合致
景の部屋の鏡の前で、ワタシはぼんやり立ち尽くしていた。
蛍光灯の光を反射する鏡が眩しい。鏡の中には、本来のワタシと全く同じ姿をした人物が映っている。
この体。本当は、妹の。今は、ワタシの。
――ようやく、ワタシは蘇った。
双子の妹の体を容器にして。
双子の妹の命を養分にして。
あの子、ワタシと見分けがつくようにわざわざ男っぽい喋り方をして、一人称まで『ぼく』って言って。
馬鹿ね。一卵性双生児ってのは、元々一つのモノが二つになっただけなんだから、わざわざ分ける必要なんかなかったのに。――同じであれば、それで良かったのに。
そう。今のように。
鏡に映るように、目の前に同一として存在しているべきだったのよ。
遺伝子が同一なように、魂も同一。数学的な言葉を使えば、相似ではなく、合同。
完全な、反射。
『似ている』じゃ駄目。『そのもの』にならなければ。でも、あんまりあの子の事を悪く言っちゃ駄目ね。あの子のおかげで、ワタシは帰ってこれたのだから。
こんな方法を取ってワタシはあの子を犠牲にしたけれど、でも妹だからちゃんと大事には思っていたのよ。
十ヶ月もの間、一緒に羊水の中でゆらゆらと揺られていたの。
二人、向き合って、手を伸ばせばすぐ届く場所にいたのよ。
この世で唯一、同じモノだったのに。
今日来てくれなかった。
だからこそ。
ワタシは――――――
――『ワタシ』? ううん、、違うわね。
今日からは、『ぼく』って言わなきゃ。
ワタシは、ぼく。
結花は、景。
…………。
…………………………。
『ぼくの名前は景。結花と言う名前の姉がいた』
うふふ。
これなら、いけそうね。
ああ、言葉遣いも改めなきゃ。失敗、失敗。
少しずつ、慣らしていかないと――――……。
――って、あれ。
ドアがノックされてる。「どうぞー」
ぼくはドアに向かって呼びかけた。
その声を受けて、かちゃりとドアが押し開けられる。
「景? もうご飯よ、何してるの一体。早く来なさい」
ドアと壁の間から顔を覗かせた母が言った。
手に杓文字を持ったままだ。
変なところでうちの母はうっかりしている。
「うん。解ってるよ」
「……あら。……景、何だか少し雰囲気変わった?」
おっと。さすが母。よく解ってらっしゃる。これは母が一番の危険人物になりそうだ。
ここはとりあえず誤魔化しの言葉が必要だ。
「うん。ぼく、今日からちょっと変わる事にしたんだ」
「何言ってるのよもう。そんな事はいいから早くおいで」
呆れたように言って、母はドアを閉めた。
自分が話題を振ったくせに。
ぼくは小さく苦笑を漏らした。
…………『そんな事はいい』、か。
本当に。
ぼくがワタシだとか、ワタシがぼくだとか。
景が結花だろうが、結花が景だろうが。
そんな事、どうだっていいよねぇ――――――
ぼくは心の底から哄笑したい気持ちを必死で抑え、軽い足取りで部屋から出て行った。
唇の端が自然に持ち上がってしまう。せめて口笛だけでも吹きたいが、ぼくは吹けないんだ。
残念、だなぁ。




