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「なろう系は終わった」って、本当に? そもそもあなたの言う「なろう系」って何?

作者: 水源
掲載日:2026/09/03

 さて、以前も書きましたがKADOKAWAが大きな赤字を出したことで、


 このニュースを見て、


「なろう系も終わったのでは?」


 という意見を見かけることがあります。


 そして私は、**KADOKAWAが赤字になったことだけで、「なろう系が終わった」と考えるのは少し違うのではないか**と思っています。


 KADOKAWAは、なろう系だけを扱っている会社ではありません。


 それなのに、


「KADOKAWAが赤字になった」


 ↓


「なろう系が売れなくなった」


 ↓


「なろう系は終わった」


 とつなげる。


 さすがに、そこまで単純な話ではないでしょう。


 ……ただ。


 今回この話について考えていて、もっと気になったことがあります。


 **そもそも「なろう系は終わった」と言っている人たちは、同じ「なろう系」を見ているのでしょうか?**


 ---


 ## 「なろう系の代表作」は、人によって違う


 例えば、


「なろう系の代表作を挙げてください」


 と言われたら、何を思い浮かべるでしょうか。


「転生したらスライムだった件」。


「Re:ゼロから始める異世界生活」。


「この素晴らしい世界に祝福を!」。


「オーバーロード」。


「なろう系にも面白い作品はあるよ」


 という話なら、こうした作品が代表として挙がることがあります。


 ところが、


「なろう系って、こういうところが嫌なんだよね」


 となると、今度は、


「スマホ太郎」。


「デスマ次郎」。


 といった、いわゆる「太郎系」が出てくる。


 ……あれ?


 同じ「なろう系」という言葉を使っているのに、代表として挙がる作品が違います。


 もちろん、どちらかが間違っているという話ではありません。


 でも、


 **ここで一度、「そもそも同じものを見ているのか?」と考えてみる必要があるのではないでしょうか。**


 ---


 # なろう系が好きな人と、嫌いな人では見えているものが違う


 ぶっちゃけ、私はここがかなり大きいと思っています。


 なろう系が好きな人からすれば、


「主人公が活躍する」


「強い主人公を見るのが楽しい」


「ストレスなく読める」


「異世界の世界観を楽しめる」


 といったところが魅力になる。


 一方で、なろう系が嫌いな人からすれば、


「主人公に都合が良すぎる」


「最初から強すぎる」


「周囲が主人公を持ち上げすぎる」


「また同じパターンだ」


 となる。


 つまり、


 **同じ作品を見ても、評価が真逆になることがある。**


 これは別に不思議なことではありません。


 そもそも、読者が作品に求めているものが違うからです。


 そして、もっと重要なのは、


 **好きな人と嫌いな人では、頭の中にある「なろう系」の範囲そのものが違う可能性があることです。**


 好きな人が思い浮かべる「なろう系」は、転スラやリゼロ、このすば、オーバーロードかもしれない。


 嫌いな人が思い浮かべる「なろう系」は、スマホ太郎やデスマ次郎のような作品かもしれない。


 だから、


「なろう系は面白い」


 と言う人と、


「なろう系はつまらない」


 と言う人が、同じ作品群について議論しているとは限らない。


 **そもそも、見ているものが違う。**


 これなら、話が噛み合わないのも当然ではないでしょうか。


 ---


 # そもそも「なろう系」という言葉自体が広すぎる


 さらにややこしいのが、「なろう系」という言葉そのものです。


 私は、大きく分ければ三つくらいの意味が混ざっていると思っています。


 一つ目は、


 **「小説家になろうなどのWeb小説サイトから生まれた作品」**


 という意味。


 これは作品の出自です。


 二つ目は、


 **「Web小説で発達したジャンルや物語形式」**


 という意味。


 異世界転生。


 追放。


 ざまぁ。


 スローライフ。


 無双。


 ダンジョン。


 悪役令嬢。


 こうしたものです。


 そして三つ目。


 ネット上で広まった、


 **「異世界でチート能力を手に入れた主人公が無双し、周囲から称賛され、ヒロインにも好かれる作品」**


 というイメージです。


 この三つ。


 似ているようで、実際には違います。


 ところが、


 全部まとめて「なろう系」と呼ばれている。


 だから、


「なろう系は終わった」


 と言われても、


 **「どの“なろう系”の話ですか?」**


 となるわけです。


 ---


 # 「なろう系終了論」は、実は一つの話ではない


 例えば、


「異世界転生の流行が落ち着いた」


 これは一つの話です。


「昔ながらの俺TUEEEに飽きる読者が増えた」


 これも別の話でしょう。


「スマホ太郎のようなテンプレート作品が、以前ほど受けなくなった」


 これもまた別です。


 でも、


「小説家になろう発の作品全体が終わった」


 となると、話が変わります。


 さらに、


「Web小説市場そのものが終わった」


 となれば、もっと大きな話です。


 つまり、


 **「なろう系は終わった」という一言の中に、いくつもの別の話が詰め込まれている。**


 だから、本来は、


「何が終わったのか?」


 を分けて考える必要があります。


 ---


 # 「小説家になろう」にある作品は、もっと幅広い


 当然ですが、「小説家になろう」発の作品が全部、


 異世界。


 チート。


 無双。


 ハーレム。


 というわけではありません。


 主人公が失敗する作品もあります。


 努力する作品もあります。


 主人公に大きな欠点がある作品もあります。


 戦闘ではなく、


 政治。


 商売。


 農業。


 料理。


 ものづくり。


 領地経営。


 などを描く作品もあります。


 だから、


 **「なろう系」という一言では、実際の作品の中身まで分かりません。**


 転スラも。


 リゼロも。


 このすばも。


 オーバーロードも。


 スマホ太郎も。


 デスマ次郎も。


 全部「なろう系」と呼べる。


 でも、


 **それだけでは、作品同士の違いは何も説明できない。**


 ---


 # 「なろう的な要素」は、異世界だけのものではない


 もう一つ、面白いと思うことがあります。


「なろう系」と呼ばれてきた作品には、


 **主人公だけが持っている知識や能力を使って、状況を変えていく**


 という構造が見られることがあります。


 未来の知識。


 歴史の知識。


 専門知識。


 特殊な能力。


 現代人としての経験。


 こうしたものが主人公の武器になる。


 必ずしも剣や魔法である必要はありません。


 異世界である必要もない。


 転生すら必要とは限らない。


 もちろん、だからといって、こうした作品を全部「なろう系」と呼ぶわけではありません。


 ただ、


 **テンプレートと、そこで支持された面白さは、分けて考えたほうがいい。**


 私はそう思っています。


 ---


 # 流行が終わることと、要素が消えることは違う


 異世界転生の流行が落ち着く。


 俺TUEEEが飽きられる。


 ハーレム展開が古く感じられる。


 それ自体は、十分あり得ることです。


 どんな流行でも、永遠には続きません。


 でも、


 **一つの流行が終わることと、その流行で使われていた要素まで消えることは別です。**


 異世界を現代に変える。


 魔法を科学に変える。


 戦闘での無双を、経営やものづくりの成功に変える。


 特殊能力を専門知識に変える。


 形を変えて残ることはあります。


 だから、


「異世界転生が下火になった」


 という話から、


「なろう系は終わった」


 と結論づけるには、もう一段説明が必要なのだと思います。


 ---


 # もしかすると、古くなっているのは「なろう系」という言葉なのかもしれない


 ここまで考えると、私は別の可能性もあると思っています。


 もしかすると、


 **作品の変化に、「なろう系」という言葉のほうが追いついていないのではないでしょうか。**


「小説家になろうから生まれた作品」


 という意味だった言葉に、


「Web小説で流行したジャンル」


 という意味が加わった。


 さらに、


「異世界チート無双」


 というネット上のイメージまで加わった。


 その結果、


 一つの言葉にいろいろな意味が詰め込まれてしまった。


 そして、


「なろう系の代表作は?」


 と聞いたとき、


 転スラを思い浮かべる人と、


 スマホ太郎を思い浮かべる人がいる。


 好きな人と嫌いな人で、


 **最初から見ているものが違う。**


 そう考えると、


「なろう系は終わった」


 という議論が噛み合わないのも、そこまで不思議ではありません。


 ---


 # だから、KADOKAWAの赤字だけでは「なろう系終了」とは言えない


 ここで、最初のKADOKAWAの話に戻ります。


 KADOKAWAが赤字になった。


 これはニュースとして重要でしょう。


 しかし、それだけで、


 **「だから、なろう系は終わった」**


 とするのは難しい。


 KADOKAWAは、なろう系だけを扱っている会社ではありません。


 そして、


「なろう系」という言葉自体も曖昧です。


 さらに、


 **なろう系が好きな人と、なろう系が嫌いな人では、思い浮かべている作品まで違う可能性がある。**


 この状態で、


「KADOKAWAが赤字になった」


 ↓


「なろう系が売れなくなった」


 ↓


「なろう系終了」


 とするのは、あまりにも話が単純すぎると思います。


 ---


 # 「なろう系は終わった」と言う前に


 だから私は、


「なろう系は終わった」


 と言われると、


「本当に?」


 と思ってしまいます。


 異世界転生が終わったのか。


 俺TUEEEが終わったのか。


 太郎系が終わったのか。


 小説家になろう発の作品が終わったのか。


 Web小説市場が終わったのか。


 それとも、


 **「なろう系」という言葉そのものが古くなったのか。**


 ここを分けなければ、本当のところは分かりません。


 そして、もしかすると一番単純な答えは、


 **なろう系が好きな人と、なろう系が嫌いな人で、最初から見ているものが違いすぎる。**


 ただ、それだけなのかもしれません。


 だから私は、


 **「なろう系は終わった」**


 と言う前に、


 **「あなたが言っている“なろう系”って、いったい何ですか?」**


 と聞いてみたいのです。


 もしかすると、


 終わったのは「なろう系」ではなく、


 **何でも一括りにして語れた時代のほうなのかもしれません。**


 そんな気がしています。


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― 新着の感想 ―
お邪魔します。 貴作品の主張に、ほぼ同意です。 「終わり」のこともありますが、言葉ひとつひとつの定義を彼我が共有し無いと議論は並行線どころか同じ土俵(リングでも良いですが)ですらないことが多い。他所で…
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