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四角い月

作者: 毒林檎
掲載日:2026/05/23

昔々、月には耳があった。


人々の祈りや嘆きが夜空に届くたび、月は静かに耳を傾け、光をそっと分け与えていた。


病に伏す者には安らぎを、孤独な子には夢を、戦で倒れた魂には眠りを。


けれど願いは尽きることがなかった。

満ちるごとに溢れ、欠けるごとに切実さを増す。


「どうか幸せに」「どうか助けて」「どうか奪って」「どうか壊して」。

清らかな願いも、醜い欲望も、すべて月は受け止めてしまった。


やがて丸かった月の心はすり減り、角ばりはじめた。


柔らかな光は鋭い刃のように尖り、夜の闇を不安で照らすようになった。


人々は気づかない。


夜空を仰ぎながら、なおも願いを投げ続ける。

月は答える力を失っていたのに。



ある夜、とうとう月は完全に四角くなった。


その瞬間、空気が裂けるように静まりかえり、世界はざわめきに覆われた。


人々の言葉に潜んでいた嘘――

「愛している」と言いながら裏切る心。

「正義だ」と叫びながら他人を踏みにじる声。

「大丈夫」と笑いながら震える心臓。


それらすべてが白日の下にさらされた。


嘘をついていた者は顔を覆い、真実を隠していた者は声を失った。


信じていた絆はほどけ、守られていた幻想は壊れ、世界は裸のまま震え上がった。


そして人々はようやく知った。


月が四角くなるほどに、自分たちがその心を削ってしまったことを。


だがもう遅かった。


月は二度と丸さを取り戻さず、四角いまま夜空に漂い続けた。

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