言で言われてしまったけど。
ちなみにお話の内容はというと、辺境を舞台にアリナという自由商人が活躍する話な
んだけど……どうみてもこのアリナって私がモデルとしか……
孝司に聞いてみたら「もちろんそうだよ」だって。なるほどねえ。
2010年8月。
高校2年の時のクラス会が開催されるというので、私はチェリーブラッサムで地球へ
向かっている。ほんと、歳をとるのなんてあっというま……よね。
メリーは、私が結婚する前に家庭の事情とやらで実家に戻っていた。メリーは実は連
盟でも名高いクラニレーン王家の姫君だったらしい。道理で……ヘンなやつだとは思
っていたけど……。メリーはもともと第三位の王位継承者だったんだけど、遠い所に
行きたくなってそれでキャメロードに入社してたのだ。ところがいろいろあって……
やむなくメリーは帰国したのだった。時々ギャラクシーネットの記事でみかけるけど、
どうやら元気そうなのがなによりである。
真希は、汎銀河連盟中央歴史大学で勉強中。時々メールが届くけど、こちらも元気そ
のものってかんじ。そんなわけでテッドは寂しいらしく、時々フロンティア99にやっ
てきて、私にたいしていろいろ愚痴をぶつけてくる。
マリアは、私がこっちにいるようになったころから、キャメロード・トレーディング
の地球出張所長をやっている。(ついでに家の掃除も)。なにしろ私、たまにしか地球に
帰らなくなったからねえ。
そして私はもちろんフロンティア99で仕事に邁進している。
……結局。
今の私は地球から離れていることが多くなったんだけど……それでも故郷を、地球
のことを考えないことはないわね。
会場は友角市の小さな喫茶店だった。もちろん貸切。
店の名前は「ワイルドキャッツ」。
中に入ると、
「久しぶりね、えりな」
「真希……あなたくるなんていってなかったじゃない」
「欠席するともいってなかったわよ。……驚いたかしら」
「ちょっぴりね」
「今日は倒れないように注意してね」
「……はぁい」
<END>
最終回はそんなわけで、少しひねった終わり方にしてみました。
「あおいちゃんパニック!」風にたんたんとおわるのもよかったのですが、それじゃ
安易だしねえ・・・
というわけで、「魔女っ子戦隊パステリオン」風のおわりかたにしてみました(笑)
最終回だけ時間の流れがやたら早いのはそういうわけです。
もっとも、「それなら最後は子供の産まれるシーンじゃないと」という声もあると
は思いますが、それだと・・・さすがにみもふたもない(爆)
最後にえーと・・・
そんなわけで物語はおしまいですが、えりな達の人生はまだまだ続くわけで、もし
どこかでみかけることがあったら声でもかけてやってくださいませ。
SEE YOU AGAIN.
BLUESTAR(1999/12/31)
p.s.というわけでこれでおしまいです。
最終回で近未来として2010年の描写をしたんですが、
すでに2012年です。時の流れは速いものです。
BLUESTAR(2012/5/30)