シューカツなう
年末に派遣先をリストラされ今度こそは社員にと転職活動を始めたはいいものの、貧相な職歴と年齢のせいか面接どころか書類選考すら通らず早や三か月が過ぎました。貯金も底が見えていよいよ焦りが増してきたぼくに、急に求人が舞い込み始めました。
相変わらず紛争などの絶えないぶっそうな世の中ですが、ぼくの心は上向いていました。
「雅人、調子どうよ?」
そう訊いてくる、昔のバイト時代からの友人松ちゃんに、ぼくは舞いあがって言いました。
「実は求人が結構あって嬉しい悲鳴なんだけど。転職サイト変えたら、急に来るようになってさ」
「まじで? 教えてよ。おれも今絶不調でさ」
調子に乗って、ぼくは最近ネット上で見つけた転職サイトの名とアドレスを教えました。困った時はお互い様ですから。
メジャーな転職サイトやハローワークでは一二度しか書類選考を通過したことがなかったくせに、経歴等を入力してエントリーした途端「ぜひ面接にてお目にかかりたく」などという反応を見ると、社会に必要とされているという悦びが全身を駆け巡ります。
業務内容も、「高度なコミュニケーション能力を必要とする人員管理業務」や「精密機器の製造・管理」など、どちらかというと地道な業務が多いように見うけられましたが堅実な仕事ばかりにも思われ、工場のライン管理を担当していたぼくは、活躍のフィールドばかりか未来も開けるのをおぼえました。待遇も良いどころではなく、かなりの高給を提示している求人もあります。
――世間で言う、“ブラック企業”とかじゃないよな――
そういう不安もあり問い合わせてみましたが、待遇に間違いはなく、長時間労働なども無さそうです。このサイトではそうした問い合わせも多いらしく、サイトが一括して、懇切丁寧に対応してくれました。
――どうしてこんな美味しいサイトが世間に知られずにいるのだろう?――
つい訊いてみたこともあるのですが、「特殊な技能等をお持ちの方だけに、ご利用いただけるようにするためです」という返事。
――ぼくに、そんな特殊技能なんて、あったか?――
しかしかつては工場で外国人労働者だけ三十人をうまく束ね、たった二~三日の納期でコンマ数ミリ以内の誤差で金属部品一万点を、何度も納入したことのある実績を買われたのかと思いながら、ぼくは書類選考を通った八社全てに応諾の返事をしました。
「工場の換気装置製造など保守・点検業務」といったような“堅い”業務ばかりです。
この日の興奮を、よく覚えています。ネットでは原発事故や航空機墜落のニュースが掲載されていました。無職であることは、社会の機構から隔絶されることです。働けばいくら物騒であれ、ぼくもニュースで伝えられる世界と同じ「世間」に、また戻れるのです。
「今日、これから面接なんだ」
松ちゃんの浮かない声を聞いたのは、ぼくも三日後に最初の面接を控えた朝でした。がんばればいいじゃん、と笑って言うと、彼は気になることがあって、と言います。
「この前、何かやる気なくて面接をすっぽかしたんだ。そしたら、面接の人たちが、わざわざ家まで迎えに来てさ」
「なんだよそれ」ぼくはまだ笑っていました。「松ちゃん、相変わらずだらしないな」
「けど、なんだか異様で。約束したんだから、絶対面接に来い、って感じなんだよ」
それは確かに変だと思い、黙っていると、彼は続けました。
「結局それもスッポカしたんだ。そしたら、今日また迎えに来るって…」
「…さすがにそれは断った方がいいかもね。労基署とか、相談してみたら」
「あ、来た。また後で連絡する」電話の向こうにドンドン、音が聞こえ、電話が切れました。
次の日、「内定もらいました。早速出勤」という、何とも素っ気ないメールが一通届いたきり、松ちゃんからメールが来なくなりました。更に翌日、何気なくネットを見ると、隣国の大統領が訪日中、自爆テロで暗殺されたとのニュースがアップされています。
不吉な考えが頭に浮かび、ぼくは思わず息を呑みました。松ちゃんが言ってた勤務地が、その現場に近かったからです。
――もしそうだとしても、なぜ松ちゃんが…――
ぼくはその考えを、一笑に付しました。あまりにばかばかしい考えと思ったからです。
けどぼくは、やはりちょっと不気味になって、最初の企業の面接をスッポカしました。ネットでは、相変わらずぶっそうなニュースが流れています。あるカルト宗教組織が、地下に巨大な化学兵器工場を作っているらしい、というのです。当然危険な薬品も扱います。
「危険」という言葉が意識に上り、ぼくは「あっ」と叫びました。
松ちゃんが、昔アルバイト時代に「危険物取扱者」の資格を取った、と誇らしげに語っていたのを思い出したからです。「爆弾だって作れるぜ」なんて冗談交じりに。
ぼくは自分のエントリーシートを見返しました。「酸素欠乏危険作業主任者」「有機溶剤作業主任者」と履歴の賑わい半分に書き込んだことを、すっかり忘れてました。バイト時代に松ちゃんに対抗し、ウケ狙いで取得したに過ぎない、それらの資格を記入したことを。
松ちゃんと「自爆テロ」が、そしてぼくの資格と「カルト組織の化学兵器工場」のニュースがリンクし、ぼくの心臓は急にバクバクし始めました。
「社会への参加、そして貢献」そんな求人のうたい文句が一瞬頭をよぎった瞬間、ぼくのアパートのドアを、ドンドン、強く叩く音がしました。
2011年4月6日に書いた作品です。