四角い月
昔々、月には耳があった。
人々の祈りや嘆きが夜空に届くたび、月は静かに耳を傾け、光をそっと分け与えていた。
病に伏す者には安らぎを、孤独な子には夢を、戦で倒れた魂には眠りを。
けれど願いは尽きることがなかった。
満ちるごとに溢れ、欠けるごとに切実さを増す。
「どうか幸せに」「どうか助けて」「どうか奪って」「どうか壊して」。
清らかな願いも、醜い欲望も、すべて月は受け止めてしまった。
やがて丸かった月の心はすり減り、角ばりはじめた。
柔らかな光は鋭い刃のように尖り、夜の闇を不安で照らすようになった。
人々は気づかない。
夜空を仰ぎながら、なおも願いを投げ続ける。
月は答える力を失っていたのに。
ある夜、とうとう月は完全に四角くなった。
その瞬間、空気が裂けるように静まりかえり、世界はざわめきに覆われた。
人々の言葉に潜んでいた嘘――
「愛している」と言いながら裏切る心。
「正義だ」と叫びながら他人を踏みにじる声。
「大丈夫」と笑いながら震える心臓。
それらすべてが白日の下にさらされた。
嘘をついていた者は顔を覆い、真実を隠していた者は声を失った。
信じていた絆はほどけ、守られていた幻想は壊れ、世界は裸のまま震え上がった。
そして人々はようやく知った。
月が四角くなるほどに、自分たちがその心を削ってしまったことを。
だがもう遅かった。
月は二度と丸さを取り戻さず、四角いまま夜空に漂い続けた。




